第4話-2 削られた足もと
結局、その日の交渉で決まったのは、ひとつだけだった。
「人間の考古学者なら、橋の調査に同行してもいい」
町長がそう言い、エミルが不承不承に頷いた。魔族である私とオズワルドは、川向こうの魔族側、ドルン村で待機。リーネだけが、人間側から橋に入る。
「すみません、ザインさん。私だけ」
「いいえ。今回は、あなたが入れることが何よりの武器です」
私は、手帳を一冊、リーネに渡した。
「見たものを、全部書いてきてください」
◇
その夕方、ドルン村の宿に戻ってきたリーネの手帳は、びっしりと埋まっていた。
「崩れたのは、五本ある橋脚のうち、真ん中の一本です。原因は、エミルさんの見立てと私の見立てで一致しました。洗掘です」
「洗掘」
「川の流れが、橋脚の足もとの砂や石を少しずつ削り取っていく現象です。足もとがえぐれると、橋脚は自分の重さを支えきれなくなって、傾いて、崩れる。旧文明の時代にも、橋が落ちる原因の上位だったそうです」
リーネは、手帳に描いた川の見取り図を広げた。
「問題は、なぜ今になって、です。この橋は四百年もってきた。それが、ここ五年で急に削られ始めた」
彼女の指が、橋の少し上流を指した。
「ここに、砂利と石の島ができてるんです。川の真ん中に。エミルさんが町の記録を調べてくれたら、五年前にはなかった」
「五年前……」
「はい。魔王軍が壊した東側の橋脚の残骸です。戦争のあと、壊れた橋脚は新しく積み直されたけど、崩れた石は川に残ったまま。それが洪水のたびに砂利を集めて、島になった」
リーネは、島から真ん中の橋脚へ、一本の矢印を引いた。
「島にぶつかった流れが、ねじ曲げられて、真ん中の橋脚の足もとを真正面から叩くようになった。五年かけて、少しずつ。……壊された橋脚は直っても、壊された時の石が、別の橋脚を壊したんです」
私は、黙ってその矢印を見つめた。
「エミルさんは、崩れた橋脚を積み直せばいいと考えてます。でも、それだけじゃ、流れはまた同じ場所を叩きます。何年かしたら、同じことが起きる」
「では、どうする」
「流れを変えます」
リーネは、手帳の次のページを開いた。丸太を三本、三角錐の形に組んだ絵。その中に、石を詰めた細長い籠が積まれている。
「聖牛っていいます。日本の戦国時代、甲斐っていう国で、暴れ川の流れを抑えるのに使われた構造物です。丸太を組んで、重しに石を詰めた籠を載せて、川の中に並べて沈める。水を完全には止めずに、流れの勢いを弱めたり、向きを少しずつ変えたりできるんです」
「石を詰めた籠は」
「蛇籠です。竹で編んだ筒に、石を詰めたもの。もっと古くは、紀元前の中国の都江堰っていう大きな水利施設でも使われてます。竹と石さえあれば作れるので、材料費はほとんどかかりません」
「エミル殿は、それを受け入れましたか」
リーネは、少し困ったように笑った。
「最初は、『魔族の側の技術者の話は聞かない』って言われました。私、人間なんですけど」
「……それで」
「聖牛の絵を見せたら、黙って三十分くらい見てました。それから、『重しの量の計算は、俺がやる』って」
リーネは、手帳を閉じた。
「あの人、腕は本物です。計算も測量も速い。ただ、魔族と話すときだけ、顔が石みたいになる」
◇
その夜、宿の一室で、私とリーネとオズワルドは、作業の段取りを詰めた。
川の上流側に聖牛を並べ、流れを島からそらす。崩れた橋脚の周りは、川の中に杭を二列打ち込み、間に粘土を詰めて水を締め切る。
締め切った内側の水は、グラウ鉱山から借りてくる水上輪で汲み出し、乾いた川底で基礎を積み直す。
「川の中に入る作業は、我々が引き受けましょう」
オズワルドが言った。
「我々は息をしません。冬の水の冷たさも、骨には響かない。……グラウで、水の仕事には慣れました」
「助かります。ただ、一つだけ、どうしてもわからないことがあります」
リーネが、見取り図の上流を指でなぞった。
「聖牛をどこに置くか、です。普段の流れなら、いまの川を見ればわかります。でも、橋脚を削るのは、普段の流れじゃなくて、洪水のときの流れなんです。大水のとき、この川がどこを走って、どこで渦を巻くのか。それは、何十年もこの川を見てきた人にしかわかりません」
「リンデンの町の記録には」
「エミルさんが調べてくれました。洪水の記録はあるけど、『町が浸かった』とか『畑が流された』とか、そういうことしか書いてない。川の中のことを書いた人は、いないんです」
そのとき、宿の主人が、夜食の皿を持って部屋に入ってきた。ドルン村の、年老いたゴブリンだった。
「川の中のことなら」と、主人は皿を置きながら言った。「グンナルじいさんに聞くといい」
「グンナル?」
「トロルだよ。あの橋の下に、三百年住んでた。洪水のたんびに、橋脚に引っかかった流木やら石やらを、一人でどけてくれてた。……戦の前までは、な」
主人は、窓の外の暗い川を見やった。
「いまは、下流の洞穴に一人で住んでる。あれ以来、誰とも口をきかん」
【史実メモ】洗掘・聖牛・蛇籠
川の流れが橋脚の足もとを削る「洗掘」は、橋が壊れる大きな原因の一つです。聖牛は、日本の河川工事で使われてきた、丸太を組んだ構造物です。竹の籠に石を詰めた蛇籠は、古代中国の都江堰でも使われました。
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




