赤い雨の夜
リーゼ視点
大地を揺らす程の爆発音。それが戦いの始まりの音だった。
騎乗兵から一斉に放たれた魔力が込められた矢と魔法が、走り出したアンデッドたちに降り注ぐ。着弾したそれらの威力は絶大で、アンデッドたちが居たその場所には小さなクレーターがいくつもできていた。
だが爆発で舞った砂塵が落ち着く前に、それらは無傷で走り抜けてきた。
騎乗兵たちの間に明らかな動揺が走ったのが分かる。
「初級魔法程度で私のアンデッドがどうにかなる訳無いじゃない」
リーゼは呟く。その黒い瞳は戦場に向けられているが、側にいるラージュには何処を見ているのか分からなかった。
「姫、敵が動きますぞ」
騎乗兵たちは絶えず魔力の篭った矢と魔法を撃ち続けているが、走るアンデッドたちには効いているようには見えない。
やがて、騎乗兵たちは誤爆を避ける為に距離を取ろうとするが。
「させる訳無いじゃない」
その一言で、待機していたデュラハンたちが動き出す。20体いるデュラハンは二手に分かれて騎乗兵の進路を塞ぐように回り込む。
「逃がさないわよ」
そして両者は激突する。
それはもはや戦闘ですらなかった。剣戟の音は聞こえず、ただ走る蹄の音だけが止まず響く。
20体のデュラハンがただ騎乗しているデッドホースを走らせるだけ。それだけで半径数メートルにいる騎乗兵たちが肉塊となり血の池を作っていく。
抗うことは許されず、悲鳴をあげることも許されず、陣形を保つことさえ難しくなっている。
そしてようやく上がる悲鳴。それは追いついたアンデッドの群れたちによる襲撃だった。
ある者は抉られ、ある者は貫かれ、ある者は喰われていった。
2万の兵たちは、自分たちが挟撃されているのだとここに来てようやく悟った。
「しょ、将軍!撤退をっ!撤退を進言します!!これはもはや戦いではありません!!ただの嬲り殺しです!」
「い、いかん!アンデッド如きに敗走するなどっ!2万の兵を預かって敗走など儂にはできん!部隊を分けろ!固まるな!複数人で距離をとって戦え!!」
あれが2万の軍勢を預かる指揮官…ね。
「部下の命をなんだと思っているのかしらね…醜いわ」
「仕方ないじゃろう。色付のアンデッドの群れに20体のデュラハン。中級者レイドパーティーでのも敵わんじゃろうのぅ…」
「そうね。でも私はこう見えてあまり甚振る趣味は無いの。さっさと終わらせて最終段階へ移行するわ」
「ほ?なんじゃ?仕込みとやらは終わったのかの?」
「ええ、とっくに。後は邪魔な目の前の虫ケラ共を始末するだけよ」
「ほほ。そうかそうか。ならば儂が出ようかのぉ」
「ダメよ。ラージュは私の側にいて。奴らの始末はコープスの実験にもなるの」
「…成る程のぉ。それでは今回はお預けじゃのぉ。つまらんのぉ…」
「あなたにはこんなチンケな場所で働いてもらいたくないわ。我慢して」
「むぅ。仕方ないのぉ」
むくれている元レイドボスを無視してリーゼは新たな召喚術を編んでいく。約数十万のMPを消費すると詠唱が始まる。
「闇の底より出でし者」
戦場から音が消え、デュラハンを含めたアンデッドたちがピタリと静止する。
「深淵の先に潜む者」
散らばった肉片と血の池が震え出し、互いに磁石のように引かれあっていく。
「果てぬ光に恋い焦がれ」
手や足や胴体が、それぞれ歪に組み合わされ血で塗り固められていく。
「届かぬ願いに憎悪する」
やがて引かれ合った塊がさらに別の塊と引かれ合い、次第に大きな肉の塊となっていく。
「底なき沼で血に溺れ」
兵士たちは動くとも出来ず、ただその出来事を眺めている事しかできなかった。
「双子の子らは蘇る」
地上に光の線が走り出し、何かの模様を形取る。
「さぁ。お腹減ったでしょ?たくさんお食べ」
光の線が消え、大地が震え出し、遠くから奇妙な声が聞こえ出す。
「「「「「「キィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!」」」」」」
鼓膜が破れそうなほどの金切り声。幼い子供の叫び声に近いそれは、複数の声帯で出しているかのように重複して聴こえる。
一言で表現するとすればそれは、『肉の塊』。
それはどこからともなく現れ、戦場にできた血でコーティングされた肉の塊を食べ始めた。無数の触手で絡め取り、巨大な裂けた亀裂へ無理矢理押し込んで行く。
堪え難い咀嚼音が戦場に響く。
その光景は兵士たちを恐怖の底に叩きつけるには十分な光景だった。
薄桃色の塊は、比喩では無く山のように大きく、大きな鎖がその体を縛っている。
至る所に大小様々な目と口、手足、パーツの少ないのっぺりとした顔が引っ付いている。
斜めに大きく裂けた口からは悪臭が漏れ、辺り一帯が汚染されて行く。
うねうねと身体中から生えた触手が無数に広がり、獲物を探し宙を舞っている。
