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その造型は魂にも似て  作者: 道化屋
第一章 決意ある流星群
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1-8 免許証にまつわる伝統

「速く、速く、少しでも速く」


 呟きながら、繰り返す。

 認識、抽出、精錬、成形、固定。体内の幻材料(ファテ)模型(モデル)へと昇華する一連の作業を何度も繰り返す。

 【星】を生み出しては消し、生み出しては消していく。

 俺が練習場所と決め込んでいる、例の廃教院の中。本来であれば焔神セーノスが座っているであろう台座の上に、今は何もない。いつ廃院になったのかは知らないが、流石に神様を置き去りにする気にはなれなかったのだろう。

 ありがたい話だ。神様なんぞに注視されていちゃ、集中できない。


「速く、速く、少しでも速く」


 ひたすらに繰り返す。

 俺の幻料(ファテ)容量は少ない。模型(モデル)を作りたくとも使える材料はあまりに限られている。故に、重点を置くべきは別のところ。

 速さだ。

 模型(モデル)は瞬時に生み出せない。この世全ての創作物がそうであるように、作り上げるまでには時間がかかる。より大きく、より高い品質を目指すのであれば尚更だ。

 昨日、アジトでクライセンが見せた【狩猟犬】(フォックスハンター)。あれも幻料(ファテ)を練り始めてから完成までに数十秒の時間を費やしている。遅いわけじゃない。作り出す模型(モデル)の完成度を考えたなら妥当な長さだ。

 だからこそ、そこに活路を見い出す。

 確かに俺は幻料(ファテ)をほとんど蓄えられない。小さな模型(モデル)しか作れない。逆に言えば、時間をかけて模型(モデル)を作ることがない。これを武器にする。

 互いを敵と認識し、攻撃に移るまでの時間。そいつを出来る限り短縮する。相手が身構える前に――模型(モデル)を作り終える前に制圧する。武闘派創作家(クリエイター)だからこそ可能な生き残り方。


「速く、速く、少しでも速く」


 頭ではなく、体に覚え込ませなくてはならない。右手で左手の甲を握りしめ、ただひたすら作って消してを繰り返す。

 どれほど経っただろうか。

 眩暈を覚えた。模型(モデル)を作り出す行為には、高い集中力が要求される。


「一秒強、ってとこか」


 俺が【流れ星】(スターアロー)を完成させるのにかかる時間だ。


「どうにか一秒以内に縮めたいところだけどな」


 自惚れを承知で言えば、今のままでも相当に速い。そこだけは自慢出来る。いかに小さな模型(モデル)であろうと、並みの腕なら完成までに三秒は費やすのだから。


 ――かつん、と革靴が石床を叩く音がした。


「誰だ」


 浮浪者が迷い込んだかと振り返る。しかし、そこには見覚えある顔。


「……シュレン?」

「なるほどな。これはいい練習場所だ」


 特徴的な赤いベスト。入り口から差し込んでくる陽の光を背景に立っていたのは同じギルドメンバーのひとりだった。

 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、朽ちた教院の中を見回している。相変わらず、どんなポーズでも絵になる男だ。


「わずらわしい野次馬の視線はない。広さも十分。団長のような馬鹿げた模型(モデル)でなければ作り放題。実際に放つわけにはいかないだろうが」


 そうだろうとも。お前の模型(モデル)を使われた日にゃ、こんなボロ廃墟なんざ木っ端微塵だ。


「良くここが判りましたね」


 お気に入りの場所を暴かれた俺は、不機嫌を隠すことなく言った。


「尾行しようにも、貴方みたいな人は嫌でも目立ってしまう町なんですが」

「ああ。実際、ここに辿り着くまでに散々絡まれたよ。全て薙ぎ払ってきたがな」


 そうだった。どんな形であれ、自分に挑んだ者には容赦のない男だった。


「もう一度訊きます。尾行が出来ないのに、どうしてここが」

「男爵家の跡取りに教えてもらった」

「クライセンに?」


 何故あの女がこの場所を知っている。いや、そうか。くそったれ。文字通り嗅ぎつけた(・・・・・)ってことか。下らないことに模型(モデル)を使いやがって。


「で」


 尻を乗せていた柱の残骸から腰を浮かし、立ち上がった。


「何故わざわざ、ここに」

「無論、お前に用があったからだ」


 珍しくシュレンが真剣な表情を見せた。アジトではなく、ここでしたい話か。嫌な予感。


「コジロウ」


 シュレンが胸の辺りに手をやった。ベストの内ポケットから何かを取り出し――。


「お前に、決闘を申し込む」


 創作家(クリエイター)の誉れたる免許証(ライセンス)を地面に叩き付けた。

 叩きつけやがった。


「本気、ですか」


 呆気に取られながら、それだけを搾り出した。


「コジロウ、敬語は要らないと何度も言ったはずだ」


 シュレンの目に悪ふざけの色はない。

創作家(クリエイター)が免許証を地面に叩きつける意味、知らないわけじゃあるまい」


 当たり前だ。だからこそ信じられないんだよ。

 免許証を地面に叩きつける。その行為には、己の創作家(クリエイター)としてのプライドを全てを賭けるという意味が込められている。一度叩き付けたが最後。冗談では済まされない。


