廃村、不死、翡翠
なんかこう、最強集団とか黒幕とか、そういう意味深な感じのワードを出してみた。
『七石』という言葉がある。
その昔隆盛を誇ったとある王国において、王直属の騎士として時にその身の守護、時に国の敵の討伐と、縦横無尽の活躍をしたとされる七人の騎士のことだ。
現代でもその言葉は優れたものを表現する言葉として人々の言葉に深く根付いている。
歴史学者の中でも『七石』という名前の理由にもなる七人の称号については意見が分かれるが、現代で七石と言えば、
紅玉
蒼玉
翡翠
琥珀
瑠璃
水晶
金剛
の七つであるとされる。
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「くそっ、話がちげえじゃねぇか!」
東の果てに見える山脈、その輪郭からまだ輝きの弱い太陽が顔を覗かせる頃。
いつまで人がいたのかも分らぬほど荒廃した山村に、男の悪態が響いた。
男は朝日を受けて輝く白銀の鎧と盾を身に纏い、その手には鎧とはまるで反対の、漆黒のメイスを提げている。
盾にはヒューマンの間で信仰されている宗教の聖印が刻まれており、荒々しい言葉遣いとは裏腹に彼が教会所属の聖騎士であることを表していた。
もっとも、見渡してみれば彼の周りには同じ格好をした聖騎士達が老若男女問わず地に伏し、もはやピクリとも動いていない。
その状況を考えれば、彼の元々の性格を抜きにしても言葉遣いが荒れるのは無理もないことと言えるだろうが。
聖騎士達はこの廃村にノスフェラトゥ、正確にはゾンビやスケルトン、グール等の低級な不死者が集まっているとの通報を受けてその討伐に乗り出した集団だった。
その信仰により武具に神の加護を受ける聖騎士の装備は、不死者の類に絶大な効果を持つ。
それにより彼らに慢心があったことは否定できない。否定できないが、本来慢心していても問題ないような戦力差であったのも事実なのだ。
それが――
「《デイライト・ウォーカー》なんかがなんでこんなところに!」
――通報どおりの敵戦力だったのならば、だが。
ノスフェラトゥは様々な種類の不死者の総称であり、その中でも序列、強弱というものが存在する。
中でも最上位の類に位置する種族の一つが、いわゆる吸血鬼だ。
他生物の血を糧とし、吸血により自らの眷属を増やす能力。人型でありながらジャイアントと並ぶその膂力。視線により相手を魅了せしめる赤い瞳。
それら規格外ともいえる能力に対し、日光に対する強い脆弱性を持つ吸血鬼は、日が出ている時間帯に戦うならば大した脅威とは思われていない。
故に聖騎士達も、もし吸血鬼がいても問題ない日の出の時間を作戦開始としたのである。
しかし、そんな吸血鬼の中にも何らかの方法で日光を克服した吸血鬼が存在する。
唯一絶対の弱点を克服し、時間の長短はあれども日光の下を大手を振って歩くことのできるその脅威を、人は《デイライト・ウォーカー》と呼び恐れる。
もっとも、そんな規格外の中の規格外とも言える存在など、世界全てを見渡しても数えるほどしかいないのではあるが。
「理由など問うなよ、ヒューマン。ここに私がいた、君にとって死に至る不幸ではあるが、事実はそれだけだ」
真正面から朝日に照らされたその吸血鬼の肌は異質な程に青白く、その白髪は朝日に照らされて異様に輝いている。
全身から噴き出すかのような重圧と死の匂いさえなければ、その白髪も綺麗だと評せるのかもしれないが、それを目前にしたヒューマンには、もはや地獄への手招きをする光景にしか見えてはいない。
いや、手招きという表現は訂正すべきであろう。
その光景を目にし、脳が恐怖を理解する瞬間には既に、いつの間にか間合いを詰めていた吸血鬼によってヒューマンの首はあらぬ方向に捻じ曲げられていたのだから。
何が起きたのかもわからぬ表情のまま、ヒューマンの体がくず折れ、他の聖騎士達と同様に倒れ伏す。
かくして廃村の地に、新たに多数の屍が積み上げられたのであった。
「ククク……日光さえも克服する体を得た私に、もはや敵う者はいまい。この聖騎士共もグールとして眷属にして、我が戦力としてくれよう」
「なんでぇ。血の匂いがしたから来てみりゃあ、珍しいモンがいるじゃねぇの」
屍の山を前にして一人悦に入る吸血鬼の背後、古い街道の上、一人の男が立っていた。
「ふむ、まだ生き残りがいたか」
背後の声に導かれるように、吸血鬼が背後を振り向く。
冷静を装ってはいるが、内心はその男への警戒が色濃い。なぜなら、決して大きくない男の声が聞こえるその距離に近づかれるまで、吸血鬼は男の気配に気づいていなかったのだから。
「ああ、俺はそいつらのお味方じゃあねぇよ。ただの……そうさな、旅する戦闘狂とでも言っておこうかね」
男は至極軽装で、旅する、という本人の言葉を裏付けるように、まるで隣町まで買い物に出かけています、とでも言わんばかりだ。
