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60.「そうすれば、私は私に戻るだろう」

目を閉じて、また開く。景色は変わらない陛下の執務室。そうだ。海燕殿と一緒にルル王女の部屋を出て、一緒に行ける共通の場所なんかなかったから此処へ来たんだっけ。





「…ルーチェ殿?」




「私と陛下が口付けしていたこと、秘密ですからね。このまま墓まで持って逝ってください」





「…それは承知してます。翔陽様とカイル団長にも言っておきます。ですが、」





「ですがって、何かあるの?」





「どうして、何もかも諦めたような目をして言うんですか」





「…あらまぁまぁ!何を言うかと思ったら、陛下の周りには変わった人が結構いるのね。何も諦めてるわけじゃないのよ」





「じゃあ…」





どうして海燕殿がそんな顔をするのだろう。訳が分からない。どうして。何で。私は傷ついていないのに。私は笑っているのに。





「強いて言えば、陛下は現在を見ていて、私はまだ過去に囚われてるんだなって思っているだけ。陛下を…千景君を知っているという優越感みたいな、独占欲みたいなものが、居場所を失くして渦巻いてるだけ」





持て余している感情のやり場がない。もしも、ここが戦場だったならば私は誰よりも早く前線に立っていたことだろう。そして、血を被り己を穢し続けるのだ。






――そうやって、私はこの20年を生きて来た。16歳で大国を滅ぼしたのが初陣というわけではない。私は5歳の頃に戦場のど真ん中へメル兄様と下り立った。それが初陣だ。





それ以降、私は戦という物すべてに参加してきた。






「私は、屍に逃げて来たのよ。本当はアマルティア様が無事に婚礼を終えたら、カイル兄上の下で動こうかと思ってたの。とんだ番狂わせ(ルル王女)が居たから、今に至るんだけど」





ルル王女の存在を嫌悪しているわけではない。ちゃんと陛下と幸せになって欲しいと心から思っている。そこに嘘偽りはない。けれど、この持て余している感情はどうにもならないのだ。





優越感。独占欲。敗北感。





(雑賀真夜)の顔をしたルル王女。中身は雑賀真夜なのに、全く違う顔をした|ルーチェ・アルグレッセル《私》。誰がどう見ても滑稽だと嘲笑うだろう。






私とルル王女は、違うのだから。






私と陛下が執務室で再会した時、陛下が(雑賀真夜)に気付かないことが正解だったのだ。





外見がまったく違い、中身がそのもの(雑賀真夜)ではあまりにもチグハグ過ぎる。特別なチカラがない限り、彼は私自身に気付くことはなかった。私が気付き、ヒントを与えたから気付けた。





所詮、その程度。





恐らく、駿河千景の顏だったから私は千景君(陛下)に気付いた。前世の縁などその程度。夜鷹姫や飛鷹王は、私たち(真夜と千景)を根元まで理解できていなかった。





傷の舐めあいの延長戦が恋人だったのだから。りゅーパパやちーママでさえも知らないだろう。私は独占欲を、千景君は孤独感を。それぞれを補うために一緒に居た。





「安心してね、海燕殿。私はルル王女を嫌っていないし、不幸になれとも思ってない。寧ろ、陛下を幸せにしてくれることを願っているわ」






「…それは、自己犠牲か?」






「さぁ?私、千景君が傍に居ないと何もできない子じゃないのよ。もう過去の私は死んだの。今、貴方の目の前に居る私はルーチェ・アルグレッセル。海の怪物を賜った女よ?恐るるものなんてないわ」






「納得できないな」





「ふふ、納得しなくて良いのよ。私のことを理解しようって言う方が可笑しいの」





理解しなくて良い。理解されなくて良い。私の事など、誰も知らないままで良いのだ。――この魂に刻まれた疵も、この体に潜む闇も、誰も何も知らないままで良い。それを私自身が望む。





私は、死ぬその時まで竜たちが傍に居てくれるのだから。





それ以上、何も願わない。





「それじゃ、私は部屋に帰ります」





にっこり。上手く笑えたかどうかは分からない。けれど、海燕殿の表情を見る間もなく、私は執務室を足早に出た。俯くことを許さないと私はエノクの怪物(仲間)たちに〝命令〟したのだ。私自身が俯いてどうする。前を向け。





渦巻いている持て余した感情など、蓋をして鍵をすればいい。いつの間にか消えているだろうから、知らぬふりをし続ければいい。






そうすれば、私は私に戻るだろう。






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