白き君へ
「カナタ様、リーゼです。こちらは準備が整いました」
「おう。来たか」
所変わって地下倉庫。
俺はリーゼに装備を渡すため、過去に俺が装備していたアクセサリーとパートナー用に取っておいた数ある装備を探しに地下倉庫へやってきていた。
「はい。母体となるクローカーたちに転移スクロールを渡して先行させました。現地での安全も確保済みなのでご安心を」
「流石はリーゼだな。それじゃあこれを装備してくれ。リーゼなら装備条件をクリアしているからな」
「そんな、これは…」
カナタは様々なアクセサリーをリーゼに渡す。それぞれ頭から狂乱姫のティアラ、蒼星のネックレス、三つ首の首飾り、活力の腕輪、黒銀の指輪。簡単に説明すれば黒銀の指輪以外全てがHP上昇系のアイテムである。中でも三つ首の首飾りはHP上昇40%に加え、3回までHPが0になる状態を回避できる優れものだ。
ヒストリア内ではHPが0になると戦闘不能になった場所での復活に10分、最寄りの街や村での復活に5分と、割と長い時間のロスとデスペナルティが馬鹿にならない。なのでパーティープレイならば神官職にリザレクションで復活させて貰うか、カナタのようなソロの場合は、聖職系のパートナーやアイテム頼りになることが多い。そんな理由からカナタは耐久・復活装備などの種類の装備、アイテムを複数買い貯めや、作り置きをしていた。
「こ、こんな…本当に私には勿体無いです…」
「…ああ、勿体無いな。だからお前の手で直接俺に返しに来るんだ。そしたら改めて、お前に与えよう」
そう言ってリーゼが持っている三つ首の首飾りを取ると、俺は自分の手でリーゼに掛けようとする。
それを見たリーゼは、俺が何をしようとしているのかを察して、慌てていつも深くか被っているフードを自らの手で脱ぐ。
普段は隠れているリーゼの頭部、長く艶があり宝石のような黒い髪が現れる。明かりに照らされはっきりと見えるその顔も、黒く長い髪と同じように美しい小顔である。
長い後ろ髪を取るために、リーゼは両手を後ろに持っていく。腰までありそうな長い髪を纏め上げ、ローブの背中側に入れていたからだ。
「リーゼ、もっと髪を大事にしろよ。こんなに綺麗な髪を無造作にローブに入れてちゃダメだ」
そう言って、リーゼがローブから取り出した長く黒い髪の毛先に触れる。
明らかにゲーム内では感じられない艶やかな質感に、髪も生きているような錯覚を覚える。
「…はぃ。申し訳ありません」
他の姉妹たちの髪も綺麗だとは思っているし、それを作ったのは俺自身だ。どこかに差がある訳でもないのだが、俺には目の前リーゼが今一番美しいと思っていた。
リーゼが後ろ髪を搔き上げると、俺は三つ首の首飾りを俺の手で掛けてやる。間近で見えるリーゼの目はどこか潤んでいるように見えた。
艶やかな長い髪を搔き上げるそのリーゼの瞳に、俺は何年、何十年振りかの心臓が高鳴る音が聞こえ、慌てて距離を取る。
「うぉっほん!…さて、残りは自分で装備できるな?本当はもっといい装備を渡してやりたいのだが、男性用が殆どでなぁ…暇ができればお前たち用の装備もいくつか作っておくよ」
「恐悦至極にございます。あぁ、カナタ様の御手で首飾りを…リーゼは感激にございます…」
リーゼはうっとりとして首飾りを撫でている。そのはっきりと紅潮した顔は艶やかで色気がある。
直視できない。直視すると理性が飛びそうな気がする。色っぽすぎだろ…。
リーゼはうっとりとしたまま残りの装備を付けていく。頭部に関係するアクセサリーを装備し終わると再びローブを深く被り直した。後ろの長い髪はまたローブの中に入れている。うーむ…。
「装備完了しました。それでは早速ですが行ってまいります。イーリス御姉様が御出なされるまでは、私の代わりはパニエに任せております。御姉様方の召喚の立ち合いもすでに伝えてあるのでご安心ください」
「わ、分かった。気を付けて行って来いよ?何かあったり分かったりしたらすぐにメッセージを使うか即時帰還しろ。これは命令だからな?」
「仰せのままに…。あの…少しだけ失礼します」
リーゼは少しだけ俺の胸にこつんと頭をつけ、軽く抱きしめてくる。俺はさせたいようにさせ、強く抱きしめ返す。抱きしめている間は、優しく幸せな時間が過ぎた。そしてそれも束の間、そっと抱きしめていた腕をリーゼは離し、転移スクロールを取り出す。
「では行って参ります」
「あぁ、行ってこい」
転移スクロールが光るとリーゼの体を光が包み込む。そして一瞬のうちに、その場からリーゼは消えた。
「無事で帰ってきてくれよ…」
