王都潜入 4
少し長い上にグロ注意です_(:3」∠)_
王都潜入2日目。
俺たちはソーニャが宿泊しているという森の小鹿亭にまでやってきていた。
「すまない。待たせてしまったな」
「言うほど待ってないさ」
ソーニャは前日と同じ足が剥き出しのローブを着た格好のままだ。腰には直剣だろうか。昨日は持っていなかった武器を帯刀している。
「武器を持っていくのか?」
気になって聞いてみる。
「あぁ、これは第2城壁内へ入るときに使える身分証明みたいなものだ」
「ん?第2城壁内って言うと…」
確か貴族街とか王城内で働く人間達の住む場所だったはずだが。まさか行くつもりなのだろうか。
「あぁ、貴族連中や役人の家族が住んでいるところだ。綺麗な自然公園があってな。今日はそこも行ってみようと思っている」
…これは……流石紫持ちと言ったところか。
『紫持ち』と言うのは冒険者ギルドのランクを表す色の一つで、最高位の色である。名刺くらいのプレートに色が付くそうだ。
紫持ちは単体でドラゴンを討伐できるほどの戦闘力を持つ者が殆どで、複数人の紫持ちが特定の国家に長く逗留することを禁じるほど危険視もされている。
そして、この大陸には12人の紫持ちがいるらしく、ソーニャはその一人だと言う。
彼女が持っている剣は、きっとそれ相応の高い身分の者から下賜された由緒ある剣なのだろう。
そしてその剣があれば、立ち入りの厳しい第2城壁内でも入れると言うことか。
「さぁ、では行こうか」
と俺たちはソーニャに連れられて、朝の王都の街へ歩き出した。
その後、ソーニャに街を案内してもらい、屋敷で待っている皆にお土産を買ったり雑貨屋を冷かして歩いた。お昼を回ると、昨日とはまた別の店で昼食をとった後、イーリスから追加の依頼がルピナとラザエラに入った。
二人は急用ができたとその場を離れ、俺とソーニャだけで第2城壁内へ訪れていた。
第2城壁内は第1条壁内より閑静で、執事服やメイド服を着た人々と多くすれ違っている。
周りにある建造物はどれも高級感があり、小さな家でも日本の2階建一軒家より広いのが当たり前のようである。
「ここは子爵位までの貴族達が住む区画だ。それ以上の爵位の家は比べようがないくらい広いぞ?」
「はー。贅沢だな」
俺の一言にクスクス笑うソーニャ。
「ふふ。まあ分かっているとは思うが、あまり大きな声で言わない方がいいぞ?貴族とのトラブルなんていうのは厄介だからな」
「肝に命じておくよ」
そして暫く歩くと、住宅街を抜けた先に小さな森のようになっている場所が見えてくる。
「あそこが自然公園だ。独立記念の石碑があるくらいで、ただの狭い森だがな。そこが中々落ち着くんだ」
森のそばにある遊歩道に沿って歩いていくと、大きな石の台座の上に石碑が立っており「これが独立記念の石碑だ」とソーニャの説明を聞いた。
だが説明しているソーニャのその表情はどこか苦々しいものであった。
「ソーニャは、王国が嫌いか?」
「っ!? …何故そんなことを聞く?」
俺の質問に対しソーニャは驚くが、すぐに平静を保つ。だが俺はその表情を見ていたので流石に隠せない。
「この石碑をそんなに忌々しそうに見てたらな…。俺は王国民じゃないから分からないが、ソーニャはずっと冒険者稼業を続けているんだろ?仕事の流れで国々の好き嫌いもはっきりしそうなもんだしな」
「なんだ…そう言うことか。だがカナタさんは話が分かる人のようだ」
「なんだ?この程度の事が分からないやつしかいないのか?」
彼女はハーフだ。やはり普通の人の苦労とは比べ物にならない様々なことを経験してきたのだろう。
「ああ。皆自分勝手に生きているからな。冒険者なんて言うのは大体がそんな奴らの集まりだ。本当は私だって冒険者稼業なんてさっさとやめて畑でも耕して穏やかに暮らしたいさ。だがそうもできない事情があるからな…」
そう言う彼女の瞳は何かを諦めているかのように見えた。
俺は彼女が冒険者稼業をやめることができない理由を知っている。
