前編 婚約破棄されて勘当されました。
「ヴィッダー侯爵令嬢グローリア! シュティーア王国の王太子である俺アウグストは貴様との婚約を破棄する! 服や装飾品に金を注ぎ込み、贅沢を好む浪費家の貴様は我が国の正妃に相応しくない!」
学園の卒業パーティの会場で、私の婚約者だったアウグスト王太子殿下がおっしゃいました。
殿下の隣には隣国の王族の象徴であるすみれ色の髪と瞳を持つ特待生のシャンデ様が、隠しきれていない下卑た笑みを浮かべて立っています。
シャンデ様を囲む彼女の取り巻き兼王太子殿下の側近方の中にいる、私と同い年の異母兄も嘲笑を浮かべていました。ちなみにシャンデ様の取り巻き兼王太子殿下の側近の方々には婚約者がいらっしゃいます。もちろん私の異母兄にも。
「王太子殿下に婚約を破棄されるとは恥ずかしい娘だ。お前など我が家の娘ではない! ヴィッダー侯爵家から勘当する! どこへなりとも行くが良い!」
叫ぶ父、いえ、ヴィッダー侯爵の隣にはシャンデ様と同じような笑みを浮かべた彼の後妻がいます。
異母兄の母親で、正妻だった私の母が死ぬと同時にヴィッダー侯爵家に入り込んできた女です。
王太子殿下が満足そうな表情で、再び口を開きます。
「グローリア。ここにいるシャンデは隣国ツヴァイリングの王女だ。隣国国王の愛妾殿の娘として生まれたが、王妃によって攫われ我がシュティーア王国の貧民街に捨てられた。侯爵令嬢でなくなった貴様には、これまでのシャンデに対する暴言への不敬罪が……」
「いえ、違います」
そう言って、会場の真ん中に立つ王太子殿下方に近づいたのは、私ではありませんでした。
ツヴァイリングからの留学生で、隣国の王姉を母に持つ大公令嬢ブリギッテ様です。
アウグスト王太子殿下はシュティーア王国の側妃様の息子なのですが、ブリギッテ様は正妃様のご子息で第一王子殿下と数時間しか生誕時間の変わらない第二王子ヨナタン殿下の婚約者でいらっしゃいます。ちなみに同学年のヨナタン殿下は卒業後、そのまま隣国の大公家へ婿入りなさる予定となっています。
「その女性は我が国の王女ではありません」
「なっ! ブリギッテ嬢、このすみれ色の髪と瞳が見えないのか?」
「髪と瞳が何色であろうと、ツヴァイリング王国は彼女を我が国の王女と認めてはいません。たとえそうだったとしても、お披露目はツヴァイリングでおこなうべきです。なぜ他国で、他国の王族が勝手に宣言なさるのです?」
「う、それは……」
「そもそも彼女が我が国の王女だというのなら、なによりも早く我が国へ報告をなさるべきだったのではありませんか? どうして我が国の王族であるかどうかの判断を他国の王太子殿下である貴方がなさるのです」
正論です。
シャンデ様が顔を真っ赤にして叫びます。
「ツヴァイリングの王妃が怖いからよ! アタシが生きていることを知られたら殺されてしまうわ!」
「……ふっ」
ブリギッテ様が口元を綻ばせました。
整い過ぎた美貌を持つ彼女はいつも無表情で、氷の人形とまで呼ばれていました。
その彼女が今見せている笑みは、眩しいほど美しくて心を掴むのに、煌めく氷の欠片のように背筋を凍らせるものでした。
学園で仲良くしていただいていた私は、彼女がほかの笑みも浮かべることを知っています。
手作りのお菓子を差し上げると、ブリギッテ様はいつも陽だまりの猫のように蕩けた可愛いお顔をしてくださるのです。
「そうでしょうか? 貴女が怖がっていたのは我が国の王妃様ではなく、こちらの宝石ではありませんか? ツヴァイリングの国宝、偽りを打ち砕く女神の力を秘めた『真実の瞳』です」
ブリギッテ様はドレスの襟もとから、澄んだすみれ色の宝石を銀の鎖で飾ったペンダントを取り出しました。
ツヴァイリング王国はすみれ色の瞳を持つ白鳥の女神様に守護されているといいます。
隣国の王族がすみれ色の髪と瞳を受け継ぐのは、国を守護する女神様に授けられたものだからなのです。隣国を建国したのは、女神様の双子のご子息だと言われています。
シャンデ様の顔色が変わります。
「う、嘘よ! 『真実の瞳』がこんなところにあるはずがないわ! ツヴァイリングの外へ持ち出すことは禁止されているはずよ!」
「我が国の王太子ヤーコブ殿下の発案によって法改正がなされ、国外でツヴァイリングの王族を名乗るものがいたときに限り真偽確認のために持ち出すことが許可されました。……ツヴァイリングを守護してくださっている白鳥の女神様、そのお力によってこの場に満ちる偽りを打ち砕いてくださいませ」
すみれ色の宝石が辺りに光を放ちます。
どんな魔術も呪いもこんなことは出来ません。
これはまさしく女神様のお力です。
「……シャンデ、その髪と瞳の色は……」
「ちっ、違うわ! これは違うのっ! あの女がアタシに魔術か呪いをかけたのよ!」
宝石の放った光が消え去ると、隣国ツヴァイリングの王族の証であったはずのシャンデ様のすみれ色の髪と瞳は、どこにでもある茶色の髪と瞳に変わっていました。
アウグスト王太子殿下が悲し気な表情で首を横に振ります。
彼にもわかったのでしょう。今の光が女神様のお力以外のなにものでもないことを。
「良かったですね、アウグスト王太子殿下」
「は?」
ブリギッテ様の言葉に顔を顰めた殿下へ向けて、彼女は言葉を続けます。




