第1話-2 依頼票は淡々とやってくる
「三百十二番、ガーゴイルのグロムさんですね」
魔王が死んで、三か月。旧魔王軍兵舎跡の『ヴァイスグラート公共職業安定所』は、今朝も開庁と同時に満員だった。
オーク、リザードマン、ガーゴイル、スケルトン。かつて魔王軍として整列していた者たちが、番号札を握って順番を待っている。
人間の国では、吟遊詩人たちがこう歌っているらしい。──魔王は倒れ、世界は救われた。
めでたい話だ。その歌に、この待合室は出てこないが。
「希望職種は……『城門の上で侵入者を威嚇する仕事』」
「長年、それ一筋でやってきた」
「現在、その求人はゼロ件です。城を守る必要が、なくなりましたので」
石の肩が、目に見えて落ちた。
「ですが、北区の時計塔で、見張り兼保守係を募集しています。鳩よけも業務に含まれます」
「……鳩よけ」
「威嚇の経験が活かせますね」
ガーゴイルは紹介状を受け取って帰っていった。足取りは、来たときより少しだけ軽かった。
「ザインさーん! おはようございまーす!」
通用口の扉が勢いよく開き、分厚い古書を三冊抱えた人間の女性が転がり込んできた。
「旧王立書庫の地下で、すっごい写本を見つけちゃって! 千二百年前の灌漑記録なんですよ! しかもですね、この挿絵の水門が──」
「リーネさん。始業時刻は八時です」
「……はい」
リーネ・アルトハイム。人間の考古学者で、私の同僚だ。専門は『旧文明』。数千年前にこの大地で栄え、そして滅んだ人間たちの文明だという。
魔法も魔物も存在しなかった時代の都市が、私たちの足もとの地層に、いくつも眠っているらしい。
その遺跡を調べたい一心で、和平条約の人材交流枠に応募してきた。仕事は速い。ただ、遺跡の話になると、周りが見えなくなる。
鞄の外ポケットには、いつも、表紙の擦り切れた小さな本が一冊差してある。何の本なのかは、聞いたことがない。
私は、引き出しの胃薬の瓶に触れた。今日はまだ、飲まない。飲まないことにした。
◇
十時を回ったころ、窓口に影が差した。
灰色の制服に、きっちり分けた髪。眼鏡の奥の目は、今日も一切の感情を映していない。三か月前、私の求職票を「本日中に」処理した男だ。
「職業安定所御中。復興支援課のオルト・ミュラーです。人材紹介の依頼に参りました。様式第七号、正副二部です」
【依頼件名】ロッカ村 上水供給停止に伴う復旧工事
【状況】村内の魔導揚水塔が停止。住民約二百名、河川より手運びにて取水中
【復旧期限】受理日より二十日以内
「二十日」
「ロッカ村は標高が高く、二十日後には初霜が予想されます。凍った川辺の斜面で、高齢者や子どもが水桶を運ぶのは危険です。よって、二十日です」
「水が止まったのは、いつですか」
「魔王討伐の三日後です。以降、住民は谷底の川まで、片道三十分の坂を往復しています」
三か月。毎日。
書類を持つ手に、わずかに力が入った。
「ロッカ村……ああっ!」
隣の席のリーネが、がばっと顔を上げた。
「北部山地の、丘の上の村ですよね!? あの辺り、魔王時代より前の遺構がたくさんあるんです! 行きます!」
「リーネさん。遊びに行くのではありません」
「わかってます! 水を出しに行くんです! そのついでに遺跡を見るだけです!」
「ついでの比重が、本題を上回っています」
オルトが、眼鏡の位置を指で直した。
「工事費の上限は銀貨八百枚。追加予算の審査には、三十日かかります」
「期限より長いですね」
「はい。ですので、八百枚で収めてください」
それだけ言うと、オルトは一礼して去っていった。足音すら規則正しかった。
私は、求職者台帳の棚に目をやった。元魔王軍兵站局の水道係なら、何人か登録がある。
「ザインさん、まだ誰も呼ばないでください」
リーネが、珍しく真面目な声で言った。
「水が止まった理由も、現地の地形も、まだ何もわかってません。何を作るかが決まらないと、誰が要るかも決まらないです。……だから、まず現地へ! 遺跡もあるし!」
「最後の一言がなければ、満点でした」
それでも、彼女の言うことは正しい。私は台帳を閉じ、出張申請の様式を取り出した。
ロッカ村の坂道では、今朝も、小さな子どもが水桶を抱えて登っているはずだった。
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。
魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