そして、それを解決する方法も。
「事情か…。その事情が解決すれば冒険者は止めるのか?」
「そうだな。さすがにもういろいろと疲れてしまったからな……あぁ、すまない。私の話でしんみりさせてしまったな。もう少し奥にベンチがある。そこで一旦休憩にしよう」
寂しげな顔を隠し、誤魔化すように奥へ歩いていくソーニャ。
「ソーニャ」
「ん?どうした?」
少し先でこちらを振り向くソーニャ。
俺はソーニャに近寄り、耳元で囁く。
「今夜ちょっと付き合ってくれ。話したいことがある」
「っ!?!!?こ、ここでは話せないのか?」
一瞬で白い肌を紅潮させ、ソーニャは慌てて俺から離れていく。
「ここでは無理だな。全て今夜話そう」
「全て…?」
そのソーニャの疑問に答える事なく俺は遊歩道を進み始める。
その後も会話らしい会話は続かず、夕刻に近づき第2城壁内を出た後も「今夜こちらから訪ねる」とだけ言い残し、静かに別れた。
まだ会って日も浅いどころか2日目だ。信用してもらえないのは分かっている。
だが彼女が持つ南方諸国への恨みは本物だ。それが分かった今、彼女を味方に引き入れるなら今夜しかないと確信していた。
草木も眠る丑三つ時。日付も変わり、予定していた全ての計画が終了した後。
そんな誰もが寝静まっている時間に、ソーニャが宿泊している森の小鹿亭に俺はやってきていた。
ソーニャの部屋は外からでも分かりやすく、2階の一室だけ光が灯っている。
辺りを見回し、索敵スキルで人がいないことを確認する。
「《飛翔》」
初期魔法の《飛翔》を使い、明かりが漏れる部屋の窓の傍へ向かう。
コンコンとノックをすると、すぐにソーニャが驚いた顔で窓を開ける。
「カナタさん…魔法が使えたんだな。しかも《飛翔》とは…」
「こんな時間になって済まないな。質問は後で答えるつもりだ。出る準備はできているか?」
ソーニャは慌てて部屋の中へ戻り、今日持ち歩いていた直剣を手に戻ってくる。
「それで、どこへ向かうんだ?」
「ああ。少し不快かもしれなが俺が連れていく。別にソーニャに危害を加えるつもりは無いから安心してくれ」
「え?え?え?」
戸惑うソーニャを引っ張り上げ、少し強引だが御姫様抱っこをする。
「な、何を!?」
「すまんな。近所迷惑にもなるから声は落としてくれ。質問には答えるつもりだ」
ソーニャはあっけにとられたように声を潜め、俺はそのまま夜の王都の空を王城に向かって飛んでいく。
「これは…王城へ向かっているのか?」
「ああ、そうだ。お前には知る権利がある」
ソーニャの質問に淡々と答える。王城に近づいていくにつれ、その表情はだんだんと険しくなっていく。
「どういうことだ?知る権利とはなんだ?」
「先に言っておく。俺はお前の味方だ。そして俺はお前がハーフであることを知っている」
そう言った瞬間、ソーニャの全身に魔力が溢れるのを感知した。だがその魔力は俺のパッシブスキル《魔法抵抗》により瞬時にレジストされる。
「馬鹿。近所迷惑になる。魔法は使うな」
「…いつから知っていた。私をどうするつもりだ?」
この二日間で聞いたこともないドスの効いた低い声のソーニャ。怒りや恨みがソーニャを抱く腕と視線から響くように伝わってくる。
「味方だと言っただろ?何もする気はない。ただ、ラテール共和国出身でハーフであるお前には、王国の所業を知る権利がある」
「………それは王城にあるのか?」
「すぐに分かる」
あっという間に第2城壁を超え、王城の城門の目の前に降りる。
そこには門番もおらず、辺りに人の気配は一切しなかった。
「なんだ…この異様な雰囲気は。門番どころか見回りの衛兵の気配すらない」
肌に感じているのだろう。このなんとも言えないピリピリとした雰囲気。一切の人の気配もなく、篝火すら焚かれていない。月明かりで薄っすらと王城の影が見えるだけの暗闇。
「お待ちしておりました」
「っ!!?」
