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その造型は魂にも似て 作者:道化屋

第一章 決意ある流星群

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1-7 耐え忍ぶ意義

 その後の会議は、少なくとも表面上は穏やかに進んだ。
 党賊から人質を救出し、指導者格の男を一人捕らえたことで執政府から報奨金が出たらしい。
 分配は副団長が戻り次第。俺の耳が壊れてなきゃ、リーフィが昼間買ったネックレスが、もう二つ三つ買えるほどの額が出る。
 景気のいい話だが、はっきり喜んで見せたのはシュレンだけ。他の奴らはそんな気分じゃないとばかりに不機嫌面を押し並べていた。あんな話の後じゃ当然だ。一番落ち込む資格があるのは槍玉に挙げられた俺だと思うんだがな。
 団長は重い空気を全く意に介さず、言うべきことを言って場を締め、さっさと自分の部屋へと引き上げていった。

「またえらく持ち上げてくれたもんだ」

 テーブルに頬杖をついたまま、誰にともなくぼやいた。今回の仕事の経緯をまとめる際に、やたらと団長が俺を褒めたのだ。

「フォローのつもりなんだろう」

 独り言のつもりだったが返しがあった。シュレンだ。

「何せ、無能と一緒だと火の粉が飛んでくる。だから追い出して欲しい――だからな。人によっては首吊りものだ」
「解ってますよ」

 どこまでも率直な男をねめつけた。

「自分が優秀かもしれない、だなんて勘違いすら出来ませんよ。何せ、こちとら『小さな器』ですから」
「卑屈だな。いや、あれだけ罵られながら一歩も引こうとしない男に卑屈は相応しくないか」
「生き汚くしがみつくのが主義なので」
「なるほど、それだな。確かにお前はそんな感じだ」

 何がおかしいのか腰に手を当てて笑う。そう言えばギルドに入ってかれこれ一年になるが、この男が深刻そうな顔をしているのを一度も見たことがない。
 シュレンを無視し、いつまでも座り込んでいても仕方ないと立ち上がった。そこで顔が横を向く。リーフィが俯いたまま微動だにしていない。

「おいリーフィ」

 呼びかける。

「寝てんじゃないよな? おーいこら。リーフィ?」

 横から覗き込む。起きている。目を開けたまま居眠りなんて特技は持っていなかった筈だ。

「部屋に戻らないのか? 本来なら上の上客しか泊まれないシャワー付きの部屋に」

 からかい調子で聞いてみるが、反応はない。暗い表情でテーブルの縁を見つめている。

「元は宿屋だからな。このアジト」

 返事は違う方向から。またもシュレンだ。

「メンバーひとりひとりに部屋をあてがってくれるなんて、他のギルドを見渡しても中々ない待遇だ」
「そうですね」

 曖昧に相槌を打ちながら、気づかれないように小さく短くため息を吐き出す。こいつは人の話に平気で割って入ってくる。遠慮がないというか、馴れ馴れしいというか。
 人の顔色を窺わない奴なのだ。

「お前が入団する前の話だ。宿を経営する老夫婦が、歳も歳だからと引退を考え始めたのだが、跡継ぎはいない。さてどうしたものかと悩んでいたところ、話を聞きつけたウチの筋肉マニア――失礼。副団長が買い取り話を持ちかけた。大きな仕事を片付けた直後で資金が潤っていたことも幸いしたらしい」
「へえ、そうなんですか」

 知ってる。一月分の宿代を踏み倒した不埒者を捕まえた依頼が結んだ縁だってこともな。

「クライセンとリヒトも、ここに住めばいいのにな」

 会議が終わるや否や、早々に二人が出て行ったドアを眺めながらシュレンが肩を竦めた。

「……近場に家があるんじゃ。仕方ないでしょう」

 勘弁してくれ。どう考えても俺に同意を求めていい話じゃないだろ。あんな奴らと四六時中顔を突き合わせろだと? 想像するだけで息が詰まる。

「リヒトは男爵家に居候しているのだったか――コジロウ。敬語はなしでいいと言っただろう」
「上下関係を重んじる国の生まれなので」
「実際にそこで暮らしたことはないんだろう?」

