第4話-1 橋の前の人垣
石橋のたもとに、人の壁ができていた。
鍬。鋤。物干し竿。手に手に何かを握った人間の町民が、五十人ほど。その全員が、まっすぐこちらを睨んでいる。
「帰れ」
人垣の真ん中に立つ若い男が言った。
歳は二十をいくつか過ぎたくらい。泥のついた作業着に、測量用の巻き尺を肩から下げている。顔立ちはまだ少年の名残があるのに、目だけが、ひどく冷たかった。
「魔族の役人が、この橋に何の用だ」
「職業安定所のザインです。復興支援課からの依頼で、橋の復旧に来ました」
「知ってる。名前も知ってる」
男は、一歩前に出た。
「ザイン・ヴェルフォード。元・魔王軍筆頭秘書。……魔王の、右腕だった男だろう」
背後で、リーネが息を呑んだ。隣のオズワルドが、外套のボタンに手をかけたまま、静かに動きを止める。
町民たちのあいだに、ざわめきが広がった。
「魔王の秘書だと」
「骨まで連れてきやがった」
「この橋を、また壊しに来たのか」
──また。
その一言が、妙に耳に残った。
◇
話は、三日前にさかのぼる。
「東部、ヴェルナ川の古橋の件です」
オルトが改めて窓口に置いた正式な依頼票は、いつもより一枚多かった。
【依頼件名】ヴェルナ川古橋 橋脚崩落に伴う復旧
【状況】人間側のリンデンの町と、魔族側のドルン村を結ぶ石橋の、中央の橋脚一基が崩落。通行不能
【求める人材】未定(職安の判断に一任)
【復旧期限】受理日より三十日以内
「三十日後には川が凍り始めます。凍った川は渡し船も使えません。リンデンは冬のあいだの薪と塩を、ドルン村は小麦を、互いに橋越しに取引しています。橋がなければ、両方が冬を越せません」
「もう一枚は」
「リンデンの町議会からの意見書です」
オルトは、二枚目を指でとんと叩いた。
「『魔族の作業員の立ち入りを、拒否する』。理由欄は空白です」
「空白、ですか」
「はい。書かなくてもわかるだろう、という意味だと思われます」
オルトは、珍しく少し間を置いた。
「なお、人間側からは、王都の国土局が技師を一名派遣しています。現地では、その技師と協力してください」
◇
そして、いま。
その技師が、目の前で巻き尺を握りしめていた。
「王都国土局、土木技師のエミル・ヴァイスだ。この橋の復旧は、俺が責任を持つ。魔族の手は借りない」
「人間の作業員だけで、三十日以内に橋脚を立て直せますか」
エミルの顎が、わずかにこわばった。
「……やってみせる」
「では、冬の川の、水の中の作業は」
答えは、返ってこなかった。
町民の後ろから、白髪の老人が杖をついて前に出た。町長だという。
「秘書殿。あんたの言うことは、理屈では正しいのかもしれん」
老人は、崩れた橋のほうを顎でしゃくった。
「だがな。五年前、この橋の橋脚を壊したのは、魔王軍だ。勇者様の軍の補給を断つためにな。おかげでリンデンは、その冬、まるごと孤立した。薬も届かなかった」
老人の声は、静かだった。静かな分だけ、重かった。
「その魔王軍の、一番偉い役人が、今度は橋を直しに来たと言う。……どう信じろというんだ」
私は、何も言えなかった。
五年前。東部の補給路。橋脚の破壊。
秘書時代、東部戦線の作戦命令は、何百通も処理した。そのうちのどれかが、この橋だったのだろう。
思い出せなかった。それが、何よりも胸に刺さった。
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