「何故です」


 本気で解らなかった。


「どうして貴方――あんたが俺に勝負を挑む必要がある」


 優劣をつけるまでもなく、お前は全てにおいて俺よりも上なのに。


「俺はリーフィが好きだ」


 シュレンが断言した。


「心底惚れ込んでいる。ぜひとも将来の伴侶に迎えたい」

「その為には俺が邪魔と」


 確かに、こいつが俺に勝負を挑む理由なんて、そこにしかない。


「障害と捉えているのは確かだ」


 免許証(ライセンス)を拾い戻す気配はない。


「クライセンの奴にな、けしかけられた」


 どういうことだと眉を釣り上げて見せる。


「リーフィが欲しいなら、力づくでお前から奪えばいい、と」


 何だそりゃ。勘違いも甚だしい。


「他にもまあ、色々とな。オレに手を出させる為だろう。いかにお前より俺がリーフィに相応しいか、随分と持ち上げられたよ」


 ……おい待て、ちょっと待て。あいつら自分たちが団長に縄をかけられたからって、今度はシュレンを唆したのか。

 どこまで俺が目障りなんだよ!


「流石にあんな世辞を鵜呑みにするほど、俺も単純じゃない。しかし、お前に勝負を挑むのは良いきっかけになると思った。だからそこだけは乗ったのさ。コジロウ、約束してくれるか? もしオレがこの勝負に勝ったなら――」

「リーフィは俺の持ち物じゃない」


 首を横に振った。


「それに人を景品台に乗せる趣味もない」

「解っている」


 シュレンはどこまでも爽やかに微笑んだ。


「リーフィは自分で口説くさ。ただ、今のままだとお前を理由にかわされてばかりで、埒が明かないからな」

「じゃあ何を賭ける」

「次の休日に、リーフィと一緒に過ごす権利を」


 流石に、呆れた。


「そんなことの為に」


 創作家(クリエイター)の魂たる免許証を地面に叩き付けたのか。馬鹿馬鹿しいにも程がある。あのクライセンやリヒトですら軽々しく挑んでこなかった決闘を。


「そんなことだと?」


 初めて声音に憤りが滲んだ。


「益々負けられないな」


 撤回して欲しいという俺の願いは叶えられそうになかった。それどころか、戦意はより燃え上がってしまったようだ。


「言っただろう。俺は本気だ。本気でリーフィ・ベッセリンクに惚れている。創作家(クリエイター)としての誇りを全て賭けてもいいくらいにな! 故にコジロウ・砂条よ。シュレン・ラ・インボルドはお前に決闘を申し込む。さあ!」


「お前の魂を、形に示せ」


 決定的な台詞を口にした。

 もう引き返せない。その台詞を言わせたが最後、挑まれた方も簡単には逃げられない。逃げ出せば、その後相手にどう罵られても文句は言えない。

 決闘を回避する方法はふたつ。俺が尻尾を巻いて逃げるか、シュレンが叩き付けた免許証を拾い上げるかだ。そして、そのどちらもが創作家(クリエイター)として屈辱的な行為。


「クソっ」


 つくづく理解出来ない。何なんだよこいつは。普通、格下の人間に決闘なんか挑まない。リーフィをデートに誘いたきゃ勝手にやりゃあいいんだ。

 拒否したっていい。だが生憎、俺にだってプライドはある。負けると解っていても、こうまで堂々と挑まれた勝負から逃げ出すのは、やはり。

 懐に手を入れた。冷たい金属のプレートに指が触れる。これを地面に叩きつければ、決闘は成立する――。



「撤回する」



 シュレンが地面の免許証を拾い上げた。


「…………は?」


 目が点になった。いや、元々点みたいな三白眼なんだが。


「この話はなしだ。悪かったな。わずらわせて」


 さっきまでのぎらついた瞳はどこへやら。シュレンは虚ろな笑顔を浮かべると、叩き付けた免許証を内ポケットに仕舞い込んだ。

 いや、いやいやいやいやいや! おい待て、ちょっと待て! あのシュレンさん? 今俺が内心語った通り一度挑んだ決闘を自分から撤回するとか、かなり恥ずかしい行為なんだが!

 血迷ったか!


「じゃあな。はははは、ははは」


 乾いた笑いと共に背を向ける。そしてそのまま、教院の中から出て行った。革靴の音が遠ざかっていく。俺はどうしていいか判らず立ち尽くしたまま。

 何が何だか、解らない。

 一体どうしたって言うんだ。何故いきなり決闘を撤回した。それにあの態度。まるで燃えていた戦意が余さず蒸発してしまったかのような――。


「っ……そういうことか」


 気づくと同時、教院を飛び出した。

 庭へと躍り出る。管理する者がいない今、庭木は遠慮なく枝葉を広げ、足元の雑草は気兼ねなく背を伸ばしている。

 あと数年も立てば『庭』とは呼べなくなるであろう空間の中。周囲を取り囲む林を見回し、大きく息を吸い込んだ。


「出て来いよ!」


 辺り一帯に大声を響かせた。


「いるんだろう、リーフィ!」


 返事はない。だけど間違いない。あいつはここにいる。


「どこだ! 判ってんだよ、お前の仕業ってことは!」


 教院を背に立ち尽くすこと、しばらく――。

 雑草を踏み分ける音が、背後から聞こえた。


「やっぱり、お前か」


 幼馴染が、教院の裏手から姿を現していた。



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