 ええい、しつこい。

「リーフィ。お先」

 長々と絡まれるのも御免こうむる。相変わらずぴくりともしない幼馴染に一声かけて、その場から離れようとした。

「コジロウ」

 呼ばれた。鼻から小さく息を吐き出し、振り返る。リーフィが俺の羽織の裾を掴んでいた。

「何だよ。こっちが散々呼んでも応えなかった癖に」
「コジロウは、どう考えてるの?」

 リーフィは取り合わない。自分の言いたいことだけを口にする。

「クライセンが言ったこと、どう考えてるの?」
「はあ」

 多種多様な罵倒が脳裏に浮かぶ。

「色々言われ過ぎて、絞れねえよ」
「……コジロウに、創作家(クリエイター)としての未来はない」
「その話か。どう考えてるって言われてもな。どうしようもないだろ」
「真面目に答えて」

 やっと顔を上げたと思ったら、今度は剣呑な目で睨んでくる。

「……少なくとも、目を逸らしてるつもりはないぜ。出来る限り努力はしてるつもりだ」
「努力って」

 リーフィの瞳に昏い光が灯った。
 ああ、解ってるよ。お前は俺のために骨を折ってくれている。逆効果になることがほとんどだとしても、俺に向けられる嘲笑を防ぐ盾であろうと気張ってくれている。
 だけどな。解ってるんだ。長い付き合いだからな。
 お前は俺が創作家(クリエイター)であり続けることを望んでいない。史上最低の出来損ないの烙印を押された俺は、いつかへし折れ、創作家(クリエイター)への道を諦めるだろう――その時までと、気長に付き合ってくれているだけだ。
 それが夢を唆した者の責任だと言わんばかりに。
 『小さな器(リトルボウル)』という屈辱的な渾名を頂戴した日。俺に考えを改めるよう誰よりも強硬に主張したのは、一緒に認定試験を受けた幼馴染だったのだ。

「努力で、どうにか出来る問題なの?」

 数字と記号だけで一列使い切るような、長ったらしい計算式を解けと言われた時と同じ顔だった。

幻料(ファテ)容量は、持って生まれた資質に拠るところが大きい。身長と同じで増やそうと思って増やせるものじゃない」

 身長とはまた、俺にとって耳の痛い例えだ。

「コジロウが努力しているのは認めるけれど」

 そこで言葉を切った。髪をいじり出す。言いにくい台詞を口の中で転がしている時の癖。

「何だ、はっきり言えよ」

 だから促した。

「……今のままじゃ」

 髪から手が離れた。

「コジロウはずっと軽んじられる。侮られる。嗤われる」
「そうだろうな」

 否定出来る材料はひとつもない。

「それでも、俺には創作家(クリエイター)を諦められない理由があるんだ」

 それに――いや、話すのは、まだ早いか。

「私はっ」

 リーフィが息を呑んだ。

「そんな浮かない顔をしないでくれ、リーフィ」

 唐突に横槍が入った。

「憂いに満ちた君の顔も美しいが、やはり笑顔には敵わない」

 ……本っ当にこいつは他人の顔色が見えてねえな! まあ、今回ばかりは助かったが。

「気分転換に一緒に夜景でもどうだ? このルノウハンの別名は知っているだろう?」
「ごめん、そんな気分じゃないの」

 水を差されたことで話は打ち切りになった。リーフィは俺と視線を合わせることなく階段へ歩いて行った。二階にある自分の部屋に戻るつもりなのだろう。

「コジロウ! 見たか今のリーフィを!」

 冷たくあしらわれ、流石に落ち込んだかと思いきや、何故か嬉しそうにシュレンが俺の肩を叩いた。

「今の彼女はナマだった」

 いや、意味わかんねえ。

「お前に見せる表情と同じ、素の顔だ! これでまた垣根なき関係に一歩近づいたな」

 おい、猫かぶり見破られてるぞリーフィ。つーかシュレン、お前どんだけ不屈なんだ。

「ところでコジロウ、お前はどこに行く」

 リーフィが消えていった階段から視線を外して一歩踏み出した途端、今度はシュレンに呼び止められた。
 嫌な予感!

