4-6 原点
会話が止み、視界の隅でリーフィの銀髪が舞った。俺は既に上へと顔を向けている。
――満点の星空が、広がっていた。
月は両方出ているが、そこまで明るくはない。星々の光も、良く見える。
故郷では当たり前のように見上げていたのに、ルノウハンに来てからはいつしか日常から消えていた光景。
「思い出さないか?」
「え?」
「こうして手を繋いで、一緒に空を見上げたことあったよな。見えるだろ? 十一星座」
極星の周りに集う、始まりの十一柱を模した星座。その内の二つが見える。獣神『カガミ』の座と、霊神『プリヴィラク』の座。これもあの夜と同じだ。
「流石に星は流れてないけどな」
「あっ……」
思い出したようなリーフィの声。
「お前は地主のお嬢様で、俺は教院預かりになった犯罪者の息子。あんな子供と遊んじゃ駄目だとお前がしょっちゅう叱られてた頃だよ」
「……うん、あったね」
間近で頷く気配。
「コジロウに連れられて色々無茶したっけ。師匠に幻料について教わったり……あの頃は私が振り回される側で」
「嫌々だったみたいに言うなよ」
「もちろん。違うよ。楽しかった……。家族の目が厳しくて、中々会えなかったから、教院の伝書鳩で連絡を取り合って、こっそり落ち合って。あの夜も――そうだった」
その日は『プリヴィラク』座を中心に、流星群が見られると専らの噂で、大人も子供も揃って空を見上げていた。けれど結局星は流れず、ほとんどの人が諦めてベッドに潜り込んだ。
大人ですら完全に寝静まる深夜。こっそり寝床を抜け出して遊んでいた俺とリーフィは……見たのだ。降りしきる星の群れを。こうして手を繋ぎながら。
創作家を目指すと誓った、俺たちの原点。
「俺さ」
「……うん?」
「お前には感謝してるんだ」
「っ! なに、いきなり」
「心配性だし、思い込み激しいし、たまに足踏んでくるし、干渉が鬱陶しいと思うこともあるけどさ。でも、お前がいなきゃ俺はとっくに挫けてた」
「突然、なによう……。そんなの、私だって」
「元々ヒネくれ者だけどさ。この一年は特に張りつめてたんだ」
改めて振り返る。『小さな器』と渾名された認定試験の日からこっち、躍起になっていた。
「生まれ持った資質なんかに夢を潰されてたまるか。努力ってのは才能に劣るものじゃない。そう掲げてガムシャラに頑張ってきた」
「うん……良く知ってる。ずっと見てたから」
「でもさ。どうしようもないことって、やっぱりあるよな」
努力で覆せる現実には限りがある。
「創作家の価値は幻料の量じゃ決まらない。今だってそう思ってる。だけど、やっぱり憧れてもいた。お前に憧れていた。有り余る材料を使って、好きなものを、自由に作ってみたかった」
運よく眠っていた才能を掘り当てることは出来た。活路を見出すことは出来た。ごくごく小さな模型であれば量産出来るようになった。けれど。
「大きな模型を作り上げる夢は叶わなかった。一人じゃ叶えられなかった。でもさ」
リーフィの横顔を見る。俺を見守り続けてくれた幼馴染は、まだ空を見上げたまま。
「俺に才能はなかったけど。一人じゃ駄目だったけど。こうしてお前と一緒に夢を叶えられるとしたら」
「コジロウ」
リーフィが視線を落とした。俺を見る。
「俺は、すげえ、嬉しいよ」
その瞬間。
副団長が練り上げた幻料が、重なりあった俺とリーフィの手を覆い包んだ。
――異変は、劇的。
全く新しい感覚が生まれた。
自分の内側が押し広げられていくような、澄み渡っていくような。
昔、これに似た感覚を味わったことがある。初めて幻料を理解した時? 違う。そうじゃない。確かこれは。
……ああそうだ。初めて海を見た時の気持ちと似てるんだ。
そうか。これがそうなのか。
屈指の幻料容量を持つというリーフィの、
「どんどん沸きあがって来る」
新たな経験は隣も同じ。
「まるで滝に身を晒しているみたい」
視線が、絡み合う。
「これが、コジロウの中の世界なんだ」




