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【シェアードワールド】World of PINK  作者: ずんだぴんく
6/7

【小さきモノの王:2】蟲操る魔術師の使命

遅くなりましたが、蹂躙するお話。

決して某生物能力系バトル漫画は意識しておりません。

今後プラナリアとかヒョウモンダコとかパラボネラとか出てくることはありません、きっと…

彼、ユーゼスト・フォアラインには使命があった。

その使命は他者によって与えられた使命ではあったが、ユーゼスト本人も自分で納得して選んだ使命であった。


彼、ユーゼスト・フォアラインには宿命があった。

その宿命はいかなる並行世界においてもユーゼストに付き纏う宿命であるが、されどそれは困難でこそあれ悲劇ではなかった。


彼、ユーゼスト・フォアラインには望みがあった。

それは、自分を魔術師にしてくれた師を、己が手で殺すことだ。



さて、時はユーゼストが酒場で一騒ぎ起こした翌日。

彼はミンブリライオの城壁から一人離れ、北に広がる針葉樹林の只中に佇んでいた。


「……やらかした」


くるぶし程度まで積もった雪は、しかしこの地域ではまだ序の口といったところである。

だが、今は同じ種類の木が立ち並ぶ光景に加え、地面を白一色に染め上げるその雪により、この森は天然の迷宮へと化している。

やらかした、という言葉からすると、ユーゼストもまたその迷宮の思惑に乗って道に迷ってしまったのか。


「なんで毎回酒が入るとああなるんだ俺は」


違った。

昨晩、酒場で一悶着起こしたことに対する後悔であった。


とはいえユーゼストは酔うと気が大きくなり、好戦的になる性格ではあるが、誰かれ構わず喧嘩をふっかけたりすることはない。

あくまで昨晩も、向こうから突っかかってきたから応戦しただけではある。

しかし難儀なのは、どれだけよってもユーゼストは記憶をなくさない。なくせない。

どんなことをやらかしたか、その時の周りの反応、そういったものを正しく認識し、記憶し、そしていつも翌日にそれを思い出して気が沈む。


わかっているのだが、冒険者稼業などをやっていれば生きる楽しみなど酒と食事と宿と女くらいのものだ。

その一角を断つというのは、ユーゼストにとってなかなか難しいことなのである。


「あぁ、あの酒場のつまみ美味しかったのに……行きづれぇなぁ」


そんな独り言を呟きながら歩いていたユーゼストだったが、森の只中で歩を止める。

そこはそれまでの淋しげながらも鬱蒼とした針葉樹林とは打って変わって、木々が切り倒されてすっかり開けてしまった場所。

辺りには倒れた樹木と切り株だけが広がっていて、明らかに知性あるものの手によって切り開かれたことが分かる。


「ここか。フロストオーク共の伐採所は」


フロストオーク、それはこの超がつくほどの寒冷地に適応して進化した、オークの亜種。

寒さに対応するために発達した毛皮は硬くしなやかで、物理的衝撃を緩和する役割も持つ。

寒さに対応するために筋肉と脂肪が発達し、原種のオークよりも強靭な肉体を誇る。

即ち、強化型オークといっても差し支えない存在である。


ユーゼストが目指していたのは、この森に住まうフロストオークが伐採所としている地域だった。

この森に自生している針葉樹は通称『千年雪樺』と呼ばれる樹木で、堅くしまった材質から、建材から武具材料にまで幅広く使われる。

モンスターが凶暴化する前はミンブリライオの特産品の一つだったのだが、今やこの森はモンスターの巣窟と化しており、希少な材木という認識がスッカリ広まっている。


というのも、その原因は森をモンスターに占拠されただけではない。

フロストオークが凶暴化の一途を辿っているため、武器の、特に弓矢の材料にするために異常な速度で伐採を進めているのだ。

千年雪樺の矢は木製の矢としては最高峰の一品とさえ言われるもので、その威力は金属性の矢に劣らず、しかも自然素材であるために魔力の通りを阻害しない。

味方が使えば頼もしく、敵が使えば恐ろしい、典型的な例であるとさえ言える。


『ハルルルル…』


ユーゼストがその伐採所に足を踏み入れてからそう時間も経っていないというのに、その匂いを嗅ぎつけたのかスノーウルフ、白い狼の群れがいつの間にかユーゼストの動向を見据えていた。

