中編 私には出生の秘密はありません。
「もしその女性が本当にツヴァイリングの王女だったとしたら、貴方方は他国の王女を見つけたにもかかわらずその国へ報告もせず、婚約者のいる男性の集団で囲っていた鬼畜不貞男として知れ渡るところでしたよ」
「なっ!」
「先ほど婚約破棄をしたから不貞ではないと? 学園でその女性と恋人のように振る舞っていらしたときは、まだ婚約をなさっていましたよね?」
「う……」
「鬼畜不貞男として知れ渡るだけでなく、王女を貶めたとして我が国と戦争になっていたかもしれませんね」
「……」
「隣国の王族を詐称した女性に騙された間抜けな阿呆で済んで良かったではないですか」
「ま、間抜けな阿呆だとっ?」
「違うんですか?」
私もブリギッテ様の発言と同時に、心の中で尋ねてしまいました。
シャンデ様が隣国の王族の血を引いているのではないか、行方不明になっているという王女なのではないかという噂は私も聞いていましたが、まさか隣国へ確認もしていないとは思いませんでしたわ。
どんなに状況証拠が揃っていても、この国で勝手に決めつけていいことではありません。……隣国で正式に確認されたら困る方がいらっしゃったのでしょうね。
「確かにこの女性は我が国の恥……おっと失礼、国王陛下の愛妾様に瓜二つでいらっしゃいますね。でも髪と瞳の色は国王陛下とも愛妾様ともまるで違う。子どもというのは成長すると同性の親に似てくるけれど、産まれたばかりのときは異性の親に似ていると聞きます。はてさて、彼女が産まれたばかりのときはどなたにそっくりだったのでしょう」
ブリギッテ様がアウグスト王太子殿下を見つめます。
殿下は我が国の国王陛下と同じ髪と瞳の色です。幼いころは側妃様にそっくりだと言われていました。
でも、今は──国王陛下に似ていらっしゃらないわけではないのです。目もとはとても似ていらっしゃいます。
会場にいるだれも私には注目していないので、私は国内外の賓客が集まっている空間に視線を向けました。
我がシュティーア王国の国王陛下とその腕に掴まって豊満な胸を押し付けるようになさっている側妃様、側妃様と逆側で少しおふたりから距離を取っている正妃様。
正妃様は隣国の国王陛下の妹君でいらっしゃいます。
側妃様の背後には宰相でもある公爵様。
王家の血を引く公爵家の当主なので、目もとは国王陛下とそっくりです。
ですが王家から分かれた後で迎えた奥方から受け継いだ顎が違います。アウグスト王太子殿下とは、とてもよく似た顎なのですけれど。
彼らを見ていたのは私だけではありませんでした。
会場中の人間が、アウグスト王太子殿下と宰相閣下の顎を見比べています。
殿下と陛下の顔色が変わっていきます。殿下は青く、陛下は赤く。ああ、側妃様と宰相閣下の顔色も変わっていました。……白く、白く。
これまでも疑惑の空気はありました。
だって顎が……でも、だれもがそれを表に出さず飲み込んでいたのです。王宮内で不貞などおこなわれるはずがない、と。
けれど周辺国にも顔を知られている隣国の愛妾様にそっくりでありながら、明らかに隣国の国王陛下の子どもではないシャンデ様の存在が、疑惑に実体を与えて飲み込めなくさせたのです。
「王族の詐称はどの国でも大罪です。そちらの女性には我がツヴァイリング王国で裁きを受けていただきましょう。うふふ、彼女を見たときの我が国の国王陛下のお顔が楽しみですわ」
ブリギッテ様の合図を受けて、第二王子ヨナタン殿下付きの近衛騎士達がシャンデ様を取り囲みます。
彼らはヨナタン殿下とともに隣国へ行くのだと聞いています。もちろんご家族もご一緒です。
シャンデ様を守るように周囲にいたアウグスト王太子殿下とその側近の方々は、今はもう彼女から距離を置いていました。我が国の国王陛下も側妃様の腕を振りほどいています。
「ところでグローリア様」
話は終わったとばかりに王太子殿下方から離れて、ブリギッテ様が私に微笑みます。
先ほどとは違う、優しく温かい笑みでした。
シャンデ様の虜になっていたアウグスト殿下に邪険にされて、学園でひとりだった私を昼食に誘ってくださっていたときの表情です。いえ、私がお礼にと作ってきたお菓子を食べた後の笑みでした。
「アウグスト王太子殿下に婚約を破棄され、ヴィッダー侯爵に勘当された貴女は平民で自由の身ですよね。我がツヴァイリング王国へいらっしゃいませんか? あの女性を見せたら、我が国の国王陛下も退位してくださると思います。私の従兄のヤーコブ王太子殿下はどなたかとは違って大層優秀な方で……」
そこで、ブリギッテ様の眉間に皺が寄りました。
氷の人形と呼ばれていた無表情ではありませんが、今にも吹雪を起こしそうな迫力があります。
「長期休暇に私が持ち帰った貴女製のお菓子を差し上げてから、貴女とお会いしたいと切望しているのです。……いくら美味しかったからって、従妹が友達にもらったお土産の焼き菓子をせびらないで欲しいものですわ」
隣国の王太子殿下に婚約者はいらっしゃいません。
幼いころから命を狙われていて、他人を巻き込みたくないと婚約者をお選びにならなかったそうなのです。
愛妾様に罪を着せるための自作自演だと言って、王妃様と王太子殿下の警備強化を認めようとしなかった隣国の国王陛下が退位なさったら、きっと彼の周囲も安全になることでしょう。
ああ、そういえば、と私はヨナタン殿下の近衛騎士達に連れられて行くシャンデ様に目を向けました。
あの髪と瞳の色、よくあるものではありますが、少し赤みの入った色合いがなにかの式典で我が国を訪れた隣国の将軍閣下とよく似ているような──
隣国の将軍閣下は国王陛下の親友で、彼の勧めで愛妾様を王宮へお入れになったのでしたっけ。出来の良い姉と妹に挟まれた隣国の国王陛下は、ご姉妹への反発から雄々しい将軍閣下に心酔していらっしゃるとか。
まあ、真実は私が勝手に決めて良いものではありません。
今の私に決められるのは、私の未来だけです。
幸いほかの人間に口出しされるような状況ではありません。
我が国の国王陛下が王太子殿下と宰相閣下の顎の相似に気づいたように、ヴィッダー侯爵も最愛の息子の鼻が王都の侯爵邸を任せている執事長の鼻と同じ形だと気づいたらしいのです。
元婚約者の王太子殿下は真っ青になって小刻みに震えながら、違う違う俺は父上の子だ、なんて呟いていらっしゃいます。
ブリギッテ様がおっしゃった通り、今の私は自由です。
「喜んで行かせていただきますわ。どうせほかに行くところなどありませんもの」
「歓迎いたしましてよ、グローリア様」




