【小さきモノの王:1】
続きものの予定。
オムニバス形式で関係ない話も書きながら、この謎の魔法使いの話も挿し込んでいこうかと。
城塞都市ミンブリライオ、今やゴールドラッシュならぬモンスターラッシュとも呼ばれる現象に見舞われているこの街の一角で、今日も『駿馬の木の実亭』からは冒険者達の喧騒が外にまで漏れ聞こえている。
既に成人を過ぎているというのに尚、成人前の少女か、ひどいときにはホビットの女性にすら間違われかねない程小柄な看板娘のコノミも、店内を四方八方駆け回り、八面六臂の大活躍である。
職業柄人の顔を覚えるのが得意な彼女を持ってすれば、遠い土地から一攫千金か、はたまた地位名誉を求めてミンブリライオを訪れた冒険者であっても、二回目以降の来店であれば即座に名前が出てくるというものである。
即ち、そんな彼女の口から名前が出てこない客がいるというのであれば、それは初めての客ということである。
見た目で判断すればヒューマンの成人男性。平均的な身長から比べるとやや小さいところにコノミも自然と親近感を覚えるが、童顔の極みとさえ言えるコノミとは違い、彼の風貌は決して子供っぽくはない。
フードのないタイプのローブを身に纏っている辺り、冒険者であれば魔法使いだろう、とコノミは当たりをつける。
剣士や戦士、騎士といった前衛タイプの冒険者はあまりローブを好まない。とっさに得物を構えるのに、体全体を覆うローブは邪魔なのだそうだ。
反面、魔法使いには得物を構える必要がない。杖や宝玉など、魔法を使う上での触媒となる物を持つ魔法使いもいるが、それはローブの中で手にしていれば済むのだから、全く邪魔になることはないのだ。
「お一人様かしら? それとも、待ち合わせ?」
「あぁ、一人です。カウンター、空いていますか?」
暗緑色のローブを纏った彼に、コノミがそう声をかける。
その返事が滑らかで、かつ敬語であることに、内心驚きながらコノミは彼をカウンターへと案内した。
冒険者という稼業で生きる者には荒くれ者が多い。それは、そうでないと生きていけないからだ。
彼らは基本的に自分の強さを商品にしている。それが腕力であれ、魔力であれ、弱く見られるということはそれだけで依頼を受けるチャンスを逃す要因になりかねない。
それがたとえ虚勢であっても、冒険者は荒くれ者でなければならないのだ。
そして冒険者でない魔法使いというのは、基本的に何かしらの研究の徒だ。
その気質は偏屈な職人に近いものがあり、気難しくて会話を好まない。
そのどちらにも当てはまらない反応を見せた彼は意外な存在であったが、何事にも例外というものはある。
もしかしたらそれなりの出自があるのかもしれない、とも思ったが、そこからは単なるコノミの想像でしかなくなってしまう。
「果実酒と、食べ物をいくつか適当に。予算はこのくらいで」
そう言って男は幾らかの貨幣をカウンターの上に重ねた。
銀貨と銅貨の混じった山を見て、それなりに良いおつまみが2,3品出せそうだな、と頭のなかで計算しながら、コノミは笑顔で厨房へと注文を伝えに行く。
自分の想像はどうあれ、人当たりも金払いも良いお客様は久しぶりだ。
ましてや、
「初対面で子供扱いされなかったのは久しぶりね」
そういうことである。
その後、男が一人で料理と酒に舌鼓を打っている間、コノミは自身の成長しないプロポーションに対する客からのセクハラを笑顔で聞き流していた。
胸が育つように揉んでやろう、というスケベドワーフの揶揄。
小さいのが好きなので大丈夫です、というロリコンシャドウのナンパ。
お姉さんホビットじゃなかったの、というホビットの仲間認定。
夜もとっぷりと暮れたこの時間になると、酒や料理の注文もひとまずの収束を見せる。
代わりに増えるのはいい感じに出来上がった酔っ払い共の大声。
とはいえ冒険者相手の酒場ではこの程度日常茶飯事である。自身が小柄なことを気にしているコノミであるが、一々新鮮な反応を返して酔っ払い共を楽しませる程、中身まで子供ではない。
むしろ表面上は笑顔でもこの時間にはもう一つ別の心配事がある。
それが――
「んだとぉ! もういっぺん言ってみろ長耳ィ!!」
「その髭が目障りだっつったんだよ穴蔵野郎がァ!」
これである。
古今東西、必要以上に酔っ払った輩がいれば必ず起きるのがこの手の喧嘩だ。
もはや彼らにとって理由など些細な言いがかりで十分、酒の勢いに背中を押されて、3つ数える頃には殴り合いだろう。
そして酔っ払った冒険者たちにはこれがまた最高の娯楽になる。
どっちが勝つのか、誰かが止めに入るのか、そんな賭けが瞬く間にその場に居合わせた冒険者の中で行われるのだから。
とはいえコノミ達店の従業員もこれを止めようとはしない。
無論、冒険者同士の殴り合いを一般人が止められるわけもないのだが、こういった冒険者のトラブルで生じた店の損害に関しては、冒険者ギルドを通じて本人に請求できることになっている。
そして、冒険者連中というのは喧嘩があった程度で店に寄り付かなくなったりはしない。むしろ迷惑料だといって次の来店時に奮発してくれる客までいるほどだ。
