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ヒストリア  作者: パリィ
1章 兆し
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月明かりが照らす夜に

眩い光が納まり、無事転移ができたことが分かった。そこはもう薄暗く、屋敷との少々の時差の可能性を感じた。


「リーゼの位置は……ここから北東に12km程か。ペットを出すか…。るいるいは屋敷だし…」

「ウチが背負いまひょか?それともぉ、ご主人様がウチを背負うかえ?道中楽しませてあげようかえ?ひひひ」


言いながら、大きくはだけさせた花魁の上から双丘を寄せて笑う鈴。


どどど童貞に何という事をっ!!


「ま、また今度…な?」

「ひひひ。愛いのう愛いのう。楽しみにしておくえ?ゆっくり楽しもうなぁ?ひひひひひ」


俺はもうちょっとで見えてしまいそうなそれから目を逸らし、メニュー画面に集中する。月明かりにメニュー画面が照らされ、気になって空を見上げる。


「おぉ…」


綺麗な月が出ているな…。夜空を飛ぶのもまた一興かもな。


「コール!八咫烏(やたがらす)、ぬいぬい!」


お馴染みの音声コールで呼び出す。

すると辺りに黒い霧が立ち込み始め、次第に濃さを増していく。


「グァ」


なんとも鼓膜に響く鈍い鳴き声が霧の中から響き、姿が現れる。

そこには三本足の黒い巨大な怪鳥が、黒い霧の中からこちらを見つめ、佇んでいた。


「おんやまぁ、焼き鳥じゃないかえ。久しいのぉ」

「その名前はやめてやれ」

「クィーーーー!」


焼き鳥に反応したのか、漆黒の巨鳥のぬいぬいは、抗議するかのように鳴き声を上げる。


八咫烏のぬいぬいは、一定期間の間だけ販売されたペットで性能も良く、その羽根はアイテム生産の素材となる貴重なペットである。

一時期は八咫烏の羽根需要が高すぎて、その羽根を全て毟られた八咫烏もいたと言う。


その毟られた後の悲惨な姿から付けられた名誉か不名誉なのか分からない二つ名が「焼き鳥」だったのだ。


「急に呼び出してすまんな、ぬいぬい。ちょっとばかし乗せて飛んでくれるか?」

「グァ」


と一声鳴き、こちら側へ寄ると、その三本の足を畳みお座りのような姿勢をとる。


「ありがとな。よいせっと」


るいるいの時とは違って、乗るのに苦戦せずに軽く飛び乗る。

そして鈴は俺の後ろに音もなく飛び乗ると、すかさず俺の胸に腕を回す。


「お、おい、鈴。引っ付くのは構わないが、触り方をもう少しどうにかできないのか?」

「できませんえ。ウチ高いところ苦手なんよ。やからもっと引っ付かせてもらうえ」


俺の脇から腕を通し、胸の位置に手を置いている鈴。その手の指が何かを探すようにねっとりと動く。


「り、鈴」

「ひひ、ご主人様の弱いところみーつけたぁ」

「ば、馬鹿やってないでいくぞ!ぬいぬい、飛んでくれ!」

「クァー」



ヤタガラスのぬいぬいはその場で羽ばたき、ほんの少しの揺れと共に上昇した。


「よし、ぬいぬい、リーゼの下へ行ってくれ」

「クァ」


こうしてぬいぬいに乗った俺たちは、心なしか、薄っすらと赤く染まる月明かりに向かって夜空を飛翔した。









「姫、終わりましたかな?」


いつの間にか赤い雨は止み、空は月明かりが照らす雲一つない夜空へと戻っていた。


「ええ。終わったわ」


辺り一面は赤い雨によってできた湖のようになっていて、リーゼはそこにできた塊の小島に立っていた。


「それで目的は達成できましたかな?」

「上々ね。これだけの素材が一気に集まるなんて思わなかったわ」


赤く染まる大地を見渡し、リーゼは満足げな表情である。


「それは重畳。しかし、驚きましたなぁ。いつの間に古き神々の一柱を使役できるようになっていたのですかな?」

「ふふ、内緒。苦労したんだから」

「そうですか。しかしヒストリアではただの黒い箱だと思っておりましたがのぅ。よもやこちらの世界ではあんなことができるとは思いませなんだ。儂は吃驚して腰を抜かすかと思いましたぞ?」

