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【シェアードワールド】World of PINK  作者: ずんだぴんく
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ウみべノむr

ラブクラフトオマージュもしくはパロディ。

ホラーもの書ける人ってすごいんだな、と思った一話でした。

シャドウという種族は、放浪を是とし、徳とする種族だ。

私の両親もその例に漏れず世界のあちこちを旅していて、たしか私を産んだのは砂漠の国だったと聞いたことがある。

それからは雪の降り積もる国にいた事をおぼえているし、見上げるような植物が生い茂る密林の国に行った記憶もある。

とにかく、他の種族に比べて私たちシャドウという存在は、多種多様な文化を見聞きする傾向にあるわけだ。

であるにも関わらず、他に見てきたどんな文化どんな文明にも当てはまらないのが、マーロウドという種族だ。


私からすればそれは種族としての個性であり、尊重すべき文化であると思うのだが、他種族から見れば奇異なものにしか映らないようで、よく謂われのない迫害を受けているのを耳にする。

そこで私は彼らマーロウドへの偏見をなくすために、彼らのことを調べることにした。

どうせ放浪の身なのだから、このマーロウドの集落にしばらく居着かせてもらうことに否やはない。

彼らとしても比較的偏見の少ないシャドウは特に受け入れ易い相手だったようで、快く調査に協力を申し出てくれた。

やはり他種族の伝聞など当てにはならない。海の悪魔、などという蔑称はどこへやら、辺境の村だというのに実に気持ちの良い人ばかりだ。


「おや、クルスト殿。どうでしょう、何か不自由はありませんかな?」


さて今日はどこへ行こうか、などと思索に耽っていたところに声を変えてくれたのは、この村で神官をしているギグさん。

私がここに来た初日から、宿の手配や村の案内など、何かと世話をしてくれている人格者だ。


「ああ、ギグさん。おかげさまで、快適ですよ」


「それは何よりです。今日はどちらへ?」


他の種族との交易で手に入れたのだろう、どこかで見たことのあるデザインの神官服を身にまとったギグさんだが、その服に刺繍された紋章だけは他の国ではまず見たことがない。