ようは、店側としてそこまで痛手はないのである。
まあそれはそれとして、やはり自分の家でもある店の中で暴れられるのは、コノミにとっていい気分はしないのであるが。
というように本来そこまで厄介ではない喧嘩なのだが、今回は運悪く厄介なことがあった。
「賭けんなら俺に賭けやがれ! ドワーフがエルフに喧嘩で負けるわきゃねぇ!」
「いいや俺に賭けろ! 筋肉馬鹿のドワーフにゃできねえことを見せてやる!」
喧嘩をおっ始めたエルフとドワーフが、雰囲気に酔い始めたのだ。
これも時々あることなのだが、喧嘩が始まり、賭けが始まり、他の客の目が自分達に集まると、当人達は何だか楽しくなってくるのだという。
注目を浴びて一対一の喧嘩、という状況に、まるで自分が英雄か何かのような錯覚をしてしまう。
これの何が一番厄介なのかというと……
「おいてめぇ! 無視してんじゃねぇ!」
数少ないとはいえ、興味のない無関係な客にまで絡み始めるということだ。
そしてその矛先はとうとう、カウンターの男に向けられることになる。
「そこの根暗魔法使い! 気取ってんじゃねぇ!」
「スカしやがって! 守られなきゃ魔法も唱えられねぇ分際で!」
どうやらドワーフもエルフも前衛タイプの冒険者なようで、カウンターの男に矛先が向くまでも、魔法使いを始めとする後衛タイプの冒険者を見下すような発言が目立っていた。
普段口に出さないまでも、こういう手合は少なくない。即ち、モンスターと直接対峙し、傷を負ってまでも戦っているのは前衛である自分達なのだと。
無論、回復魔法や攻撃魔法があってこそ優位に戦闘も進められるものなのだが、まあ酔っぱらいの言葉に論理を求めるほうが間違っているというものだ。
事実、こういう状況になってしまうと魔法使いは自分が弱いということを認めるしかない。
十分な距離も取れない喧嘩となれば、力と技こそ活きるにせよ、魔力魔法というものは無力に成り下がるのだから。
このドワーフとエルフも、そうなると思っていたのだろう。
喧嘩を売られれば魔法使いは下手に出るしかない。無様に謝罪し、自分達を引き立たせるのだろう、と。
だから、男の言葉を一瞬理解することができなかった。
「煩いな。黙って喧嘩してろ、俺はもう帰るから」
マイペースといえばあまりにマイペースなその言葉とともに、男が立ち上がる。
前金で代金は支払っているから、確かに誰に憚るでもなく帰ることは可能なのだが、彼にはこの状況がわかっていないのだろうか。
「ちょっと君」
うんざりとしながら状況の推移を見守っていたコノミが、あまりに場違いすぎる彼の言葉に思わず引き留めようとした瞬間。
「ンだとコラァ!」
先に動いたのは、ドワーフだった。
直情一気に怒りを載せた拳で、男に殴り掛かる。酔っ払いであるがゆえの沸点の低さ、そして酔っぱらいであるがゆえに、本来持ち得る手加減という意識が、まるで外れた一撃。
もとより筋力に優れるドワーフの一撃だ、ヒューマンの魔法使いではひとたまりもない。
「――『ライジャクホウ』」
男が、何かをつぶやいた。
その言葉の響きは、どこか違う国の言葉のような抑揚だった。
ドワーフの拳が静止していた。
どんな魔法を使ったのか知らないが、ドワーフはもはや白目をむいて動きを止め、そのまま倒れ伏そうとしていた。
「――『カゼヤンマ』」
再びつぶやかれた、異国の響き。
その響きに誘われるように男の事を見ていたコノミには、今度は男が何をしたのか見ることができた。
喧嘩のもう片棒。
エルフの腹部に、半透明なトンボが激突していた。
ここまで酔っ払った状態で腹部への衝撃、その結果は容易に想像できた。そう、嘔吐である。
ドワーフが気絶し、エルフが嘔吐する光景を横目に、男は悠々と店の入口までたどり着く。
コノミも、周りで見ていた野次馬も、全員がぽかんとした表情のまま、男を見送っていた。
それから数時間後、『誰かが止めに入る』に賭けた野次馬の一部が喜々として掛け金を持って帰り、ドワーフとエルフが冒険者ギルドへと連行され、コノミは店じまいをそろそろ終えようとしていた。
であるにも関わらず、ずっと男が店から出ていくまでの光景が頭から離れなかった。
「あんなのって……有り得るのかしら」
自分が見た半透明のトンボ。あれは間違いなく魔法だろう。
しかし魔法というものは今や殆どが体系化され、その形状や性質は誰が唱えても共通なものになっている。
どんな国に生まれ、どんな境遇で生き、どんな師の元で学ぼうとも、体系化された魔法以外の魔法に触れることなんて、今やほとんどありえない。
自分が本当に子供の頃、魔法使いになりたくて魔法教本がクタクタになるくらい読みふけったコノミには理解できた。
体系化された魔法を用いず、違う形と性質を持った魔法を一から作り出して使う、その異常さが。
「名前、聞いておけばよかったわね」
気になることだらけの魔法使いの名前を聞いておかなかったことを、コノミは初めて後悔したのだった。




