覚悟と決意
「以上が、リーゼお姉様が収集した全ての情報になります」
心地良い気温の昼下がり、パニエは召喚されたばかりの5人の姉に、これまでの経緯からリーゼが集めた情報を丁寧に説明していた。
因みにルピナとラザエラもそこにいた。ルピナはリーズリットに、ラザエラは鈴に絡まれながら。
5人の姉たちは、それぞれがリラックスした体制で、最後まで口を挟まずにそれを聴きながら分厚い書類に目を通していた。
パニエからの説明は終わり、俺も一息付こうとティーカップを持とうとしたその時。
5人の上の姉妹全員が図ったかのように、一斉に口を開いた。
「「「「「リーゼは何を隠しているの?」」」」」
綺麗にハモった五つの音色。
一瞬の沈黙が場を支配した。説明していたパニエはもちろん、ルピナとラザエラまでが時間が止まったかのように固まった。
俺でさえも固まってしまう。だがすぐに我に帰り、
「…は?」
とだけ声が反射的に出た。
「当たり前じゃ、こんな杜撰な報告書、目を通す価値もない。明らかにおかしい点がいくつもあるのじゃ。じゃがご主人様がこちらにきてからの経緯は本当じゃろうし、まさに御本人のご主人様がいるしの。そこは疑う必要は無いが、リーゼは本当に見える『嘘』の報告をしておる。帰ってきたら仕置きじゃな」
腕を組んでその場に浮遊し、仁王立ちする幼女、リーズリット。その表情は可愛らしくもプンスカ怒っているようだ。
「リット姉様、妹達の責任は私の責任。リーゼは私が責任を持ってを叱って置きますので、どうか寛大な処置を…」
姉妹大好き代表、八枚の翼を持つ美女、ミストがペコペコと幼女に頭を下げている。
「ならん!ミストは甘過ぎるのじゃ。この報告書の内容は、アホなパーシェルでも分かる程の虚偽の報告。それをご主人様に報告するとは、背信行為にも値する」
「うへぇ、あっしを引き合いに出さないで下さいよぉ」
そして急に自分の名前が出され困惑する、長い群青の髪をポニーテールにしたつなぎ姿の少女。
「本人はうまく騙せたと思っているのじゃろうが、儂らは騙されんよ。……ん?騙す?…成る程、これは時間稼ぎ…か。パニエ、ルピナ、ラザエラ、吐け。何か隠しておるのは分かっておる。場合によっては…」
名指しされた三姉妹がビクッと肩を震わせる。皆一様に怯えた表情で俯いている。
「…そこまでよリット。何にせよもう間に合わないでしょう。リーゼはもうここには居ません。あの子の事だから、大方いたずらの準備は整っているでしょう。ご主人様に楯突くような事は無いとは思いますが、もしもの時は、」
リーズリットに叱責も同然の名指しをされ、怯えた3人を見かねた白の少女、イーリスが助け船をだす。
「ウチがケジメ、つけましょ。ま、この面子が集まって、ご主人様を守れないような事は有り得ないえ。でぇもぉ、ラザエラぁ?アンタの事は信じてたんぇ?今なら許すぇ?言ってみるがええ」
黒と白の大きくはだけさせた花魁姿の鈴が、傍らにいるラザエラの顔を覗き込み、俯いているラザエラの顎を艶っぽく撫でる。
ラザエラは苦々しい表情のまま顔を上げる。5人の姉達の目が一斉にラザエラに降り注ぐ。
「……今、リーゼお姉様は、北方のカレアス平原の遊牧民国家…蛮族の討滅に向かっております…」
そして見るからに重たくなっている口を開いた。
「ほぉ…」
仁王立ちで浮かぶ幼女、リーズリットはそれだけで何かを察し、その目には鋭さが宿る。
「カナタ様の…ために…北からの脅威を、取り除く、と。この世界の、国々からの影響も少ない、広い領土を獲得し…実験の施設を、と」
「建前じゃな」
苦々しく話すラザエラに、リーズリットは間髪入れずに返す。
俺は情け無いかも知れないが、ラザエラから聞かされる新たな情報に、ただ呆然としていた。
