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その造型は魂にも似て 作者:道化屋

第二章 想いの強度

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2-6 想い入れ


 一番の失敗はねだられるままに免許証(ライセンス)を見せたことだった。単なる好奇心と思って油断した。このガキ、免許証に書かれてた氏名、所属ギルド、住所まできっちり記憶してやがった。そもそも文字が読めるとはな。

「んぐ、んふ」
「落ち着いて食えよ。せわしねえな」

 ポテトフライを喉に詰まらせたらしいガキの背中をばんばんと叩いてやりながら、俺も最後のパンに口をつけた。
 アジトのすぐ脇に伸びる細く薄暗い路地。道端に座り込んで昼飯にかぶりつく俺とこいつを、年配の女性が胡散臭そうに横目で見ながら通り過ぎた。
 中に連れて行くと面倒が多そうなので、人目につきにくいここで話をすることにしたのだ。

「お待たせー」

 表の方から声がした。リーフィだ。手には水筒を持っている。

東雲茶(サンライズ)、淹れてきたよ」
「副団長は何だって?」

 重ねられたカップの一番上を引き抜きながら訊いた。

「もう少し甘めのパンが欲しかった、だって」
「何だそりゃ。文句をつけるなら自分で買いに行けってんだ」

 リーフィはガキにカップを渡すと、手にした水筒を傾けた。赤味を帯びた液体が注がれる。東雲茶(サンライズ)。名の由来は朝焼けの空に色が似ているからだとか何とか。

「それで、どこまで?」

 続いて俺のカップにもお茶を注ぎながらリーフィが首を傾げた。

幻料(ファテ)については、まあ一通り」

 独特の香りに鼻をひくつかせながら答える。

「面倒だから嫌だって言ってんのに、しつこく食い下がってくんだよ」
「当たり前じゃん」

 お茶を一気に飲み干したガキが、何故か得意げに言った。

「表側の人間と繋がりを持てることなんざ滅多にねーしな。有効利用しねえと」
「俺はお前を助けたことを心底後悔してるよ」
「それはそうと」

 皮肉は綺麗に無視しやがった。

「ここに来るまでに色々に訊いたけど、兄ちゃん有名人なのな。あんま羨ましくない評判だったけど」

 あーそうだろうとも。一般人はともかく、創作家(クリエイター)で俺の名前を知らない奴はいない。不名誉なことにな。

「おいらの聞いた話が本当だとしたら、駄目駄目じゃん?」
「駄目? 何が?」

 心当たりが多すぎる。

「次に会った時、でかい模型(モデル)拝ましてくれるって言った癖に。なんだっけ、その、幻料(ファテ)とかっての。俺の財布の中身と似たようなもんらしいじゃん」
「お前が財布を持ってること自体が驚きだよ」

 そういや無責任なこと言ったっけな。

「けどな、嘘じゃねえぞ」
「え、作れんの?」
「俺には無理」
「じゃあ駄目じゃんよー」
「だから、代わりにこのねーちゃんが見せてくれる」
「え?」

 千切ったパンを口へ放り込もうとしていたリーフィが固まった。

「このねーちゃんなら、お前の希望通りにどでかい模型(モデル)を見せてくれる。俺と違って材料はたんまり持ってるからな」
「そうなん!?」

 ガキが目を輝かせた。

「あー、うん。大きく作って見せるだけならいくらでも……と言いたい所だけど」

 リーフィが辺りを見回した。

「流石に、ここじゃあねえ」

 この路地は狭い。かといって表通りで作ったら余計な見物人を呼ぶ。団長は悪目立ちすることを良しとしない人だ。

「つか、もう帰れよお前」

 迷い込んできた野良犬を追っ払う風情で手をひらつかせた。

「食い物もくれてやったし、幻料(ファテ)についても一応説明してやっただろ。後は自分で頑張れ」
「そうそう、それなんだけどさ!」

 手についた油を服の裾で拭いながら、俺を見上げた。

「にーちゃんは【星】で、そこのねーちゃんは【鳥】だったっけ? なんで作る形決めてんの? もったいねーの。俺だったらもっと色々作って遊ぶけどなー」
「お前、人の話を聞かないって点じゃ準爵の息子とタメはれるよな」
「準爵?」
「なんでもねえよ」

 ――ごくん。丁度自分のパンを食べ終えた。懐からハンカチを取り出して手と口を拭う。

「おお、見かけによらず几帳面じゃん」
「そっちのねーちゃんがうるさいんでな」

 のんびりとパンを食べているリーフィを横目で見る。なによう、と頬が膨らんだ。

「で――ああ、形だっけ?」

 改めて説明しろと言われると本気で面倒だな。

「猫でも牛でも猿でも、外面だけなら何でも作れる。お前の間抜け面でもな。でもそいつらはただのハリボテ。魂が入っていない。ただ形を真似るだけなら粘土を捏ねるか石を削った方が良いだろ?」

 幻料(ファテ)は、放っておくとすぐに消えちまうしな。

「小麦粉と卵でもいいだろ!」

 何を思いついたか、妙な例えを挙げた。

「町外れのパン屋じゃ、誕生日にそいつの顔に似せたパンを焼いてくれるって言うぜ?」
「へえ、そいつは初耳だ」

 面白い企画だ。けど、生まれた記念日に自分の顔を食うのってのはどうなんだ?