どこか海棲生物を思わせる曲線的な輪郭のその紋章こそが、彼らマーロウドの崇める神の紋章なのだろう。

他国の神の紋章は基本的に直線的なものが多いからか、そのぐるりとした紋章を見ていると、少しだけ違和感のようなものを感じてしまう。


そういえば、違和感といえば村から少し離れた崖の上にある遺跡。

遠目に見ても他の遺跡とは全く違う意匠をしていたのを覚えている。

今日はあそこに行ってみようか。


「崖の上に遺跡があったのを見ましたので、そこへ行ってみようかと」


「ふむ……」


「なにか、問題が?」


崖の上の遺跡、と聞いてギグさんが表情を曇らせる。


「いえ、あの遺跡は昔から、良くないものが住んでいると伝わっておりまして。クルスト殿に何かあったらと思えば、お勧めはできかねますな」


「そうですか……」


そういった言い伝えは大切な文化だ。少なくとも、それを信じている人々の前で軽々しくその禁を破るとは言えない。


「わかりました。では今日はゆっくりと村の中を散策することにします、ご忠告ありがとうございました」


「いえいえ。こちらこそ、クルスト殿の出鼻をくじいてしまい申し訳ない」


その後少しばかりの世間話をして、ギグさんは去っていく。

神官服の首元から、マーロウド特有の魚鱗模様が覗いていた。

あれ? 首の魚鱗模様、元々あんなに見えていただろうか……心なしか、範囲が広がっているような。

マーロウドに伝わるという神の加護、魚人化の秘術に関係があるのだろうか。


結局、その日は村の中を散策しながら、さりげなく村人達の魚鱗模様を観察する一日となった。

とはいえ余り肌を露出しないマーロウドの人々だ、その模様を観察できることはあまりなかったのだが。



日も傾いてきて宿に戻ってきた。

後は今日の出来事を纏めて、夕食に与ろう。


「うわっ!」


今日の夕食について思いを馳せていたところに不意打ちを食らって、思わず変な声が出てしまった。

宿の部屋に入ろうとしたら、ドアノブがなぜか濡れていたのだ。


「掃除して拭き忘れたのか? ……ん」


視線を感じる。方向は定かではないが、チクチクとした感覚。

シャドウは総じて視覚や聴覚を始めとして、鋭敏な感覚を持つ種族でもある。

放浪を好むその気質と相まって、傭兵家業、特に諜報や潜入で生計を立てるものも多いくらいだ。

故に、特殊な訓練を受けていない私でも、特に意志のこもった視線くらいは感じ取ることができた。


とはいえそれを感じ取ったことを気取られるのは下策。

そんなことはおくびにも出さず、何も気にしてない風を装ってそのまま部屋の中へと入った。


「排他的な住民がいる可能性も考えてはいましたが……」


そう、いかにギグさんや多くの村人達が有効的であろうとも、中には他種族を嫌う者もいるだろう。

そしてそういう類の者は時に、強硬的な手段に打って出ることもある。


「とはいえ現状は監視、ですか。今まで通りに振る舞うしかありませんね」


襲撃ではなく監視というプロセスを踏むということはすなわち、こちらの動きを見る猶予があるということ。

ならば今まで通り害のない放浪者である限りは、監視の先のステップへと進む可能性は低い。

無論、備えはしておかなければならないが。


瞬間、視界の端、見えるか見えないかの瀬戸際で。

窓の隅にひたり、と。

何かが這い寄ってきたような。


「!! ……神経質になりすぎか」


振り向いて見れば何もいない。何かが窓に触れたような跡さえ残ってはいない。

警戒は大事だ。警戒は大事だが、しすぎてはいけない。

この村の大多数は友好的なのだから、それを自分から壊すような真似だけはできない。

今はとりあえず、少し休むことにしよう。マーロウドへの偏見を取り除く、という使命感に駆られて、知らず無理をしていたのかもしれない。



宿の女将さんに出された夕食を手早く食べ、今日の出来事を纏めるのは一旦放棄してベッドに寝転がっていたが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

外は既にとっぷりと暗くなっているようで、今までになく不安を掻き立てる。

昼間のこともあり、少しばかりの気まぐれも手伝って、窓の外を覗き込んだ。


「ギグさん?」


窓から見える村の中央広場、松明を掲げてそこに立っていたのは、見覚えのある神官服の人影だった。

ギグさんはキョロキョロと辺りを忙しなく見回していたかと思うと、そのままどこかへと歩いていく。

それはなんの予感だったのか、私はいつもと違う彼の様子を見て、その後を追跡するためにこっそりと窓から外へと出た。


月さえ隠れた夜、ダークエルフよりも暗い私達シャドウの肌は、その闇に溶けるように姿を隠してくれる。

追跡にうってつけのこの体を、今は嬉しく思えた。


ギグさんの跡を付けて行くと、その目的地は何の事はない、ギグさんの職場でもある礼拝堂だ。

しかし、こんな夜更けに礼拝をするなどという風習は聞いたことが無い。

それに、夜闇の中、という状況がそうさせるのか、礼拝堂は心なしか不気味な雰囲気をまとっているように見えた。


ギグさんが中へと入っていく。

入り口の扉は中途半端に開いたままで、そこから中の様子を見ることができそうだ。

悪いことをしているような気分になるが、何の事はない。

きっと中では変わったことなど何もなく、普通のお祈りがなされていて、私は気の抜けた感覚で宿へと戻ることになるのだ。


扉の隙間から、中の様子を伺う。

中では魔法灯が幾つか焚かれ、青白い光が礼拝堂をぼんやりと照らしている。

礼拝堂には何人かの村人の姿と、その先頭に立つギグさんの姿が見えた。


『Ia…Ia…』


聞きなれない祈りの言葉。

以前昼間に礼拝堂を見に来たときには、こんな祈りの言葉は聞いたことが無い。


『Ph'nglui…mglw'nafh…』


距離があるため、途切れ途切れにしか聞こえない。

空気が重い。礼拝堂のギリギリ外にいるというのに、まるで深い水底に沈んでいるかのように呼吸が苦しい。


『wgah'nagl…fhtagn…』


祈りの言葉に呼応するかのように、魔法灯の炎が揺れる。

村人達の姿が照らし出される。


ぎょろりと開いた眼、灰緑色に変色した肌。

普段は見られない、全身を覆う魚鱗模様。

首のシワは深く影を落とし、まるで鰓のよう。


あれは、なんだ。あれが、マーロウドの魚人化なのか。

違う、断じて違う。あんな、あんなものが真っ当な神の加護なものか。

魚類というよりは蛙のような両生類に近い、本能的に嫌悪感を催す姿だ。


その先、村人達が祈りを捧げる祭壇の上。

そこには何もないはずだ。あるのは幾何学的に狂った角度で構成された暗緑色の石の欠片だけ。

なのに、だというのにあれはなんだ。


どんなモンスターとも似ても似つかぬ存在。

本当に神を目の前にしたと言っても過言ではない威圧と畏怖。

どんな種族においてもそれを名状する言葉を見つけられないであろう異形。

一目見ただけで本能が警鐘を鳴らす異質。

そんな偉大で不快で醜悪なナニカが、祭壇の上に確かに見えた。



気づけば私は、走り出していた。

音を立てないように、宿の部屋へと戻ってきていた。



あれがマーロウドの神だというのなら、私は一刻も早くこの村から出なければならない。

あれは善なる神ではない。長くここにいては、アレに汚染されてしまう。


強大なモンスターは幾度か目にしてきた。ドラゴンも、ノスフェラトゥも。

だがあレはそんな類のものではない。アれはもっと違うナニかだ。


怪しまれないためにも、村を出るのは日が昇った後だ。

だがその前に手紙を書いて知り合いにこのことを伝えなくては。

伝書梟を呼び出す魔法灯が確か鞄の中に入っていたはずだ。


窓が音を立てている。

何かつるつるした巨大なものが体をぶつけているかのような音を。


気のせいだ。私は見つかっていない。私は、未だただの放浪者だ。

この手紙を梟に託し、日が昇ればこの村を出て、どこかの神殿で神に祈りを捧げるのだ。



いや、そんな!



あの手はなんだ!



窓に! 窓に!

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