「相、分かった。汝たちにそう説明し、如何にも説得力のある付加価値までつけ、敢えてご主人様にこの情報を隠し、単独行動をしておる。これら全てあやつの謀略じゃの。何重にも予防線と保険を張り、本音が巧妙に隠されておる。やはり仕置きは決定じゃ。まぁ、動機は大体分かるがの…」
リーズリットはそう言って浮遊するのをやめた。ゆっくりとこちらに来て「よいせっと」と俺の膝の上に乗った。
「こら、リット。不敬ですよ。ご主人様にお伺いしてから、乗らせて貰いなさい」
イーリスはティーカップを片手に優しく微笑み、その様子を見守っている。
「分かったのじゃー」
「いや、俺はサッパリなんだが…」
小さな顔がこちらを見上げ、薄っすらと優しい微笑みを向けてくる。甘えるようにこちらに向き直り、幼女とは思えぬ力で俺を抱き締める。
「きっと、こういう事です。ご主人様」
俺の顔を正面で見つめながらそう言うと、リーズリットは俺から離れる。その愛らしい顔は、少し名残惜しそうに俺の膝を見ている。がまずは説明とばかりに口を開く。
「ご主人様。リーゼを、愚妹を叱らないで下さい。姉妹の中で一番甘えん坊なのに、甘えるのが下手な妹なのです。あの子の行動の結末がどうであれ、受け入れて抱き締めて上げて下さい」
恭しく一礼し、すぐに頭を上げると何故か再び俺の膝の上に戻ってくる。
そこにはつい先程までのしんみりとした表情は消え、晴れやかな笑顔が戻っていた。
「さ、真面目たいむは終わりなのじゃ。ほれほれショコラ、姉にオレンジジュースを持ってくるのじゃー」
「私と鈴にはココアをお願いします」
「あ!あっしはコーヒー!ブラックで〜」
「紅茶を。ショコラ、手伝いましょうか?」
そして一斉に寛ぎタイムに入る5人の上の姉妹達。ショコラはマロン達を伴い、早歩きで準備に向かっていく。
ただただ俺は置いてけぼりを食らったようで、間抜けにもポカーンとしていた。
「ご主人様、大丈夫じゃ。悪いようにはならん。結果的にはご主人様を騙すことになってしまったようじゃが、リーゼはご主人様のために動いているのには変わりないのじゃ」
「すまん。そこまで説明して貰っても、まだよく分からないが…でも、何となく分かった気がする。あいつ、寂しかったのかな…」
そう言うと、少し驚いた顔でリーズリットが俺を見上げた。
「なんじゃ。分かっておるではないか。この件に関しては、大事なのは過程ではないのじゃ。そこに生まれた結果の本質こそが肝要。ご主人様は分からないなりに、感覚だけで本質へ辿り着いた。流石は我らが主人様。愛しておるぞい!」
どうやら俺は正解?に辿り着いたようだった。
今までのリーゼの行動を思い返し、リーズリットが先程俺を強く抱き締めたことで、なんとなくだが分かった気がしたのだ。
破顔したリーズリットが甘えるように抱き着き、その柔らかい頬を、自作した私服を着ている俺の胸に擦り付けてくる。
そしてようやく、リーズリットが言いたかった事が理解できた。
あぁ、そうか。リーゼは俺から離れたく無かっただけなのか…。
「ありがとう、リット。俺、分かったわ。…異世界に飛ばされて色々混乱してたけどさ、人格を持ったお前たちに会って、この世界の住人と知り合って、この世界の事情を少しだけど知れた」
軽いリーズリットをそのまま抱き上げ、立ち上がる。
「…よしっ、皆聞いてくれ!」
その場にいるリーズリットを除く全員が一斉にその場に跪き、頭を垂れる。
現実では俺はただのしがないサラリーマンで、世間受けし辛い廃ゲーマーだ。
だが、この世界ではそのゲームのステータスとスキル、アイテムまで使用できる。そして何より、俺を信じてくれる娘達がいる。
どうせ帰る手段なんて早々見つからないだろう。最悪、元に戻る事なんて出来ないのかも知れない。なら俺は…。
「俺は、情け無いと思われるかも知れないが、この世界が怖かった。知らない世界に転移させられ、そこでは殺し合いが普通の世界で、ゲーム時代には感じる事のなかった痛みがあった。受け入れ難いが、それが現実だった。怖くて今でも引きこもりたいくらいだ」
