第2話-1 声が届かない国
職安の窓口の隅に、黒い水晶板が一枚、立てかけてある。
魔導通信盤。四か月前まで、この板に向かって話しかければ、国中のどの役所とも即座に話ができた。北部山地の砦とも、南部の穀倉地帯とも、西の港とも。
いまは、ただの黒い板だ。リーネはそれを、書類の重しに使っている。
「次の方、どうぞ」
午前の窓口を終えるころ、規則正しい足音が近づいてきた。
「復興支援課のオルト・ミュラーです。依頼に参りました。様式第七号、正副二部です」
「お疲れさまです」
今日の依頼票は、一枚ではなかった。分厚い束の一番上に、こう書かれている。
【依頼件名】中央・北部間の連絡手段の確保
【状況】魔導通信網の停止により、北部山地との連絡は伝令のみ。片道四日
【求める人材】未定(職安の判断に一任)
【復旧期限】受理日より三十日以内
「三十日、ですか」
「北部の峠は、三十日後には雪で閉ざされます。冬のあいだ、北部の各村に何が足りないのか、こちらは知る手段がありません。知ったときには、伝令が往復で八日かかっています」
オルトは束の残りを指で示した。
「こちらは、先月北部から届いた要請書です。薬が足りない、と書いてあります。届いた時点で、書かれてから五日が経っていました。物資を送り、到着したのはさらに五日後です」
「……間に合ったのですか」
「記録上は、間に合っています」
オルトは、それ以上何も言わなかった。言わなかったことのほうが、重く聞こえた。
「人材の種類は未定とありますが」
「はい。何を作れば連絡がつくのか、復興支援課には判断がつきません。ですので、そこから職安にお願いします」
「人材紹介の範囲を超えている気がしますが」
「前回、水道を作ったのは職安です」
反論の余地がなかった。腹立たしいほどに。私は受領印を押した。
オルトが去ると、隣の席でリーネが、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「行きましょう! 北部への道!」
「まだ何も言っていません」
「顔に書いてあります。『まず現地を見ないと、誰が要るかわからない』って」
……前回、私が言われたことだ。
私は小さく息をつき、出張申請の様式を取り出した。
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