先ほどは人影が無かった城門の前に、アルシアと変装を解いたルピナ、ラザエラがいつの間にか待機していた。
「なっ……ルピナ、ちゃん?」
「そうにゃよ?」
ソーニャはルピナの頭から生えているネコミミを凝視している。次第にその視線は隣のアルシアへ。
「あ、あなたは…」
「私は、カナタ様を守る《姉妹達》、三女がリーズリット様の配下、水の精霊のアルシアと申します。以後お見知りおきを」
綺麗な動作で一礼する半透明で水色の肌をした美女。
その姿にソーニャは目を見開き、驚きを隠せないまま固まっている。
「ご主人様、城内の敵は全て眠らせてあります。記憶の消去も完了していますので計画に支障はありません」
「よし、では行こう」
ラザエラの発言でソーニャは我に返り、さすがに声を荒げた。
「ど、どういうことだ!!何故ルピナちゃんがっ!獣人だったのか!!それに精霊様…人の前に姿を現すことなど無いと言うのに…」
「その疑問は後で答えよう。目的地は王城の地下2階だ」
俺はルピナと手を繋ぎ、アルシアとラザエラを連れ歩き出す。城門を潜り抜け、城の奥に向かって進んでいく。
ソーニャはその後ろをおずおずと付いてきて、初めて王城に入るのだろう。目的地に辿り着くまで終始キョロキョロと辺りを見回していた。
「ここだ」
暗い地下へ続く石階段を降り、目的地へと辿り着く。
そこには、黒い石壁に紛れ保護色になっている黒ずんだボロボロの木の扉があった。
「ここに、何かあるのか?」
「ある。ラテール共和国が滅ぼされた一つの真実がな」
ボロボロの木の扉を軽く足で蹴る。
扉は力を入れていないのに粉々に破壊された。
扉の先は真っ暗で何も見えないが、少しだけ鼻に付く薬品のような臭いが薄っすらと漂ってくる。
「いいか?何を見ても自分を保て。俺たちは常にお前達、亜人の味方だ……《灯火》」
「先程から味方とは一体………………………えっ?」
《灯火》で照らされた室内は、思ったよりも広く、そしてそこにあるそれらを鮮明に照らした。
「な、なん…だ…これ…は」
そこは、何かの実験施設のような場所だった。
ここまでに通った階段にあった石の壁は無く、様々な薬品の臭いが充満し、まるで地球の病院内を彷彿とさせる清潔感がある白い壁の内装になっていた。
そしてそこには、かつて亜人だった者たちが並べられていた。
エルフ、ドワーフ、獣人、魔人、知能を持ち、人々と平和的に暮らしていた魔物たち。そして人間さえも。
ある者は手足を切り取られ、ある者は皮を剥がれ、ある者は肉を削がれ、ある者は内臓を取り出され、ある者は骨を全て抜かれ、ある者は血管だけを取り出され、ある者は脳髄以外を切り取られ、皆、吊るされていた。
置かれてある机の上には医療器具にも似た刃物や道具が散乱し、ホルマリン漬けのように透明の瓶の中に人体の各パーツが無数に液体に漬けられている。
さらに奥に行くと、解剖中だったのか寝かされた亜人のエルフの女性の腹を開ているところだった。
「これが、王国の正体だ」
俺も最初は耳を疑った。
この世界には凡そ国際法と呼べるものも無ければ命の遣り取りが基本の世界。戦争はどこでも起こり、犠牲になるのは兵士たちとそこに住む住人達。だがそれがこの世界がこの世界である限り、無くなることは無い。
だがそんな世界でも戦争は長くは続かない。どこかで和平が結ばれ、平和は訪れる。戦争は外交の延長線上にある手段の一つで、どちらかが滅ぶまで行う戦争というのは滅多にあるものでは無い。
それでもラテール共和国を滅ぼした連合は違った。敗戦が決まった共和国側の降伏を受け入れず、貪欲に支配地域を伸ばし、支配下の土地で亜人を虐殺していった。捕らえられた亜人達は連合国内で話し合いが設けられ、各国々に均等に奴隷として配られた。
ヘテルベルク王国は連合の3柱の大国の一つであり、配当された亜人達の数は数万、数十万の規模に登った。
多くの亜人達は厳しい条件付きで民間の商人たちへ売却され、ある素質を持った亜人達はこうして王城の地下に集められ、見ての通り何かの実験台にされている。
