第3話-4 回る筒
水上輪を作ったのは、グラウの桶屋たちだった。
「要するに、細長い桶だろ」
桶屋の親父は、リーネの図面を一目見てそう言った。
細長い板を何十枚も円く並べ、鉄の箍で締めて、筒にする。筒の中心に一本の芯棒を通し、その周りに、薄い板を螺旋状に巻きつけていく。
継ぎ目には松脂を詰めて水漏れを防ぐ。芯棒の上の端には、回すための把手。
長さは、大人の背丈の二倍ほど。
「これを斜めに置いて、下の端を水に浸けて回すと、螺旋の羽根と羽根の間に水が少しずつすくわれて、上へ上へと運ばれていきます」
リーネが、試作の一台を樽の水に浸けて、把手を回してみせた。数回転で、上の口から水がちょろちょろと流れ出した。
「おお」と桶屋たちが声を上げた。
「一台で持ち上がるのは、二メートル足らず。だから、坑道の斜面に棚を刻んで、水上輪を段々に並べます。一番下の水上輪が汲んだ水を、上の水槽に吐き出す。二番目の水上輪がそれを汲んで、さらに上へ。それを繰り返して、地下四十メートルの疎水道まで」
「何台要る」
「最初は十二台。水が下がるたびに、下に足していきます。最後は、三十台を超えます」
桶屋たちは顔を見合わせ、それから、黙って腕まくりをした。
◇
五日目の朝、最初の十二台が、坑道の斜面に据えつけられた。
一番下の水上輪の把手を握ったのは、オズワルドだった。
「第一班、配置につけ」
号令は、低く、短かった。四十の骨が、斜面の十二台に散っていく。一台につき三体。二体が把手を回し、一体が予備として控える。
「回せ。……一、二。一、二」
オズワルドが、規則正しく数を刻む。骨の腕が、一斉に把手を回し始めた。
ぎい、ぎい、と、木の軋む音が坑道に響く。
一番下の水上輪の上の口から、水が流れ出した。それを、二番目が汲む。三番目が汲む。水は、骨の手から骨の手へ、段々を登っていく。
一時間後、地下四十メートル。疎水道の入口に据えた最後の水槽から、水があふれ、暗いトンネルの奥へ流れ込んでいった。
疎水道の出口で待っていた鉱夫が、谷の向こうから松明を振った。水が、出た、という合図だった。
◇
水位の上昇は、その日のうちに止まった。
七日目、水位が下がり始めた。一日に、手のひら一枚分。
十日目、二台目の班と、三台目の班が加わった。下に新しい棚を刻み、水上輪を足す。一日に、膝の高さ。
骨たちは、休まなかった。三交代の当番が来るまで、一度も手を止めなかった。黒い空気の真ん中、水際の一番下の水上輪の前でも、骨の腕は同じ速さで回り続けた。
ただ一つだけ、困ったことがあった。
「大隊長、関節が……」
若いスケルトンが、肘の骨をぎしぎし鳴らして訴えた。坑道の湿気で、骨の継ぎ目が軋むのだ。
オズワルドは、外套の内側から小さな壺を取り出した。
「獣脂だ。継ぎ目に塗っておけ。……鉱夫が、つるはしの柄に塗るのと同じものだ」
「大隊長、なんでそんなこと知ってるんですか」
「……さて。なぜだろうな」
◇
十二日目。リーネは、オズワルドに呼ばれて坑道の斜面を降りた。
「リーネ殿。この水上輪の羽根ですが、角度をもう少し寝かせてはいかがでしょう。いまの角度だと、回すたびに上の羽根から水がこぼれて、下に落ちております。こぼれる分を減らせば、同じ数の回転で、一割ほど多く汲めるはずです」
リーネは、ぽかんと口を開けた。
「……それ、図面を描いたとき、私も迷ったところです。どうしてわかったんですか」
「回していると、手に伝わるのです。水の重さが。羽根が水を取りこぼす瞬間が」
骨の手を、オズワルドはじっと見下ろした。
「不思議なものですな。この手には、もう肉も皮もないのに。まるで、ずっと昔に、同じものを回していたことがあるような気がするのです」
桶屋たちが、羽根の角度を直した新しい水上輪を作った。水位の下がる速さが、目に見えて上がった。
十五日目。水位は、地下九十メートルまで下がった。坑道の一番底まで、あと十メートル。
主坑道の入口で腕を組んで立っていたブルーノが、その報告を聞いて、低くうなった。
「……骨のくせに、やるじゃねえか」
それは、彼なりの、最初の褒め言葉だった。
【史実メモ】水上輪
水上輪は、江戸時代の佐渡金山で使われた揚水機で、筒の中の螺旋を回して水を汲み上げます。原理は、古代ギリシャのアルキメデスの名で知られる「アルキメデスのねじ」と同じです。佐渡では、坑内の水を汲み出す「水替え」は非常に過酷な仕事でした。
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