喉の奥でかき鳴らす鳴き声は威嚇のようでもあり、ユーゼストという得物を得たことによる歓喜の声のようでもある。


「…犬か。常であれば見逃してもいいが、『飼い犬』であれば話は別だ」


スノーウルフの群れを一瞥し、その首に粗末だがしっかりとした造りの首輪の存在を見て取ると、ユーゼストの雰囲気は一変する。

昨晩の醜態を恥じるどこか頼りない青年の面影はそこにはない。


暗緑色のローブは雪の上でよく映える。まるで、不気味な塔がそこにそびえているかのような存在感を纏って。

漆黒の頭髪は開かれた空から注ぐ日光にあたっても変わらない。吸い込まれそうな深淵の如き暗さを湛えて。

自ら発光しているかのような明るい緑の瞳は鋭く細められている。視線の先を物理的に貫いてしまいそうな怒りを抱えて。


これこそがユーゼストの戦闘モード。

酒場の酔っぱらいを少し気絶させる程度のものとは比べ物にならない、師曰く『王の風格』。

もっとも、そう評されたからこそそっちに雰囲気を寄せていることは否定出来ないのではあるが。


「恨むのならば飼い主を恨むが良い。俺の魔法は、大食らいでね」


スノーウルフにもう少し知能があったなら、その異変に気づけたであろうか。

もしくはもう少し飼い主への忠誠心がなかったなら、その畏れに気づけたであろうか。

ユーゼストの足元の雪が、いつの間にかすっかり溶けてしまっていることに。


「『火喰蟻(ヒクイアリ)』」


ユーゼストがそうつぶやいたとほぼ同時、雪の下から夥しい、と表現するのさえ生易しいような量の蟻が現れ、スノーウルフの群れに向けて隊列を組んで更新していく。

その体は昨晩の酒場で見せた半透明のトンボ同様、燃え盛る炎によって形作られていた。

言うなればそれは、極小の炎が織りなす極大の軍列。軍靴の音は聞こえない、せいぜい、炎の体によって雪が溶かされていく微かな音が聞こえるかどうか。


スノーウルフにはそれがなんなのか全く理解ができない。

しかし本能の叫びで一つの事実だけは理解していた。

即ち、その軍列に捕まれば自分達は食われる、と。


だが逃げることは許されていない。

スノーウルフは飼い主に対する忠誠心が高い。それが、たとえ彼らを捨て駒に使うような飼い主であったとしても。


結果として、スノーウルフは散開し、炎の蟻を避けるように大きく迂回してユーゼストへと迫ることを選択した。

蟻の群れもそれを追うように散開するが、いかに魔法といえども蟻の形を取る以上その歩みは蟻の足、狼に追いつけようはずもない。


四方からユーゼストに迫るスノーウルフ。

知能があったのならきっとスノーウルフは勝利の笑みを浮かべていただろう。

まあそれはきっと――慢心の笑みと同義ではあるのだが。


「『雷雀蜂(ライジャクホウ)』」


すっ、とユーゼストが手を掲げた。

まるで、音楽を指揮するかのように、どこか優雅さを感じるような仕草で。


ヂ、と音が響く。

ヂヂ、と音が重なる。

ヂヂヂ、と音が肥大する。


炎の蟻が織りなす群れを軍列と表現するのなら、それは編隊。

ユーゼストを中心とする惑星の公転周期にも似た、中空を覆う編隊飛行。

そこに展開されたのは、稲妻で形作られた雀蜂の大群。

雷鳴とも羽音とも、どちらにも聞こえる耳障りなオーケストラ。


スノーウルフはもはや止まれない。

後ろからはあの炎の蟻が迫っている、後退は死だ。

無論前進しても死なのだが、それを理解し諦念をもって特攻するだけの知能が彼らにあるかどうか。


スノーウルフの群れがユーゼストに飛びかかる。

その牙も、爪も、きっと人間にとって余りあるほどの殺傷力を持つ代物なのであろう。

しかし――


「食べていいぞ」


稲妻の雀蜂が全てのスノーウルフに向けて一直線に飛び向かう。

その脳天に針を突き立てると同時、雀蜂の体は溶けるように掻き消える。

それが数匹分繰り返された辺りで、スノーウルフの意識は遠くへ飛ばされた。

雀蜂であると同時に稲妻であるこの魔法は、対象の脳天に針を刺し、そこから体内に自分自身、つまり電撃を浸透させる。


昨晩の酔っぱらいに使った魔法は、これの弱体版である。

体内に直接浸透した電撃は神経に作用し動きを止める。もしくは、脳に作用して意識を刈り取る。

所詮動物にすぎないスノーウルフに、それに抗う方法は、ない。


気絶して動きの止まったスノーウルフに、炎の蟻が殺到する。

炎の蟻はその顎でスノーウルフを噛み砕き、解体し、その片っ端から燃やし尽くす。

本物の蟻のように獲物を持ち返る巣はない。

ただただその場でスノーウルフの群れが炭化した肉へ、そして細やかな灰へと変わっていくだけだ。


本来であれば対象に取り付いて炎の体を爆発させる事もできるのだが、もはや死を待つだけのスノーウルフにそこまでする意味はない。

この蟻も雀蜂も、魔法なのだ。何らかのアクションを起こすならば、それ相応の魔力を消費するのだから。


「飼い主は逃げたか」


なんの感情も感慨もなく、ユーゼストは北に広がる森を見据える。

少し前までそこに存在していた生物の気配が、今はもうなくなっていた。

スノーウルフをけしかけたフロストオークがいたのだろうが、退却したということだろう。


侵入者が犬の餌になるか、さもなくば手の内を観察して仲間に伝える。

有効な戦術ではある。それが並の魔法使い相手だったら、だが。


「舐められたものだな。魔術師が一人で動く意味を、分かっていない」


フロストオークに魔法の文化があると聞いたことはないから当然ではあるのだが。

魔法使いはどうあっても後衛である。普通一人で行動することはない。

魔法を唱える時間を作る前衛が必要になるのである。


にも関わらず一人で行動する魔法使いがいるとしたら、それは無知な馬鹿か、慢心した馬鹿か、油断した強者か、本物の強者である。

ユーゼストがどれであるのかは、そう遠くないうちに分かるだろう。


「白豚共が小賢しい。小さきモノの声を知るがいい」


そう言って酷薄な笑みを浮かべてユーゼストは歩きだす。

気づけば雀蜂も蟻も姿を消し、後にはスノーウルフだった骨が散乱するのみであった。


その内心の高ぶりを表すように、ローブの中でユーゼストの体を魔法の蟲が這う。

蟻、雀蜂、百足、蜻蛉、蜉蝣、甲虫、蚊、蝗、蛾……。


彼こそは蟲の王、嫌悪される小さき者たちの王。

彼の師はそれを天賦の才であり、宿業であると評した。

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