第1話-3 考古学者は地面に寝そべる
ロッカ村は、深い谷を見下ろす丘の上にあった。
石積みの家が四十軒ほど。家々の前には空の水瓶が並び、坂道の下からは、水桶を背負った住民が列をなして登ってくる。
角の生えた老人が、杖をつきながら一歩ずつ。その後ろを、桶を両手で抱えた小さな子どもが。
村の中央に、黒い石の塔が立っていた。魔導揚水塔。谷底の川から六十メートル上のこの丘まで、二百年間水を汲み上げてきた塔だ。
点検扉の奥には、大人の頭ほどの水晶核が据えられている。光は、ない。
「この核は、地下の『王脈』につながっていました」
魔力の源が失われれば、王脈につながった核は、すべて空になる。三か月前、崩れた玉座の間で、十分かけて聞かされた話だ。
話として聞くのと、光の消えた水晶を目の前にするのとでは、まるで違った。
……陛下が言っていたのは、これか。
「並の魔族で代わりをするなら、この塔ひとつに毎日三百人が要る計算です」
「村の人口より多いですね……。川から水車で汲み上げるのは?」
「この流れの緩さで、六十メートルは無理でしょう」
リーネは頷くと、それきり黙って歩き出した。塔ではなく、村の外へ。斜面を、谷を、尾根を、じっと見ながら。
一時間後、彼女は北の斜面で立ち止まった。
雑草に埋もれて、低い石の列が等高線をなぞるように延びている。内側はU字に削られ、ずっと同じ緩い傾きで、少しずつ下りながら村へ向かっていた。
「水路です。魔導紋様がひとつもない。塔ができる前、昔のロッカの人たちはこれで水を引いてたんです」
石の水路をたどって尾根を登る。途中で、私たちは足を止めた。
水路が、空中で途切れていた。
足もとは深い谷だった。深さは四十メートル、幅は六十メートルほど。対岸の崖に、同じ水路の続きが見える。谷底には、崩れ落ちた石のアーチの残骸が転がっていた。
「橋で渡してたんですね……全部、落ちてる」
そこからさらに尾根をまわり込んだ先、水路の始点には、石を組んだ四角い水槽があった。
中は、からからに乾いていた。
「湧き水が、なくなってる」
リーネは水槽の縁に膝をつき、周囲の斜面を見渡した。崩れた土砂の跡が、山肌に大きく残っている。
「昔の地滑りで、水の出口がふさがったんだと思います。水そのものは消えてない。地面の下で、行き場を変えただけ」
「どこに行ったか、わかりますか」
「……古代の方法を試してみます」
◇
翌朝、夜明け前。
霜の降りかけた斜面に、リーネは腹ばいで寝そべっていた。顎を地面につけ、目線を地表すれすれに這わせている。
「旧文明の、古代ローマっていう国の、ウィトルウィウスって建築家が書いてるんです。日の出の直前に、こうやって地面に伏せて見渡す。地下に水がある場所からは、湯気みたいな薄いもやが立ちのぼるから、そこを掘れって」
東の空が白み始める。
斜面のあちこちから、白いもやが細く立ちのぼった。
あちこちから。十か所以上から。
「……多すぎませんか」
「多すぎます……」
リーネは顔だけ上げて、悔しそうに唇を噛んだ。
「この斜面、全体が湿ってるんです。染み出した水がそこらじゅうにある。でも、本当に欲しいのは、その奥を太く流れてる本流です。それを外して掘ったら、ちょろちょろの染み水しか出ない。掘り直してる時間もありません」
彼女は起き上がり、膝の土を払った。
「ザインさん。必要なものがはっきりしました。二つです」
指を一本立てる。
「一つ。地面の下を流れる水を、地上から正確に追える人。染み出しているだけの水じゃなくて、流れている水を」
二本目。
「二つ。あの谷を渡す方法。四十メートルのアーチを二十日で積み直すのは、たぶん無理です。だから別のやり方を考えます。そっちは、今夜までに整理します」
私は、頭の中の台帳をめくった。
地下の水を感じ取れる者。水の精霊なら、何人か登録がある。だが彼らが感じるのは「水がある」ことだ。湿った斜面では、リーネのもやと同じ結果になるだろう。
欲しいのは、流れている水だけに反応する者。
「……心当たりが、一人います」
「水の精霊ですか?」
「いいえ」
私は少し考えてから、言葉を選んだ。
「流れる水を、この国で誰よりも嫌っている方です」
【史実メモ】ウィトルウィウスの水源探し
古代ローマの建築家ウィトルウィウスは、著書『建築について(建築十書)』で、日の出前に地面に伏せて見渡し、湿った蒸気が立ちのぼる場所を探すという水源の見つけ方を書き残しています。
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。
魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




