再開
「さて、落ち着いたか?」
時刻はもう朝日が昇りだそうかという早朝。
ソーニャは王城の地下から俺の屋敷の自室までの間、ひたすら俺を睨むようにして黙って付いてきていた。
今はお互い向き合って、やたら沈むソファーに腰かけている。
「私は落ち着いている。先ほどまでは醜態を見せたが、こう見えても紫持ちだ。適応能力が無ければ生きていかれないからな」
「その割には転移陣でも驚きまくってたじゃないか」
ソーニャはいくつか経由する転移陣でわーわー驚きの連続だった。
王城の地下であんな光景を見たというのに、復活はかなり早かった。
「そ、それは仕方ない。転移陣なんて過去の遺物で現代で再現などできていないからな。転移魔法が使えるのは宮廷魔導士か高級魔道士官くらいで滅多にお目に掛かれるものでは無い」
「らしいな。さて、何か飲み物を淹れよう。ツイン」
「はい、ご主人様」
自室には俺とソーニャしかいない。だが目の前に居なくても呼べば来るのがうちのメイド組だ。
案の定、音もなく突然現れたツインにソーニャは驚きまたも固まっている。
「二人分の茶をたのむ」
「畏まりました」
ツインはトコトコと部屋を出て、入れ替わりにショコラが飲み物を乗せたワゴンを運んでくる。
「ぁ…」
「お飲み物をお持ち致しました」
「あぁ。ありがとう」
ショコラはティーカップに熱い紅茶を注ぎ、俺とソーニャの前へ綺麗な動作で置いていく。
「獣人…そしてあなたは、龍人?」
「はい?獣人はツイン姉様のことで私が龍人と?あぁ、はい。見た目はそうですね」
「ああ、すまん。失礼なことを言った。申し訳ない」
ソーニャは思わず口に出してしまったという感じでショコラに謝る。
うちの屋敷は亜人だらけだからな。この世界で一つの屋敷にこんなに亜人が働いている屋敷なんていうのは中々無いだろう。
「ソーニャ。道中でも説明したが、うちの屋敷は亜人たちが多く働く屋敷だ。これくらいで驚いたらきりが無いぞ」
「あ、ああ。聞いてはいたが、実際に見てみるとな…。それで、私に話とは何だ?カナタさんはもはやただの一般人では無いことは分かっている」
「そうだな。俺は一般人ではない。お前たちからすれば異邦人とでも言った方が正確だろう。ショコラ、メイをここへ呼んでくれ」
「畏まりました」
「メイ…だと?」
ソーニャを味方に引き入れるなら同じラテール共和国出身のメイを交えて話した方が有利に進みそうだと思い、ショコラに呼んで貰う。
「ああ。うちの屋敷で働いている獣人の娘だよ。すぐにやってくるだろうからもう少し待ってくれ」
「……ああ」
暫く待つこともなく、すぐに部屋の扉がノックされた。
「失礼します」
そこにはリリルと共にメイド服のメイが、畏まった動作で入室してきた。
「御呼びですか?ご主人様」
「はは、だいぶ板についてきたな。忙しいところすまないな。少しメイも交えて話したい相手がいてな。リリル、メイの時間を少し借りるぞ?」
「ご主人様のご命令が最優先です。お気になさらず」
そうしてメイを俺の隣へ座らせる。
「メイ…?やはりメイじゃないか!」
「え?ソーニャ…ちゃん?」
ソーニャはソファーから勢いをつけて立ち上がり、ガバっとメイを抱きしめる。
「なんだ、二人は知り合いだったのか」
これは思いがけない再開になってしまったようだ。
流石に交友関係まではリーゼやリットも分からなかったと言うことかもしれない。
「えと、はい。私はラテール共和国のヤタという村出身なんですが、ソーニャちゃんも同郷でして。幼い頃はよく一緒に遊んだんです」
「そうだったのか。だがこのままでは落ち着いて話はできないな」
ソーニャはメイを抱きしめたまま離そうとせず、俯いている。
流石にメイも困惑気味だ。
「ソーニャちゃん、席に座って。これからお話はいくらでもできるからね?」
メイは宥めるようにソーニャの背中をポンポンと叩き、座るように促す。
「す、すまない。ここにまさかメイがいるとは思わなくてな…」
「私もまさかソーニャちゃんがここに来るなんて思いもしなかった」
「そうだったのか。メイを呼んだのはソーニャを共に説得して欲しくて呼んだんだ。率直に言おう。ソーニャ、俺たちの仲間にならないか?」
正直仲間になってもらえる自身は無かった。こちらは一方的にソーニャを知っているが、ソーニャからすればこちらは関わってはいけない類の連中だと思われていてもおかしくはない。
ならば先に俺の結論を伝えてメイに説得してもらおうという魂胆なのだが…。
「…いいだろう。だが、メイは返してもらうぞ」
「え?」
「は?」
返事はまさかの承諾。
だがよく分からない条件を付けられた。
「……私はこの5年間、ただひたすらメイを探し続けて各国を回って来た。祖国の同胞たちが物のように売り買いされていく中、メイが生き延びている事を信じてな。まさかこんなところにいるとは思わなかったが…」
「ソーニャが人探しを続けていることは知っていた。それがメイだったと言うことか…」
ソーニャは真剣な表情で頷き、こちらを鋭く睨んでいる。
これは何か誤解されている…?