「やっぱ書面で読むのと現場で見るのは違うな…」
高レベルの精神耐性を持つ俺でさえも気分が悪くなる程の凄惨な光景だ。
「…っ………ぅ……」
微かにうめき声が聞こえた。
俺は慌てて声の聞こえた方へ走っていくと、そこには獣人の少女が吊るされていた。
生きているのが不思議な姿で。
その少女は灰色の髪を持つ少女。
頭頂部から生えた狼のような耳は片方が雑に切り取られ、顔の一部はスプーン状の道具で抉られた跡が残っている。
片目はまぶたを固定され瞳は乾き、片方の目には眼が無く空洞になっていた。
開かれたままのその口の中には在るべきものが一切無く、その喉の奥までがハッキリと見えた。
衣服をつけていないその体は切り裂かれ、内臓が大部分はみ出している。
「《完全再生》」
迷わず唱える。
HPが0で無ければ全てのHPを回復し、全てのデバフを解除するヒーラー職の必須スキル。
ライトヒールのような淡い光では無く、濃い緑色の暖かく大きな光が獣人の少女を包み込む。
少女の体はみるみるうちに元の形へ再生されて行く。
そして少女の体の全てが元に戻り、失ったパーツや血肉も再生された。
「《安らぎの眠り》」
《完全再生》ではすぐに意識を戻してしまうかもしれないので、リジェネ付きのスリープの魔法を使う。
寝息がすぐに聞こえ始めると、吊るされている縄を解き少女を解放する。
「カナタ様。まだ生き残りはいるようです。生命活動は感じるのですが、どうして生きているのかも不思議な有様で…もちろん私の方で治療を行いました」
アルシアがどうやら他にも生き残りを見つけ、治療も行ってくれたようだ。
彼女は水の精霊。光の精霊よりは劣るが、ヒール系の上位スキルはポンポン使える。
「ありがとうアルシア。生き残りがいたことをリーズリットに知らせて転移陣に全員運べ。屋敷で看病する。ルピナは至急生き残りと共に屋敷へ帰還して、生き残った者全員の記憶を消せ。体が再生しても心は再生されない。全て忘れさせろ」
「分かったにゃ」
アルシアとルピナが忙しなく動き出す。これからリーズリットの配下の精霊たちが集まり、生き残った彼女達を屋敷に運ぶ。ルピナはそのまま地上へ出て転移陣で屋敷にすぐに帰還だ。
そして俺たちが動いている中でもソーニャは俯き、ふらふらと歩いてこちらへ向かってくる。
「カナタ…さん」
「ああ」
「私は……私は一体何なんだ!?お前は一体何なんだ?一体何なんだっ!!この光景は!!」
泣きながら叫ぶソーニャ。
腫れた目元と涙を流すその目は鋭くこちらを睨みつけ、疑問と怒りが渦巻くその胸中が俺には手に取るように分かった。
「お前はソーニャ。祖国の同胞を憂う龍人と人間の子のハーフだ。俺はカナタ。ちょっと人間離れした、亜人を守る人間だ」
「そういうことを言っているんじゃない!!」
「いいや、お前が言っているのはそういうことだ。ソーニャには済まないが、俺はソーニャの事情を聴いている。それを知った上で答えている」
「っ!!!なんで!?」
怒りに満ちた表情から驚愕の表情に変わるソーニャ。
「うちには大変優秀な諜報員がいてな。紫持ちの冒険者はソーニャだけじゃなく全員調べ上げている」
「なっ!」
「もっと広義的に言えば南方諸国、この大陸の事を常に調べ上げている」
それを聞いたソーニャは、一歩、二歩と後ずさりしていく。
「何故、そんなことを…」
「俺たちが生き残るためだ」
「カナタ様、全て準備が整いました」
何かを言いたげなソーニャを残し、アルシアの報告を受ける。
俺とソーニャが会話しているうちに、この地下の部屋にあった全てのモノが綺麗に無くなっていた。
「地下1階の者たちは?」
「委細、滞り無く」
恭しく一礼するアルシア。
俺はそのまま振り向きソーニャに告げる。
「続きは俺たちの屋敷で話そう」
こうして王国へ来て3日目の朝、陽が昇る前に王国で予定されていた全ての工作活動は終了し、俺たちはリフ大森林にある屋敷へ帰還した。




