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ノーカウント!

 図書館へ向かうと、すでに子猫が貸し出しカウンターに座っていた。私の顔を見ると一瞬笑顔を見せたが、後ろの会長を見るなり口角がひきつる。

 小さくてマスコットのような子猫には、密かにファンが付いているらしい。本を持って書棚の陰から様子をうかがっている男子がちらほら見える。

 ……裏の顔を知ったらどうなるのやら。


「姫姉様! お待ちしてました」

「待たせてすまない。今日は閉館後に会議をすることになったが、時間は大丈夫か?」

「会議ですか? 時間は問題ありませんけど、一体どんなことで?」


 その時、私の背後に怪しい気配を感じた。


「何奴!」


 勢いよく振り返ったせいで、何かに顔が当たってしまった。


「痛ー!」

「近すぎだ馬鹿者! 痛いのはこちらだ!」


 気配の主は鈴木だった。顔を押さえてうずくまる。いつも大げさだな、全く。正面から当たるから鼻がつぶれたではないか。

 ジンジンする顔の痛みをこらえていると、


「ほう、ずいぶん情熱的なことで」


 横で見ていた生徒会長が、ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべて妙に嬉しそうに言う。


「何を意味の分からないことを」

「空気がどこを痛がってるのか良く見てみることだ」

「はぁ? どこって……」


 鈴木は──口に手を当てていた。


「……え?」

「ふぇ?」


 お互いに顔を見合わせる。鈴木は私の口元を見つめ、そして耳を真っ赤に。

 これは……どういうことだ……?


「熱烈なキスだったな。あまり見せつけるんじゃない」

「ひ……姫姉様、いつの間にそういうふしだらな関係に……」


 キ……って、いやいやいや!


「ちちち違う! 事故だ!」

「そう真っ赤になって照れなくても良い。ごちそうさん」

「誤解だ! 私がこんな男とそんな不潔な関係なわけないだろう!」

「ヒドいよ姫! そんな言い方しなくても!」

「姫姉様が汚されたぁー!」

「子猫まで僕をバイキン扱いかよ!」


 皆がパニックに……! それより私の頭がパニックだ! おおお、おち、落ち着け。さっきのはノーカウントだ。ただぶつかっただけ。


「すっ、鈴木!」


 何故こんなに心臓が鳴るのだ!


「な、何?」


 鈴木は声がひっくり返った。


「いや、あの、さ、さっきの……」

「あああああれはわざとじゃないから! たまたま、ホントにたまたまだから! キ、キ……」

「あ、ああ、分かっている、みなまで言うな! あれは事故! ノーカウントだ!」

「それはそれで傷つく……」

「うるさい! 無しったら無しなんだ! もう良いだろう!」


 無理矢理話を打ち切って鈴木に背を向けると、振り向いた先には同志達から好奇の目が。

 ……しまったー! ここが図書館だとすっかり失念していた……。


「良かったな。証人がこんなにいる。晴れて公認の仲というわけだ」


 この男、他人事だと思って……。何が可笑しいのか、腹を抱えて笑っている。どこまでも頭に来る奴だな。


「ぐえ……っ!」


 笑い声が不意に止んだかと思うと、蛙が踏みつぶされたような声がした。見ると、会長がロープで締め上げられている。


「な、何事だ?」


 その場にいた全員が注視していると、会長と我々の距離が離れつつあった。どうやらロープが引っ張られているらしい。当の会長はされるがまま。抵抗する様子もない。


「どうなっているのだ……?」


 会長の背後に動くものが見える。横に一歩ずれると、そこにいたのはひょっとすると子猫よりも小さな女生徒だった。


「今日のお迎えはずいぶん早いなぁ。まだロリで遊んでもいないというのに」


 ため息を吐きながら引きずられる会長。どことなく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 呆気にとられて見守っているうちに、ロープはすっかり巻き上げられた。


「……今日は明日の職員会議の打ち合わせするって言った」


 目の醒めるような美少女が、初めて言葉を発した。感情のこもらない、無機質な声。それが外見と相まって、彼女をフランス人形に感じさせる。


「もう会議が終わったのか? 全く、お前達は優秀すぎて困る。俺の予定も考えてくれ」

「……無駄な話しなければすぐ終わる」


 普段遊び歩いている会長の予定もへったくれもないと思うのだが。

 それにしても、彼女は何者なのだろう。生徒会の人間らしいことは分かるが……。


「紹介しよう、こいつは瑞穂。副会長という肩書きの、実質生徒会長だ」


 なるほど、彼女が生徒会のブレーンか。そしてこの変態のお守り役と。


「……会長、回収に来た。帰る」


 片言のような話し方で一方的に告げると、体躯に似合わぬ怪力で会長を引きずっていく。

 ……本当に人間か?


「後でまた来る。ロリ、膝枕の用意をしておけよ!」

「もう来ないでください!」


 高らかに笑いながら、会長(と副会長)は扉の向こうへ消えていった。


 ……何だか、今日はどっと疲れたな。まだ口元が痛い気がする。急にさっきのことを思い出して、私は一人勝手に焦ってしまった。

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