誰もいない虚空に呟き、俺も地下倉庫を後にした。
再び場所は代わり、屋敷の中庭にある中央庭園。屋敷は外観からは分からないが、口の字型になっており、中央は吹き抜けで中庭になっている。見た目より広く、余っているスペースも多いので、落ち着いたら村の生き残りの子供たちに遊ばせてもいいかもしれない。そして実はペットであるシルバーファングのるいるいも、この中庭の中に放している。
何故か帰りたがらないんだよな…。
生き残りの子供たちを怖がらせないために召喚の解除をしようとすると、もの凄い勢いで嫌がっていた。巨体のるいるいだが、懇願するように潤んだ瞳で見つめられると可哀そうになり、中庭ならと言うことで我慢してもらった。その際、通訳をしてくれたのがルピナだった。そんな能力持ってなかった気がするんだがな。
そして今、中央庭園にある大理石でできたテラスに、リーゼを除くパニエ、ルピナ、ラザエラの3人と、メイド組はツインを除くショコラ、マロン、リリル、筋肉の4人が集まって整列していた。
リーゼは偵察任務。ツインはメイの付き添いに向かっていた。
「皆すまない、待たせたな」
イーリスたちを召喚するから中央庭園に集まってくれと呼び出したのは俺である。あるものを探していて時間いっぱいギリギリになってしまった。遅刻はしていないにしても予定の時間にギリギリだ。これはもうサラリーマン引退だな。うん、そうしよう。
そして、俺の姿が確認できると皆一斉に深く頭を下げる。
「よせよせ。皆頭を上げるんだ。忙しいところ呼び出してしまって悪かったな。これからイーリスたちを召喚する。先に召喚するのは鈴、リーズリット、パーシェル、ミストの4人だ」
これから召喚する4人と1人は、俺のパートナーキャラの中では各分野、種族、職業に於いて最も高い4人。そして最後の1人はプレイヤーとしての俺の強さを凌駕する最強の長女。
そして何より俺が設定として作った姉妹達の中でも、長女や次女、三女と言ったこの場にいる全員の姉である。因みにリーゼの姉達でもある。
俺はメニュー画面を開きパートナー召喚のページへ飛ぶ。そして4人を選択する。
「じゃあ召喚するぞ」
と一声かけると、決定ボタンをタップする。
そしてリーゼたちの時と同じように開けた場所で光が輝きだし、人型を作っていく。
光はすぐに落ち着き、消えていった。そしてその跡には4人の美女たちが目を閉じ、そこに立っていた。
俺以外の全員が息を呑み、緊張感がその場を走る。俺を除く全員が4人に向かって立ったまま深く礼を執る。
ゲーム内では感じられなかったその異様な雰囲気。それは醸し出される圧倒的な闘気と、それぞれ4人から滲み出る言葉にはできない独特の気配。
それぞれの外見も相まって、触れてはいけない、近寄ってはいけないと本能が警鐘を鳴らしそうになる。
と明らかにヤバイと思わせる4人を前にした俺を除く全員は、目を合わせないようにしているのか、一礼をしたまま頭を上げようとしない。
俺は心の中で苦笑し、まずは4人に声を掛ける。
「よ、お前たち。調子はどうだ?体に違和感があったりはしないか?」
するとそれぞれ全員の瞳が開き、八つの瞳が俺を見る。
「おやおやぁ?これはこれは主人さまではごさいませぬか。ご無沙汰しておりますえ。シスターズ次女の鈴、ただ今参りましたえ」
最初に口を開いたのは黒と白の花魁を羽織った短髪の美女、鈴。薄っすらと化粧がしてあるその顔は、色気に満ち溢れ、対照的にその瞳には闘気が宿っている。
「ご主人様に皆ではないか。いつの間に一斉にこの数を召喚出来るようになったのだ?しかし久しい顔ぶれじゃのー。ここは鈴姉様に従って…シスターズ三女、リーズリットここに、じゃ」
次に口を開いたのは、薄い紫色の艶やかな長い髪を持つ幼女、リーズリット。自身の髪の色と同色でシースルーのフォーマルドレスを着ている。彼女の周りには、拳ほどの大きさの光が宙を舞い、七色に軌跡を残している。
「おんやー?久しぶりっすごっしゅじーん!皆もいるねー!足りない子も何人かいるみたいっすけど。それはそれで~。私はここで空気をぶち破るっす!期待の四女、パーシェルここに登場っす!」
そしてこの四女である。彼女はパーシェル。群青の長い髪はポニーテールにしてあり、灰色のつばの付いた帽子を被っている。作業着のような灰色のつなぎを着ており、明らかに鈴やリーズリットとは違う雰囲気を醸し出している。
「お久しぶりです、ご主人様。あなたのミストでございます。これからはイーリス御姉様以外の姉妹たちのお世話は私にお任せください」
