終わりの始まり
リーゼ視点
私は、愛しい人のパートナーNPCとして生まれた存在であり、ヒストリアを巡る日々では己の意思を持たず、ただひたすらに自身のレベル上げと、度重なる装備の更新に走る日々。感情も意思も持たず辛い日々だったと、今なら分かる。
それでも側には愛しき人が居てくれた。その記憶がある。愛しき人は何があっても必ず側にいてくれた。
組んだパーティーが壊滅し、己と愛しき人だけになった時も。ダンジョンのトラップに掛かり危うく戦闘不能になりかけた時も。
常に彼が身を呈して守ってくれた。
NPCである私を。
戦闘不能になっても特にデメリットも無いはずなのに。
お陰で私は一度もゲーム内で死んだことが、戦闘不能になった事が無い。
きっとそれは16人いる姉妹達の中でも、私とイーリス御姉様くらいだと思ってる。
ちょっとした私の自慢。
過去の不甲斐ない自分を罵り、殺してやりたい程の情け無さも覚えるが、すごく大切な宝物。
異世界。この世界に来て初めて持った感情は、愛しい気持ち。
月並みだけど、私にはとても尊いものだった。他の姉妹たちは知らないわ。
不敬だとは分かっていたけど、愛しい人の腕を取り、胸に態と当てて指も絡めちゃった。
そしてそれに私は気付いた。私はこの世界に来て初めて召喚してもらえたのだと。16人いる姉妹の中で、私を初めにだ。
それに気付くと、もう止まらなかった。
愛情は溢れ出し、私は私が壊れてしまうのでは無いかと、本気で怖くなった。
それでも、一時でも側に居られることが嬉しくて、他の姉妹たちより沢山触れ合うこともできた。
忙しくてもいい。少しくらいの命の危険は私がなんとかする。だからずっとこの日々が続いて欲しいなって思った。
とても、とても幸せだった。
でも、そんな幸せな一時もすぐに終わりを迎えた。
ただ愛しかった。愛したかった。忠誠を捧げ、命を捧げ、愛しい人の側に居ることができると思っていた。
「明日、イーリスたちを召喚するから」
愛しき人のその一言で、私が思い描いた日々は音を立てて崩れ去った。
イーリス御姉様の御名前を出したと言う事は、きっと鈴お姉様とリットお姉様たちも十中八九、召喚される。
あの御方達はダメ。本当に規格外の姉たち。私とのレベル差はそんなに変わらない筈なのに、種族と言う絶対に超えられない壁があって、そこには覆すことのできない圧倒的な差が存在する。
私はアンデッドフェアリー。妖精種の一種。
ヒストリア内では別段珍しいとは言えないマイナーな種族。妖精と言う一種のパラメーターのお陰で、魔力とINTと言ったステータスに少しだけ補正がかかる程度。他の能力値は底辺種族と呼ばれる者達と対して変わらない。
そんな私に対して、新たに召喚されるのは、ヒストリア内に10キャラも存在しない"白"のイーリス御姉様。そしてイーリス御姉様に準ずる種族の鈴お姉様。御二人を除いたヒストリア内最高レアリティを誇る大精霊のリーズリットお姉様。生産や召喚術に於いて、高レベルプレイヤーを能力面で凌駕する機械人形のパーシェルお姉様。
ミストお姉様は召喚されるか分からないけれど、私なんかじゃ絶対に敵わない種族。
そんな御姉様たちが召喚される。それだけで私は居場所を無くしてしまうのではないかと、私は宛てがわれた自分の部屋で、生まれて初めて泣いた。
泣き方が分からなくて、声は出なかった。
辛くて、辛くて、思いっきり泣いた。
だから…だから、私は―――
「数は凡そ30万、事前の報告からして、恐らく先鋒でしょうなぁ」
嗄れた声が隣から聞こえて思考が止まり、現実に引き戻される。
辺りは夕暮れ時、茜色に染まりつつある空はどことなく心が切なくなる時間帯。
もうじき夜が来る。
私は今、北方のカレアスと言う平原に来ている。
隣にいるのはナイトメアバウンサー・レッドグロウ。副指揮官として私が召喚したアンデッド。5mの高さは在ろう黒の騎士。所々が赤に染まった漆黒の鎧の騎士が、赤黒のバーディングが装備された禍々しい馬に騎乗している。
私の背後には二人のダークナイトが控え、直接的な戦闘能力に乏しい私を護衛している。
そして私の周囲を固めるデュラハンたちが20人
そして、その前方には数百に登るゾンビやグール、スケルトンにワイトたち。彼らは全員色付だ。
「姫よ、策はあるのだろう?」
「……えぇ。あるわよ。とっておきのが二つ、ね」
「そうですか…。この件、カナタ様はやはり存じ上げていないのですかな?」