薄汚れた服の隙間からは黒く金属質に変化した手の甲や首筋が覗き、ボサボサの黒髪は伸び放題。
見た目にはまるでこの状況にそぐわないサクスミーの男だが、爛々とかがやく翠の瞳だけが、言い知れぬ狂気を孕んでいる。
「その戦闘狂が私に何か用かね? 幸運にも私は今気分がいい。今ならば見逃してや」
「バカ言うんじゃねぇよ《デイライト・ウォーカー》。お前さんみてぇなレアもんとヤれる機会を逃すもんかね」
吸血鬼の言葉を遮って、男がニヤニヤと笑いながらそう言い放つ。
恐れるでもなく、震えるでもなく、只々余裕と自信を乗せたその言葉に、吸血鬼の心は警戒を振り払って憤怒に染まった。
《デイライト・ウォーカー》たる自分の言葉を遮り、侮り、レアもんなどとまるで珍しい動物の様な扱いをするのか、と。
「き、っさ、まあ!」
怒りのままに吸血鬼が地面を蹴る。
その衝撃に足元の石畳がへこみひび割れるが、そんなことなどお構いなく、男までの短い距離を一瞬で詰める。
瞬きさえ間に合わない程の刹那で男の目の前に肉薄した吸血鬼は、その右手を男の頭めがけて振り下ろす。
その腕の振りももはや常人には捉えられぬ速度であり、最後の聖騎士同様、男の首が捻じ曲がるのはもはや確定的だった。
確定的な、はずだった。
次の瞬間その場に響いたのは首の折れる音ではなく、乾いた高い音と鈍く低い音の重なった音。
何が起こったのか吸血鬼には理解できなかったが、確かなものが一つだけあった。
それは吸血鬼、不死者の頂点たる種族である自分の命が、その一瞬で断ち切られたという確信。
自分の中の大切な何かが、破壊されたという予感。
そこから遅れて状況が理解できるようになる。
吸血鬼の振り下ろした右手は男の左手によって受け流され、払いのけられていた。
それと同時、男の振るった右拳が吸血鬼の胸、生者ならば心臓のある位置を突いていた。
「な、ぜだ……」
息も絶え絶えなまま、吸血鬼の体は端から少しずつ色彩の無い灰に変わっていく。
「やっぱり『紛いもん』か。楽しめそうだと思ったんだがなぁ」
吸血鬼の問いには答えることなく、男は右手を払う。
魔法によるものか、それ以外の何かによるものか、サクスミーの特性により甲が黒鉄と化したその拳には、得体の知れない緑色の輝きが纏わりついていた。
「どうせ記憶は改竄されてんだろぅ、紛いもん。お前さんに聞くことはねぇよ」
その言葉が終わるころには、既に吸血鬼の体は全て灰と化し、あとは風がその灰の山をどこかへと飛ばしていくのを待つのみとなっていた。
吸血鬼をたった一人、そしてたった一撃で打倒したというのに、男の顔に喜色はない。
「……出所の知れねぇ《造られたデイライト・ウォーカー》。心臓の位置に魔力叩き込んで、埋め込まれた石みてぇなもんぶっ壊してやりゃあ死んじまうが、一般聖騎士にゃ荷が重いかね」
「まあ貴方のような規格外を相手にするのも荷が重いわね」
先ほど吸血鬼にその気配を悟らせずに近づいた男だったが、今度は自分がそれをされる番だったようだ。
目を瞑っていたわけでもないというのに、おおよそ3メートルほど先、朽ち果てた建物の横に、青白い肌の少女が立っていた。
「お初にお目にかかるわね、世界最強と名高い現『七石』の一人、《翡翠》アルネア・ホーンネール。それとも、"天迅拳"と呼んだ方がよろしいかしら?」
「どっちでも構やしねぇよ、お嬢さん」
「あら、私にはかかって来ないのかしら? 戦闘狂さん」
心底愉快そうな声色で、少女が謳う。
だというのに、背筋が凍り付きそうなほどの恐怖がその言葉には乗っている。
「虚像相手に舞踊を踊る趣味はないもんでなぁ」
「ふふ、よかったわ。七石ともあろうものが、その程度を見抜けない雑魚でなくって」
「ところで、お嬢さんが黒幕ってことでいいんかねぇ」
「まあ、そうなるわね。あの石を作ったのは私だし」
「そうかい。……後でぶっ殺しに行くから、待っててくれるとありがたいねぇ」
「ふふ、素敵なラブコール有難う。私は貴方方が言うところの《鮮血嬢》アビゲイル、早く探し出してくれないと退屈で死んでしまうわよ?」
そこまで言い切ると、アビゲイルは現れたときと同様に忽然とその姿を消してしまった。
虚像、とアルネアが言ったのは事実であったという事だろう。
《鮮血嬢》。その名は世界中に広まる、ノスフェラトゥの最高幹部の名前。
目下その居場所を探し出し、全国家の総力を持って妥当することが求められている、いわば悪の親玉の一人。
『七石』の一人であるアルネアが、その名前を知らぬはずもない。
「……顔ァ覚えたぜ、くそビッチ」
一変して憎々し気な顔でそう呟き、聖騎士達の死体には目もくれずに歩きだすアルネア。
《翡翠》、"天迅拳"、そんな二つ名を持つ彼には、もう一つ二つ名があった。
それは"不死狩り"。
どのような因果か因縁かは誰も知らない。
ただ彼は、この世のあらゆる不死者を自分の手で根絶やしにせんとばかりに、執拗に不死者を殺すのだという。




