2-4 副団長ヴィオーチェ
「体内の幻料が尽きた創作家のことを、出涸らしと揶揄する奴もいるけどね」
一階の広間へと俺を連れてきた副団長は、幻創協会から派遣された講師のような面持ちで語り始めた。
「実際、使い切ってしまうと再び模型が作れるようになるまで数分はかかる。もちろん、じわじわ戻ってくるから、小さいヤツならまたすぐに作れるんだけどさ」
テーブルを挟んで向かい側に座らされた俺は、はあ、と気の抜けた返事をした。副団長の話した内容は、創作家にとっては基本中の基本。認定試験の必修項目だ。勢い込んで返事をする内容でもない。
元食堂の広間には、俺と副団長の二人だけ。執務室の前ですれ違ったクライセンやリヒトの姿はない。訊いたところ団長が二人を伴って警察に出かけたらしい。おそらく、事件への協力でも求められたのだろう。
「そもそも幻材料が戻る早さに大きな個人差はないと考えられている。だからこそ、幻創協会が設ける測定項目に回復速度の欄はない」
「そういえば、そうですね」
「リーフィくらいの大容量だと、一気に使い切る方が難しいけどね」
天井から妙な物音がした。見上げるが、副団長は気にする素振りも見せない。
「あの子の【伝書鳩】には大量の幻料が必要だが、羨ましいことにまだ余剰がある。余りを使って【小鳥】を量産し、相手を牽制している間に本命をせっせと作り上げる。リーフィの基本戦術だね」
「あいつの場合、完成にさえ漕ぎ着けられたなら、まず勝てますからね」
「創作家であれば誰もがそう思ってるさ。自分の模型に誇りを持たない創作家はいない。いたとしても、そんな奴が作る模型は高が知れている」
確かに、その通りだ。
「さあて、くどくどと常識を並べ立てたわけだが」
副団長が身を乗り出した。
「だからこそ、良く判るだろう? 自分の滅茶苦茶さ加減が」
む、と口をきつく結んだ。
「一説には、幻材料はそもそも世界に満ちていて、使い切った分を呼吸するように体内へと取り込んでいる、と言うけどね」
とん、と俺の胸を指で押した。
「あんた、おかしいね。取り込んでいるというより、貪ってる」
「随分な言い草ですね」
「他に言いようがあるか? 使い切った次の瞬間には完全に戻っている。つまり、一秒あたりの戻る量が少なくとも32クラドを超えている計算になる。常人の十倍以上だ」
「そりゃ、まあ」
「確認出来ないだけで、ひょっとしたらもっと多いかもしれないね。ふざけた話だよ。研究員としてのアタシの戸惑いも、ちょっとは理解して欲しいね」
るっせえ、知ったことか。望んで『小さな器』になったわけでもなければ、馬鹿げた回復力を宿していたわけでもない。
「どうして気づいた?」
「簡単な話です」
練習場にしている例の廃教院が脳裏に浮かぶ。
「せめて速さは極めてやろうと延々作り続けていただけです」
「質問を間違えたね」
見透かしてやろうと言わんばかりの視線だった。
「言い直そう。どうしてもっと早くに気づかなかった? 自分が優れた回復力を持ってることくらい、すぐに判るだろう」
「それは」
「特定の条件下じゃないと発揮できない異質、か?」
どくん。心臓が跳ね上がった。
「だけど、大掛かりな準備が必要というわけでもないね。あんたは他人や道具の力を借りたものを自分の能力とは認めない。そういう性格だろう?」
――クソ、前々から思っていたが、改めて確信した。
俺はこの女が苦手だ。
頭の中まで筋肉で出来てそうな外面の癖に、本領は頭脳労働ってのが厄介だ。油断ならない。団長の言葉を思い出した。珍しい事例だからと私物化するなよ――実験動物になるのは真っ平御免だ。
どう答えたものかを決めあぐね、結果沈黙を保つ形になった。すると言いたくないなら今はいいさと、モノを放り投げるような仕草を見せた。今は、か。
「極端に管の細い蛇口のようなものだね。一度に出せる量はひどく少ないが際限はない。もしかしたらあんたの幻料容量が極端に少ないことと何が関係があるのかもしれない」
「はあ……」
俺もその二つを結びつけたことはある。しかし考えたところでどうにもならない。幻料自体、まだその多くが謎に包まれた代物なのだ。
「何にせよ、興味深い体質であることに違いはないね。さっきも言ったけど、浮かれて周りに吹聴するような真似だけは――する筈ないか。リーフィとの決闘がなければ、まだ隠し通していた。そうだろう?」
少し迷った後、素直に頷いた。
「さて、話はここまでだよ」
椅子に腰掛けたまま、くるりと体の向きを変えた。
「わざわざ呼び出さなくても良かったでしょう」
口を引き締めながら訊いた。
「執務室でまとめて訊けば手間も省けたでしょうに」
「ふん。ちょっとばかし障りがあってね」
意味深に目を細めた。
「じゃあ本題に入ろうか」
「本題?」
虚をつかれて思わず上擦った声を出した。おいおい、じゃあ今までの尋問染みたやり取りはなんだったんだよ。
「他愛ない雑談だよ。喋るだけなのに用があるとは言わないだろう?」
「……用ってのはなんですか?」
取り合っていたらキリがない。面倒はさっさと片付けるに限るとばかりに先を急かす。
「くっくっく」
何がおかしいのか、体を震わせた。
「なーに、アタシの昼メシを買ってきてもらおうと思ってさ! そろそろ角向こうのパン屋に、焼きたてが並ぶ頃合だ」
おい待て、ちょっと待て。それただの使い走りじゃねえか!
「そうさ? 上司には尽くしとくと色々得だよ。んなわけでさ」
副団長の顔があさっての方へと向いた。
「そこで聞き耳を立ててる白兎も、一緒に行って来な!」
「――し、白兎って何ですか!」
顔を赤くしたリーフィが階段を降りて来た。
「何か間違ってるかい。あんたは白っぽい。目も赤い。それと聞き耳たてる奴の耳は長いと相場は決まってるんだ」
捲くし立てられ、リーフィが言葉に詰まる。
「おっと、これハマってるんじゃないか? ギルド内でのあんたの渾名、白兎に決定だね」
やめて下さいと食ってかかる幼馴染を横目で見ながら、こっそり同情した。
クライセンといい副団長といい『霧雨の陣』の女性陣は癖が強すぎる。同性にしか解らない苦労を分かち合える相手が事実上いないとなれば、ストレスだって溜まる一方だろう。