リーズリットを抱く腕が微かに震える。それに気づいたリーズリットは、自身を抱えている俺の腕を優しく撫でてくれた。
「でも帰る手段が分からないし、最悪、帰る手段なんて無いのかも知れない。不安で堪らないよ。…でもな、お前達が居てくれた。いつも俺と共に一緒に戦ってくれたお前達が召喚できた。そして異世界でも変わらず傍にいてくれる。今はいないリーゼだが、俺を騙してまで俺のために動いてくれている。こんな弱っちい俺のために…。だからせめて、この無駄に高いステータスとスキルでお前達を守りたい」
今はリーゼたちに守られている存在だ。この世界の知識も常識も、全てリーゼが収集してくれたものだ。
「亜人に厳しいこの世界で平和に生きていくには、お前達には厳しすぎる世界だ。だから俺は自分の持てる全てのステータスとスキルを利用して、まずお前達と平和で安全に暮らしていける環境を整える。俺たちが平和に暮らしたくてもそれを良く思わない奴らは多い。環境が整ったところで、どこかで戦いは必ず起こるだろう。戦いになれば人は死ぬ。だが俺は死ぬつもりはないし、少し青臭いかも知れないが、俺はこの手を汚してでもお前達を守ってみせる」
この世界で生きていく覚悟。自分を信じ、付いて着てくれる娘達を守る覚悟。まだ異世界2日目だ。覚悟なんかよりも混乱の方が多し、言うほどの覚悟ができているのかも怪しい。が、いつまでも混乱していては、娘達にまで危険が及ぶ。
幸いにも、異世界初日にしてリーゼが情報を集めてくれている。異世界情勢の被害者たちメイもいる。
見知らぬ土地の知識が、2日目にしてこれだけ集まっているのなら、娘達を守るために利用しない手はない。
「だから俺を信じて付いて来て欲しい。頼む」
現役サラリーマンの見本になるようなお辞儀を炸裂させる。
抱き上げているリーズリットまでお辞儀をする形になるが、仕方ないね。
「ご主人様は何を当たり前の事を言っているんじゃ?我ら姉妹たちは皆、ご主人様に作られた時からそんな覚悟はとっくにし終わってるのじゃ。信じる信じないの話ではなく、ご主人様が絶対なのじゃよ。そんな事よりはよー菓子をくれ」
「ふふ。駄目よリット。これはご主人様なりの決意表明なのよ。少しくらいご主人様に気を遣いなさい。…ご主人様も頭を上げて下さいまし」
イーリスの声に、俺はゆっくりと頭を上げる。
全員が優しく微笑み、暖かい眼差しで俺を見つめていた。
そしてそれぞれの目から、一雫の涙が溢れていたのを、俺は見逃さなかった。
「やー!じゃ!真面目な話は終わりと言うたのに!ご主人様がしみったれた話題を出すもんだからほれ!ショコラが持ってきてくれたオレンジジュースが温くなってしもうたわ!ショコラー!冷たいものに変えてくれー!」
わざとらしくこちらを見ないで騒ぐリーズリットのその幼い声は、微かに震え、若干の鼻声になっていた。
「リットは愛いのう、まったく可愛くて堪らんわ。どうかえ?今晩はウチの寝所でお姉ちゃんと一緒に寝ようえ?」
「嫌じゃ!鈴お姉様と寝ると抱き枕にされるのがオチじゃ!」
優しい涙を流しながら騒ぐ娘達を見て俺は、改めてこの娘達が一番大切であり、守り通してみせると内心決意する。
俺は、安っぽいと言われるかも知れないけれど、このじゃれ合う娘達を守る覚悟もできた。ならば、あとは進んで行くだけだ。
「…リーゼを出迎えて上げなきゃいけないな」
「そうですね。甘えん坊な妹ですが、どうか私たちと同じように信じて、愛してやってくださいまし」
「言われるまでもないさ」
異世界に来て2日目の心地良い昼下がり。
姦しく騒ぐ娘達を見て、異世界に来て初めて幸せだと感じることができた。
「早く帰って来いよ、リーゼ」




