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第3話-6 現場班

十九日目。最後の水上輪の班が、坑道の一番底の水を汲み上げた。


グラウ鉱山は、五か月ぶりに、底まで乾いた。


鉱夫たちが調べた最下層の坑木は、半分が腐っていた。だが、残りの半分は持ちこたえていた。腐った柱を入れ替えれば、銀はまだ掘れる。ブルーノはそう判断した。


残る問題は、黒い空気だった。


「水は抜けても、空気は抜けてません。生きてる人が最下層で働くには、新しい空気を送り込む仕組みが要ります」


リーネが鉱山事務所の机に広げたのは、木版画を写した一枚の図だった。巨大なふいごと、羽根車。それを回す、水車。


「十六世紀に、ドイツのアグリコラって人が書いた鉱山技術の本に載ってる送風機です。羽根車を回して、管を通して坑道の底へ空気を押し込む。当時は、馬や水車で回していました」


「水車を回す水が、どこにある」


ブルーノの問いに、リーネは窓の外を指さした。


谷の向こう、疎水道の出口から、骨たちが汲み上げた水が、勢いよく流れ出していた。


「あの水です。鉱山から抜いた水で水車を回して、その水車で、鉱山に空気を送るんです」


ブルーノは、しばらく黙って窓の外を見ていた。


「……水を抜けば、風が来る。そういうことか」


鍛冶屋と大工と桶屋が、三日で水車と送風機を組み上げた。管の先で、リーネが最下層の窪みに蝋燭を下ろした。


炎は、消えなかった。



◇



二十日目。期限の日。


グラウ鉱山は、操業を再開した。


六百人の鉱夫が坑道へ降りていく。その隣を、百二十の骨が、水上輪の持ち場へ降りていく。坑道の地下水は、これからも毎日湧き出してくる。水替えは、鉱山が続く限り、終わらない仕事だ。


鉱山との契約書には、こう書いた。


【職種】排水夫(水上輪操作) **人数** 百二十名 **雇用期間** 定めなし


町の子どもたちは、もう母親の陰に隠れなかった。三日目には、坂道を登る骨の列の後ろを、行進の真似をしてついて歩く子が現れた。


パン屋の奥さんが、骨たちに差し入れを持ってきたらしい。食べる口がないので、全員で丁重に断ったそうだ。奥さんは、なぜか少し泣いていたという。



◇



出発の朝、ブルーノが鉱山の入口まで見送りに来た。


「名簿、見つかったぞ」


彼は、黄ばんだ紙の写しをオズワルドに渡した。


「三百十年前の秋。最下層の水替え人足。黒い空気で死んだ者が、その年に三人。……その中の一人に、『オズ』って名前がある。家族の欄は空っぽだ」


オズワルドは、写しを受け取って、長いあいだ眼窩の光を落としていた。


「魔王軍で、骨の私に名前をつけた術師は、こう言っていました。『おまえの骨の手首に、誰かが刃物で刻んだ跡がある。読めるのは、OとZだけだ』と」


彼は、骨の手首を見た。そこには、本当に、かすれた二文字の刻み跡があった。


「鉱夫は、自分の名を道具や体に刻む習いがあったそうですな。坑道で死んでも、誰だかわかるように」


「……ああ。いまでもやる奴はいる」


ブルーノの声は、少しかすれていた。


「オズ、だ。あんたは、グラウの鉱夫だ。三百年遅れたが、名簿にはそう書いとく」


オズワルドは、鉱夫の札を胸に下げて、深く一礼した。今度は、軍人の礼ではなかった。



◇



中央に戻った翌日。


私は、オズワルドを職安の応接室に呼んだ。


「オズワルドさん。正式に、お願いしたいことがあります」


「何なりと」


「職安に、新しい部署を作ります。名前は『現場班』。復興の工事に、求職者を現場単位で送り出し、作業を指揮し、安全を管理する班です。その班長を、お願いしたい」


オズワルドの眼窩の光が、ゆっくりと瞬いた。


「私に、ですか。骨ですが」


「骨だから、です。黒い空気の中に入れる。夜通し現場に立てる。三百年、兵を率いてきた。そして、水替え人足の気持ちがわかる」


「……身に余る」


「新しい職種の設置には、様式第三十八号の申請と、三十日の審査が要るのですが」


応接室の扉が開いて、灰色の制服の男が入ってきた。


「復興支援課のオルト・ミュラーです。様式第三十八号、新規職種設置申請。グラウ鉱山の件の完了報告と同時に、審査を前倒しで済ませておきました。受理、承認済みです」


「……オルトさん、いつの間に」


「前例ができれば、次の審査は早くなります。業務の効率化です」


オルトは、いつものように表情を動かさずに、書類を机に置いた。それから、珍しく、オズワルドのほうを向いた。


「現場班長殿。今後、復興支援課からの依頼で、現場の安全に関する事項は、あなた宛てにお送りします。よろしくお願いします」


オズワルドは立ち上がり、骨の胸に手を当てた。


「承りました」



◇



その日から、職安の私の隣の机に、骨の班長が座ることになった。


朝、出勤すると、机の上に、湯気の立つ椀が置かれている。軍医直伝の、薬草茶だ。


「ザイン殿。本日の分です」


「……ありがとうございます」


「胃は、大事にせねばなりません。私は持っておりませんので、なおさらそう思います」


隣の席で、リーネが笑いをこらえている。


夕方。閉庁間際の窓口に、規則正しい足音が近づいてきた。紙の束が、どさりと置かれる。


「新規の依頼です。東部の霧の件、南部の温熱炉の件、それから、東部の石橋崩落の件。石橋の件については、地元の人間の町が、魔族の作業員の立ち入りに反対しています」


「……反対」


「はい。ですので、現場班長殿にもご同行いただきたく」


オズワルドが、外套のボタンを一つ、きゅっと留め直した。


「現場は、我々にお任せを」


「まずは現地です!」とリーネが立ち上がる。


私は受領印を押し、引き出しを開けた。胃薬の瓶の隣に、薬草の布袋が増えている。


人間たちは言う。魔王を倒して、世界は救われた、と。


けれど、魔王のいなくなったこの国には、名前を失ったまま働き続けている者たちが、まだ大勢いる。


その一人ひとりに、仕事と、名前を返すのが、私たちの仕事だ。


(第3話 了)




【史実メモ】アグリコラの送風機

ドイツの学者アグリコラが1556年に出版した鉱山技術書『デ・レ・メタリカ』には、ふいごや羽根車で坑内に空気を送る仕組みが、図とともに描かれています。



【この作品について】

作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。

ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。

「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。

たいてい、本当にあります。

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