「先に言っておくが、俺は南方諸国の人間とは違う。メイ達に不当な労働などは働かせていない。本人にも聞いてみるがいい」
「こ、こんな使用人の服を着させているでは無いか!!亜人のメイを性奴隷にでもしているのだろう!!下衆め!」
…もう少し物分かりの良い女性だと認識していたのだがな。
これは説得は難しいか?と、どうしたものかと思っていると。
「ソーニャちゃん!違うの!ご主人様は私たちを魔物の群れから助けてくれたのよ?私たちをこの屋敷に住まわせてくれて働かせてくれてるし、ご飯だって三食お腹いっぱい食べさせてくれてる!元からいるメイドさん達もみんな優しいし、子供達だって自由に勉強したり屋敷の手伝いをしてるのよ?お休みだって貰えるし自由な時間も沢山貰えてる!全部ご主人様のおかげなの!!私たちのご主人様の事を悪く言うんだったら帰って!!」
メイの剣幕は凄まじいものだった。
それを見て、俺はリーゼに啖呵を切った時のメイを思い出していた。やはりメイは良い人材なのかもしれない。
「わ、私はメイの事を思ってだな…」
「私の事を思うならそっとして置いて!ようやく安心して暮らせてるの!それもこれも全部ご主人様のおかげなの!私だけじゃなく、助けて貰った村の全員がみんなそう思ってる。事情を説明する前から偏見で否定するなら連合と一緒じゃない!!そんな人と一緒に居たくない!!」
…これは一本あったな。ソーニャの気持ちも分かるが、メイの言葉には到底届かない。
俺もいきなり仲間に誘ったのは悪手だったと反省しよう。
「メイ、そこまでにしてやってくれ。俺が事前に話していなかったのも悪いんだ。責任は俺にある。ソーニャも済まなかった。話し合いは一度中断して休憩にしよう」
そうして一時説得は中断され、ソーニャにはショコラを付け客室へ案内させた。
部屋には俺とメイ、リリルが残されていた。
なんとも言えない空気が漂う中、リリルが俺の膝の上にトコトコとやってきてはちょこんと座る。
そしてリリルの黒い髪のおかっぱ頭を条件反射的に撫でる。
「申し訳ありませんご主人様。私…」
「何、嬉しかったさ。俺の行動が肯定された気分だった。ありがとうな、メイ」
これは本当に思った事だ。
この世界に来て、ただ俺は皆と生き残る事を考え行動して来た。
自分勝手な行動でメイ達を助けこの屋敷で働かせ、本当にこれで良かったのか?と思うことも何度もあった。
「…ご主人様。あの、私の不躾なお願いを聞いて貰って良いですか?」
「なんだ?言ってみ」
「あの…ソーニャちゃんには、私から話をさせてもらえませんか?ご主人様はソーニャちゃんを仲間にしたいんですよね?その…お互いが納得のいく形での説得を私に任せてもらえませんか?」
ふーむ。どうしたものか。
二人が喧嘩のようになってしまっていて、落ち着いて会話ができるのかも心配だが…。
「イマイチ信用がない出会ったばかりの俺が話すよりマシか…。分かった。ではメイに任せていいだろうか?失敗しても気にしなくてもいいからな。通常業務として扱うから今日は屋敷の事はしなくていい。飯なり散歩なり風呂なり好きなように二人で過ごしてくれ。リリル、いいよな?」
「はい。もっと撫でてくれるなら明日も見逃します」
平坦な口調でリリルは許可を出す。
メイドになった女性たちは今はもうツイン達メイド組の管理下にある。屋敷の管理もあるため、あまり俺ですら勝手にはできない。
「ああ。いくらでも撫でてやろう。ツイン達にも伝えておいてくれ。メイ、今日はもう好きに行動して構わないぞ。ソーニャの所に行くなら何か軽食も持って行ってやれ」
「はい!ありがとうございます!私頑張りますね!」
「ああ。頼むぞ」
「はい!」
メイは一礼すると部屋を退室していった。
ソファーに沈んでいくように背中を預けると、次第に眠気が襲ってくる。
まったりとリリルを撫でながら器用に船を漕ぎ始めていると、リーゼからメッセージが入る。
『ご主人様、今よろしいでしょうか』
『んぉ、お、すまん。うとうとしていた。どうかしたのか?』
『はい。王城の地下から救出した女性達と城の中で手に入れた資料を今ミストお姉様とリットお姉様が解析しております。報告もしたいですが…どうやらご主人様は先にお休みになられた方がよろしい様子ですね。解析が終わりましたらまたメッセージを送りますので、それまでお休み下さい』
休まずに帰ってきたのを知っているだろうからな。ここはリーゼに甘えるか。
リリルを抱き上げソファーから立つと寝室へと向かう。
『ああ。すまない。それじゃあ俺は少し休ませてもらう。何か分かれば連絡してくれ』
『畏まりました。ですが、リリルを寝床に連れ込んではいけませんよ?』
ベッドへ潜り込もうとした瞬間に忠告される。
何故バレた。
「すまん。ベッドにリリルを連れ込むなと怒られた」
そう言ってリリルを離す。
リリルは一度地面に足をつけると、ベッドから離れずに布団の中に潜り込んでくる。
「ご主人様が連れ込まなければ問題はありません」
俺は怒られる事を覚悟してリリルを受け入れた。