「コジロウ、折角だし腰を据えて教えてあげたら?」

 リーフィが無責任に勧めてきた。

「多分この子、納得するまで何度も来るよ?」

 その通り、とばかりに笑うガキを睨みつける。仕方ない。諦めと共にため息を吐き出した。

模型(モデル)の強さ、というか質を決める要素は大きく分けてみっつだ」

 指を三本立てて見せる。

「ひとつめ。費やす幻料(ファテ)の量。材料が多ければ多いほど出来ることも多い。これは解るよな」

 頷きが返ってきた。

「ふたつめ。幻料(マファテ)を扱う技術。一口に技術と言っても、色々様々あるんだけどな」
「あれだな。同じ小麦粉と釜を使っても、職人の腕次第でパンの味には天地の差が出るっつーことだな」
「飢えてんなー、お前」

 俺は服の仕立てに例えるつもりだったんだが。

「おいらの腹にはまだまだ余裕がありますぜ?」

 図々しい奴だ。そこまで甘い顔が出来るか。

「ま、お前の言うとおりだよ。作る人間の腕が出来を左右する。創作家(クリエイター)と言えど例外じゃない」
「ふんふん」
「そしてみっつめ。これが特殊なんだけどな……」

「想い入れだよ」

「……おもいいれ? なんかあやふやな言葉だなあ」
「文字通り込められた想いだよ。お前『好きは石炭に勝る』って言葉、知ってるか?」
「いんや?」

 だと思ったよ。

「好きだと想う気持ちは、蒸気機関より強い力を生み出すって意味なんだけどな」

 指で鼻の頭を撫でる。

「例え話をするか。――ひとりの画家がいる。男だ。そいつが憧れの婦人を描いた絵と、頼まれて仕方なく描いた、いけ好かない親爺の絵。どっちの出来がいいだろうな。奇をてらうなよ。素直に考えろ」ヒネくれ根性を発揮されるとややこしくなる。
「ちぇっ」

 おい、何で舌を打った?

「そりゃま、女の絵だよな」
「どうしてだ?」
「どうしてって、そりゃあ」
「それだ」

 言葉にされる前に頷いて見せた。

「それが想い入れだ。好きだって感情には強い力が宿る。そしてそいつは模型(モデル)の完成度に大きな影響を与えるもんなのさ。幻料(ファテ)は人の精神に強い影響を――おいリーフィ。何を赤くなってる」

 視界の隅でわざとらしく顔を背けた幼馴染を見咎め、思わず問い質す。

「え、そお? 赤いかな」

 赤いよ、明らかに。

「だって」
「だって、何だよ?」
「コジロウが好き好き連呼するから。なんだか、慣れないって言うか、新鮮って言うか」
「ぐ」

 胸に何かが刺さった。

「改めて掘り下げんな! こっ恥ずかしくなるだろうが!」
「確かに兄ちゃんが『好き』とか言ってる姿。ちょう似合わねえな!」
「るっせ」

 ごつん。拳を振り下ろした。

「って! 手加減しろよ! 大人げねーな」
「知ったことか。痛い思いをしたくなきゃ自重しろクソガキ」

  それにまだ俺は大人じゃねえ。成人の十八まで二年残ってる。

「んで、想い入れについては解ったか?」
「嫌いなパンよりも好きなパンを焼いた方が、美味いってことだよな!」

 またパンか。どこまでこだわるんだお前。創作家(クリエイター)じゃなくてパン職人目指した方が大成するんじゃないか?

「本当に大事なんだよ?」

 リーフィが続けた。

「想い入れが深ければ深いほど、模型(モデル)の規模や宿す魂……つまり能力は凄いものになるからね。逆に言うと、模型(モデル)の形は創作家(クリエイター)にとって強いこだわりを反映してるってことにもなるかな」
「じゃあ、兄ちゃんの【星】も、姉ちゃんの【鳥】も、由来があったりするんだ」
「ここまでだ」

 答えずに、手を叩いて講釈の打ち切りを告げる。

「さわりだけでもこんなもんだ。幻料(ファテ)は一朝一夕じゃ説明出来ないし、そもそも認識できるかどうかは完全に才能だ。本気で目指す気があるんなら、別にちゃんとした――」
「そっか。じゃあおいらは何を作ろうっかなー」

 聞いてねえ。

「気が早えよ。使えない可能性の方が圧倒的に高いんだぜ」

 並の大学入試よりも高倍率だ。

「いいじゃん。夢を見るのはおいらの勝手だろ」
「む」

 痛いところを突かれた。その台詞に反論する資格、俺にはないな。

「おいらにとって想い入れのある形か。なんだろなー。甲虫でも作っかなー」
「その時がくりゃ自然と浮かぶもんさ。考えて決めるものじゃないしな」
「そうなん?」
「ああ。実際模型(モデル)の形を何にするかってのは、かなり難題なんだぜ?」

 意地悪く笑って見せる。

「こんな話がある。とある女性の創作家(クリエイター)が、恋人に贈られたリボンをモチーフに模型(モデル)を作った。かなり凄い能力を発現させたんだが、恋人に浮気された途端、模型(モデル)は魂を失い、てんで使い物にならなくなっちまったんだ――」


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