平原の戦士たちは、その姿を見た時点で戦意を喪失した。
だが、その場から動ける者は居なかった。
恐怖に支配された体は逃げる事を許さなかった。
「お代わりはあるわよ?遠慮しなくてもいいわ。さぁ、お食べ」
そこから先は戦闘でも無く、虐殺でも無く、ただの食事だった。
「「「「「「キィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!」」」」」」
無数の触手が一斉に伸び、先端が人の手のように広がり、無造作に恐怖で動けなくなった人間たちを掴み上げていく。
掴み上げては身体中にある口で人間を食べ始める。
「ああああああああああああ助けてェえあああ痛い痛いいたいいいいい」
「俺の足がぁっ足がぁ!」
「やめてくれぇ!ああああ!やめろォォ!!!ギャァアあああああああ」
「食うな、俺を食うなぁ…あぁあぁああぁ!!」
バリバリゴキッグシャグシャバキッ…
「姫、コープスの実験は成功ですかな?」
「ええ、成功ね。少し燃費が悪いけど即戦力にはなるわ」
目の前の地獄のような光景を、意に介さず話す二人。
それが日常の風景でもあるかのように眺めている。そして次第に飽きが来る。
「さてはて、この光景にも飽きて来ましたのぉ」
「そうね。もう残ってる人間も少ないみたいだし、仕上げを始めようかしら」
「ほうほう。ようやく姫の策が見物できますな。拝見させて頂きましょう」
「ええ、見てなさい。これが私が最愛の人、カナタ様に捧げる愛の証。全ての人に見てもらうつもりよ」
リーゼは両手を空に掲げ、詠唱を始める。
魔力は十分、下準備の時点で込めてある。
「――――――――」
それは謡ってはいけない謡。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――」
言葉にしてはいけない言葉。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
響かせてはいけない響き。
「禁じられた遊び」
それは現象、または災害。
巨大な黒い正四角形の物体が、先鋒軍が野営を張っている上空に出現した。
それは次第に降下し、約30万人がいるであろう半径数キロメートルの平原を切り取った。
すると、黒い四角形はその場から跡形もなく消え去り、その場には正四角形に深く抉れた地面だけが残っていた。
束の間の出来事だった。
「まだよ、まだ足りなぁい!」
リーゼは叫ぶ。
すると、それに応えるかのように複数の黒い正四角形の物体が現れる。それらは転移し、敵の本体が野営を張っている位置の上空に出現した。
「さぁ!捧げなさい!血を、肉を、魂を!!」
それらは一斉に降下し、全てを抉り取る。
そしてそれらは互いに触れ合うと、そこから溶け合うように一つになっていく。
「あぁぁぁぁ!」
その光景に、リーゼの頬は真っ赤に紅潮している。
やがて全てが溶け合い、一つになると丸い球体の形に変化した。
「始めましょう!まずは我が神に捧げる讃美歌を!」
球体は上空に上がり、高度をゆっくり上げていく。被るようにして月を隠し、次第に溶けるように夜空に『黒』が広がっていく。
その日、大陸中のあらゆる村、街、都市でその現象は見受けられたと言われている。
身分も種族も関係なく全ての人類が空を見上げた。
後世にそれは『赤い雨の夜事件』と名付けられ、解明されることのなかった事件として歴史に記された。
ぽつ…ぽつ…ぼと…
赤い…赤い雨が降る。偶に赤い塊も降ってくる。
「うふふふ、ふふふふふふふふふ」
これが最愛の人、カナタ様に捧げる私の愛。
「ふふふふふ。あは」
赤い雨は次第に強くなり、大地は赤く染まっていく。
「あは、あはははははははははははははは!」
やがて洪水のように赤は流れ出し、塊を運んでいく。
「私でいいの。私じゃなきゃダメなの。イーリス御姉様ではダメ。側にいていいのは」
流れた塊が赤の中で『地』を作り、赤は『波』を作り出す。
「私だけ」
夜空を黒く染め上げていく『黒』が一斉に広がり、夜空に『黒』の帳を落とした。
「亞亜!異世界よ!ヒストリアよ!我が主カナタ様よ!御照覧あれ!!これが私が捧げる忠誠っ!信仰っ!愛っ!!血で海を満たし、肉で大地を創り上げる!!芽吹く新たな命は血を啜り、大地を喰らい贄となる!!これが私が主人に捧げる最高の神饌!!亞亜!愛しい人よ!私の愛しい人!主よ主よ主よ主よ!我が主神カナタ様ぁぁ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
赤い雨は降り続く。最愛の人に届くように願いを乗せて。
前話と続けて徹夜テンションで書き上げました。
読み辛かったらごめんなさい_(。゜⊿ 」∠)_