「その時はご主人様特製のポーションを無理やりにでも飲ませてあげるわ」

「はっはっは、ご冗談を。いかに御屋形様のポーションでも、儂が飲むと成仏してしまいますな!はっはっは」

「アンデッドジョークは分かり難いわ」


さぁ、帰るわよ。と言いかけたところでメッセージが入ったのが分かった。


『あーあー、リーゼ、聞こえるか?』


ご主人様だ!と分かった瞬間、心の奥から歓喜の声が上がる。

だがそれも表面には出さず、平静を取り繕いながらカナタの声に応える。


『はい。聴こえております。貴方様のリーゼにございます』


取り繕えていなかった。


『あぁ、良かった。上を見てみろ』


えっ、上?と指示されたように夜空を見上げる。そこには、


『よっ、迎えに来たぞ』


月に照らされ、三本足の怪鳥に跨るカナタがそこにいた。


『ご、ご主人様!?』


予想外の事のに動揺しだすリーゼ。カナタの後ろには鈴が乗っていることは目に入っていなかった。


ゆっくりと降下していく怪鳥。すぐにリーゼの側まで行くと、カナタは「ほっ!」と言う掛け声と共に、塊の上に着地した。


「すまんな。リーゼが心配で来てしまった。邪魔だったかな?」

「い、いえ!そんな滅相もない!!調()()は全て完了致しましたのでこれから帰還しようかと…」

「そうかそうかぁ。じゃあ、お姉ちゃんにもその調()()とやらを詳しく聞かせてもらえるかえ?」

「えっ?」


向けた視線の先には、大きくはだけた黒と白の花魁姿の美女。シスターズの二女、鈴が空中に浮いていた。


「り、鈴お姉様…?」

「リィゼェ、アンタが何をしていたのかは知らないけどねェ…ご主人様に嘘をつくのはいかんよねぇ?」

「あ…あぁ…」


バレていた。そう悟ったリーゼはびくびくと震えだす。


「百万の命を空から降らせることは別に怒っていないえ?まさか異世界中の都市にまで降らすとは思わなかったけどねえ。でもねえ?リィゼェ…」





「ご主人様に嘘をつくのは私が許さんえ?」





「…え?」




目の前で大きな黒い塊が吹っ飛んで行った。


一瞬何が起こったか分からず、きょろきょろと辺りを見回すと、遠くに漆黒の鎧がひしゃげ、愛馬と共にリーゼを庇い地面にめり込んだラージュの姿があった。


「ひ、姫…儂では肉壁にもなりませぬ…お逃げ下され!」

「えっ?」

「ラァージュゥ…ウチの邪魔をするとは偉くなったもんだえ?なァに…殺しはせんさぁ…リットが仕置きするって決まったからねえ?良かったねェ、リィゼェ。ウチが名乗りを上げる前に、リットお姉ちゃんが愚かなお前を庇ってくれてたんやえ?ひひひひひ」


()()()()()月明かりが眩しい夜に、薄っすらと影が差し込み、月を隠す。

薄暗くなっていく大地の上に、鈴の笑い声が響きだす。

影に隠れていく鈴のシルエットは禍々しいものに変化していき、殺気による重圧がリーゼの呼吸を忘れさせていく。


「そうだえ。ウチがここで一発いてこましておけばリットの負担も減るえ?どうせオートリザレクションが掛かってるえ?なら問題」

「ひ、ひぃ…」





「あるわ馬鹿」



と声がしたと同時に、鈴の影が大きくもんどり打って倒れかける。


「いたいえー!なして殴るん!これはあれじゃろー?でーぶいってやつじゃろえ!」

「DVな。つかお前が言うな」


そこには鈴をど突いた最愛のご主人様、カナタがいた。


「ご、ご主人様…」

「リーゼ、気にするな。こいつなりにお前の事が心配だったんだよ。許してやってくれ」

「ああ、あぁ…でも私!」

「俺に嘘吐いたことは分かってるさ。俺のためだったんだろ?リットに諭されてようやく分かったんだけどな」


はは、っと自虐的に笑うカナタ。

リーゼは俯き、あからさまに落ち込んでいる様子が見て取れる。


「悪かった。もっとお前たちに目を向けてやれば良かったと、今物凄く後悔してるんだ。異世界に転移してから俺はずっと自分の事しか考えてなかったよなぁ…。ご主人失格だな。これからはお前らの事を第一に動くつもりだ。これはもう皆と話し合って決めたから」


そう言ってカナタは優しくリーゼを抱きしめた。微かに震えるリーゼの体に、暖かいカナタの体温が重なる。



「これからはリーゼのこともずっと守ってやるからな」



リーゼの耳元で囁かれたその言葉に、堪えきれなかった涙が溢れ始める。



「ぁ…ああ、ああああああぁ」



泣き方を知らない純粋な娘の涙が、赤く鉄臭い大地にはらはらと零れ落ちていく。


「ごめん…なさいっ!ごめんなさい!ご主人様ぁ!!一緒にいたくて…でも、イーリス御姉様たちには敵わないから…功績だけ、でもって…グス」

「馬鹿。リーゼはリーゼだろ?イーリス達と比べる必要がどこにある?俺の側にいろ。離れる事は許さん」

「でも…でもぉ!!」

「なんだ?俺にここまで言わせてまだ安心できないか?」

「…ぁぃ」

「なら役職でも与えるか。お前は今から俺の秘書だな。特例処置としてイーリス以外の姉達に拒否権を持たせてやる。その代わり、俺の側を離れる事は今後一切許さん。私室も俺の隣の部屋に移すように」

「はい…はいっ!グス…うわああああぁぁぁん!!!」

「ほらほら泣くな。もう帰るぞ。これから忙しくなるんだ。部屋も移さなきゃな」

「はぃ…はぃ…グス」


カナタは泣き止む気配の無いリーゼを抱いたまま、八咫烏のぬいぬいを呼ぶ。引っ付いて離れないリーゼを片手に、空いてる片手でもう一人の放置され、むくれた鈴を無理やり抱きかかえると、その無駄に高いステータスを利用し三本足の怪鳥に飛び乗る。


「ラージュ!いつまで埋まってんだ!行くぞ!」

「ま、待って下され!御屋形様ぁー!」


こうしてドタバタの異世界二日目は過ぎていった。

カナタは、数十万から数百万の命が自分の足元にあったことは知っていたが、敢えてそれをリーゼに追求するような真似はしなかった。そして今後もその件についてリーゼに問い詰めるようなことも無かった。



この出来事は、"カナタ"と言う人物がどれだけ壊れている存在なのかを表す代表例となったと同時に、"カナタ"に順ずる姉妹達(シスターズ)と呼ばれる者たちの残酷さを世に知らしめる一つ目の出来事にもなった。












ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。

大変励みになります_(•̀ω•́ 」∠)_ ₎₎…

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