後光が射しているのではないかと錯覚してしまいそうになる彼女はミスト。金髪のウェーブが掛かった髪に赤い両目が良く目立つ。西洋美人という出で立ちだが、一番目立つのはその背中に生えた八枚の天使の翼。頭部に輪っかはないが、その容姿と相まって本物の天使のようにも見える。
「はっはっは。皆調子は良さそうだな。良かった良かった。呼び出しておいて悪いが、イーリスも召喚する。少しだけ離れていてくれ」
「…」
「ほぉ…」
「マジっすか。あっし服着替えた方がいいんじゃ無いっすかね…」
「ご主人様、魔力の枯渇にはご注意を」
4人がそれぞれ返事を返す。召喚しておいて4人を放置にする形だが仕方がない。最後の1人、イーリスは少々特別な事情がある。
俺は魔力ポーション。いわゆるマナポーションを取り出し召喚の準備をする。これを出したということは、どういうことかもう分かるだろうが、彼女を召喚するには多大なコストが掛かるのだ。
全員それを理解しているようで、心配そうな表情で俺を見ている。イーリスの召喚の際には魔力を込める必要があるが、それは俺の方で調整できるからあまり心配する必要は無い。
ただ、やはり魔力が枯渇するとゲーム内でも体の動きが鈍くなったり、酷い時はディレイ状態になることもあり、ダンジョン内での魔力の枯渇は死活問題である。
今回は異世界でのイーリス召喚なので、安全マージンを取るためMP上昇装備と、前もって魔力用のリジェネポーションを服用している。
「皆そんなに心配するな。掛かる魔力はこっちで調整できるからな。最悪でもぶっ倒れることはないだろう」
俺の言葉に一同揃って不安そうな顔をする。なんだ?俺の信用ってそこまでないのか?それはおかしい…
「あーもう、召喚するからな?まあ特に何か起こるわけは無いとは思うが、少し下がっていてくれ」
そう言って皆を下がらせる。それを確認した俺は、改めて開けた場所に向かって召喚画面を表示させ、項目をイーリスに合わせる。召喚に掛かる魔力値を入力すると、一度深呼吸を行う。
「ふぅー…。よし」
一息付くと、召喚決定ボタンを押す。
すると、今までの召喚には無かった全身から魔力を吸い取られていく感覚に驚きつつも耐える。あらかじめ開いていた自身のステータス画面に映るMP残量を示すバーが、見たこともない恐ろしい速度でみるみる減っていく。バーが短くなるにつれ、全身が重く感じてくるころに目の前が光り出し、人型を作っていく。
長い。他に召喚した娘たちの時には無かった召喚されるまでの長さ。MPを吸い取られ始めてからそろそろ30秒近くが経過する。MPの残量が万を切るころに魔力ポーションを一気飲みし回復するが、その都度吸い取られていく。
もう明らかに設定した魔力量をとっくに超えていた。俺のMP総量は装備で底上げして30万程。設定した魔力量は29万。本来ならとっくに終わっているはずなのだが…。
たぶん、吸い取られた魔力総量は100万をあっさりと超えている。1ストック10個の魔力回復大のポーションをもう5本は飲んでいる。ってか不味いなこのポーション。
そして、流石に魔力よりも俺自身の気力が尽きそうになる頃に、それは終わった。
魔力の吸い取りが終わると体が鉛のように重くなり、思わずガクッとその場に膝をつく。冷や汗が酷く動機も激しい。ポーション中毒の一歩手前の症状だ。
「カナタ様ぁ!」
パニエの叫ぶ声が遠くに聞こえ、俺は残っている1本の魔力回復大のポーションを迷わず一気に呷った。精神的には疲弊していたが魔力が回復し、鉛のように重たかった体は動くようになっていた。中毒症状はミストに回復してもらえるから後回しだ。
コツ…コツ…と石畳に足音が響く。
「…ったく。吸い取りすぎだ。イーリス」
「…ごちそうさまでした。愛しい人」
澄んだ少女の声が聞こえる。緑豊かな中庭の木漏れ日を受けて、その少女は歩き出す。純白のドレスを靡かせて。
「御手は必要ですか?ご主人様」
「折角だ、貸してもらおうか」
差し出された小さな手のひらに、自分の手のひらを重ねる。お互いにしっかり握り合うと、俺はひょいっと立ち上がる。
少女の名はイーリス。カナタの最強の切り札にしてヒストリア内に10人しかいない白の一人。
地面につきそうなほど長く真っ白な髪を風に靡かせ、パッチリとした目の瞳も白く、その肌も同じように、日焼けとは縁が無い透き通るような白。
飾り気の無い純白のドレスを纏った白の妖精。
そして白の少女は微笑み、小さな口を開く。
「エルダー・イーリス。カナタ様の呼びかけに応じ、参上致しました」