「………えぇ。存じていないわ。私が敢えて報告していないもの。だから…絶対に負けられないし、奴らを一歩も森へは近づけさせてはダメ。これは私が一人で成し遂げないといけない事なの」
そう。種族と言う超えられない壁を前にして、私に唯一超えられるものは圧倒的な功績。それでもイーリス御姉様たちならば、私の功績なんてあっという間に超えてしまう事くらいは分かっている。
けれど今なら、今のタイミングならば、この異世界の情報が限り無く少ない今この状況を利用して、功績を残す事ができたならば。
愛しい人は、再び私を見てくれる。
愛しい人は、再び私を褒めてくれる。
愛しい人は、再び私を側に置いてくれる。
愛しい人は、再び私を抱き締めてくれる。
「だから…」
「姫…。分かり申した。ならばこの老骨に鞭を打ってでも、あの人の群れを黄泉に導いてみせましょう…」
嗄れているが、頼もしい声だった。彼は初めて私が使役できたレイドボス。自由度を重視しているヒストリアオンラインでは、その気になればレイドボスでさえ使役ができた。
きっと彼は、愛しい人の次に私を助けてくれているアンデッドだ。
「ありがとう、ラージュ…」
「ここに来て初めて名を呼んで貰えるとはのぉ…これは多少骨を折らねばの。ほっほっほ」
でもそれでさえも、私一人だったら絶対に成し得ない。あの愛しい人が居なければ、ラージュと契約はできなかっただろう。
「む?……そうか。こちらが発見されたか。良くやった。お主は上空にて待機。戦端が開かれたら戦況を逐次報告せよ。場合によってはお主達にも動いてもらうでの」
上空に待機している母体のクローカーから生み出された低級霊のレイスが、私達が敵に発見されたと報告して来たみたいだ。
「来ますか?」
「来るじゃろう。姫が得た情報通りなら、この世界でもアンデッドは忌み嫌われる存在。まず間違いなく討伐にやって来るじゃろう。じゃがまぁ1万も来んじゃろのう。姫よ、そろそろ策を聞かせてもらえぬか?」
「…私達は陽動よ。でも多くを釣り出さなくていい。この位置にいる私達を認識してもらう事こそが目的よ。だから適当に蹴散らして時間を稼ぐだけでもいい。私の仕込みが完成すれば全てが終わる」
屋敷を出たのはお昼前。こちらへ転移してから仕込みを始め、もうすぐ完成する。
敵は大軍だ。野営をする場所は限られている。特に指揮官級は平原であろうと小高い丘や、見晴らしのいい場所に陣取りたがる。
本物の戦争を知らなくても何となく予想はできたし、間違っていても多少は微調整も効く。
それにこれから行うのは戦争ではないのだから、そもそも策は要らない。敵の場所さえ分かればそれで終わる戦い。
だが圧倒的な数を屠る必要がある。その為には効率良く命を狩らねばならない。だから態々敵が野営する位置をいくつか予想し、仕込みをギリギリまで長引かせた。
敵の位置は分かった。確かにあれは先鋒で、その後方数キロ先に本体の50万近い敵がいる。
これで後は戦端を開くだけの作業となった。
「騎乗兵が約2万がこちらへ急接近。思ったよりも割いてきたのぉ。恐らく弓騎兵じゃろうな。杖を持った者もおる。こちらを包囲しつつ、射程ギリギリの位置から機動力重視の遠距離攻撃じゃろうな。アンデッド相手に被害を出したくないのじゃろうて」
「舐められたものですね。でもそれも機動力が有ればこそできる戦術です。馬を止めてしまえば只の案山子よ」
「ほぉ。姫は謀略以外にも戦略戦術にも通じていらっしゃるようじゃの。流石じゃの」
「まだ私何も言ってないんだけれど…」
「そこまで分かっていて対策していない姫じゃないじゃろ?」
「いいえ、無いわ」
あっけらかんと言ってあげる。
「何?」
「言葉の通りよ。さっきも言ったじゃない。私達を認識して見てくれているだけでいいのよ。それが私達の勝利条件であり、彼らの敗北が決定する瞬間よ。だから、精々派手に暴れて頂戴」
リーゼが右手を上げ、振り下ろす。
その合図で、色付のゾンビやグール達アンデッドの群れが、敵の騎乗兵を迎え撃つため走り出した。
敵は騎乗状態から器用に一斉に弓を構え、騎射の体勢に入る。さらに後方では馬上から杖を一斉に掲げ、詠唱を唱えている者たちが見受けられる。
こちらの動きに素早く対処し、一気に殲滅に入ろうとする様子は、優秀な指揮官と武勇優れる者たちの高い練度と強い信頼と絆が見受けられる。まともに食らえば、一気に気勢を刈り取る一撃となるだろう。
でも、
「その攻撃が通れば、の話ね」
そして矢と魔法は一斉に放たれた。
「これが開戦の狼煙よ。勝利をカナタ様に捧げなさい」
狂気に満ちた夜が、始まりを告げた。