「……中庭で、少し体を動かそうと」
「俺も付き合おう」

 案の定、食いついてきた。

「どうしてですか」

 当然の抗議。一人でやりたいんだよ俺は。

「それは無論。コジロウ、お前に負けるのだけは御免だからだ」

 胸を張り、ポーズを決めつつ自信満々に言い放った。

「リーフィにシュレン・ラ・インボルドは、コジロウ・砂条に勝る男だと認めてもらう為にな」
「とうに認めてると思いますよ」

 馬鹿馬鹿しい。

「大体、勝るも何も、明らかにあなたの方が強いでしょう」

 これでも人並み以上に鍛えているつもりだ。しかしこいつは武功で爵位を勝ち取った英雄の息子。その生い立ちに恥じない力量を持っている。模型(モデル)の有る無しに関わらず、勝てる過程(ビジョン)が全く浮かばない。

「確かに真っ向勝負で負ける気はしないな」

 シュレンは人差し指と中指を立てて左右に振った。

「お前を制するのに必要な時間は、まあ一分といったところだ」

 ああそうかい。だったらなんで事ある毎につっかかって来るんだよ、この野郎。

「言っただろう。俺がいかに優秀であるかを知って欲しいのさ。リーフィにも、お前にもな」

 胸を反らし、高らかに笑う。
 実力の違いを目の当たりにして、身の程を知れと言いたいのかよ。クソ、そんなことは十分理解してる。
 ついてくる足音を疎ましく思いながら、中庭へと出て行った。


  ○ ○ ○


「野良犬をすぐに追い出せるだなんて考えていたわけではありませんわ」

 ガス灯がぽつぽつと並ぶ夜道で、巻かれた己の髪を触りつつ、クライセンは呟く。

「改めて身の程を思い知らせてあげれば、いずれ自分から出て行く道を考える――そう期待しての行いでしたけど」
「実現しそうにゃねーな」

 軽い調子で受けたのは隣のリヒト。

「団長がああも甘くちゃな」
「私たちの忠告に、コジロウが耳を貸すことはないでしょうね」

 畳まれた日傘の取っ手を額に軽く押し当てる。

「じゃ、どーすんの?」

 リヒトは笑っている。

「このまま放っておく?」
「まさか」

 クライセンは芝居染みた仕草で首を振った。

「けれど、しばらくは手の打ちようがありませんわね。団長に釘を刺されてしまいましたから」

 ギルド『霧雨の陣』の団長は、お飾りの存在ではない。王家親衛隊『護紋の輩』の一員だった経歴は本物。二人を一度に相手取ったとしても、力でねじ伏せる実力を持っている。
 だからこそ『霧雨の陣』に籍を置く価値がある。

「あなたのせいですわよ、リヒト。他人の恋人に手を出す癖、いい加減に直しなさい」
「しょうがねーじゃん。あまりにいいケツしてたから、つい」

 反省の欠片もない態度で嫌らしく指を動かすと、ちょっと、と相方に睨まれる。

「わーってるって。そう怖い顔すんなって。代わりの良い案、くれてやるからさ」
「代わり?」

 クライセンは日傘を後ろ手に持ちつつ、小首を傾げた。

「俺とお前が、これ以上あいつにちょっかいかけるのはマズいんだろ? だったら、他の奴にやってもらえば良い話じゃん? つまりさ――」

 横切った馬車の車輪が、リヒトの言葉を飲み込んだ。隣の相方以外には届かない。

「……私の好みではありませんわね」

 クライセンが苦々しく呟く。

「でもさー、他に手はないだろ?」

 提案した本人は大したことじゃない、とけらけら笑う。

「『小さな器(リトルボウル)』君には、自分の無力を噛み締めてもらうとしようぜ」

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