第3話-3 骨の大隊長
中央都市の東の外れに、旧魔王軍の第七兵舎がある。
兵舎としての役目は、五か月前に終わった。それでも、ここには千二百の骨が暮らしている。ほかに行く場所がないからだ。
門をくぐると、中庭で、スケルトンたちが整列していた。誰に命じられたわけでもなく、毎朝、そうしているのだという。
「職業安定所の方ですな。お待ちしておりました」
列の前から、一体のスケルトンが歩み出た。
古びた将校の外套を、骨の肩にきちんと掛けている。外套にはほつれ一つなく、ボタンはすべて磨かれていた。眼窩の奥に、小さな青い光が二つ灯っている。
「元魔王軍第七骸骨歩兵大隊長、オズワルドと申します」
彼は胸に骨の手を当てて、深々と一礼した。かしゃり、と乾いた音がした。
「職安のザインです。お手紙を差し上げた件で」
「拝読いたしました。鉱山の水替えと。……ありがたい。本当に、ありがたい」
オズワルドの声は、どこから出ているのかわからなかったが、穏やかで、聞き取りやすかった。
「一つ、確認させてください」と私は言った。「皆さんは、魔王陛下の魔力で動いていたわけではないのですね」
「左様です。我々を呼び起こしたのは陛下の術でしたが、いま骨を動かしているのは、我々自身の魂です。陛下が亡くなられた夜、我々は皆、崩れ落ちるものと覚悟しておりました。ところが、朝になっても立っていた」
オズワルドは、中庭に並ぶ部下たちを振り返った。
「立っていた以上、何かをせねばならん。ところが、何をすればよいかわからない。それで、毎朝こうして並んでおります。……みっともない話です」
「いいえ」
私は鞄から、リーネの描いた水上輪の図面を取り出した。
「仕事の内容を説明します。地下六十メートル。酸素の薄い空気の中で、この揚水機を、交代で、昼夜を問わず回していただきます。生きている者は、その場所では倒れます」
オズワルドは図面を受け取り、眼窩の光を細めるようにして眺めた。
「……水上輪、ですか。筒の中に螺旋の羽根。斜めに据えて、下の端を水に浸ける」
「ご存じなのですか」
「いえ。……いえ、なぜでしょうな。どこかで、見たような気がいたします」
彼は首を振って、図面を丁寧に畳んだ。
「必要な人数は」
「まず百二十名。三交代で、一度に四十名が下にいる計算です」
「承知しました。腕の確かな者を選びます。……ところで、ザイン殿」
「はい」
「顔色が優れませんな。胃ですか」
「……よくわかりましたね」
「三百年、兵を見てきましたので。私には胃がないもので、胃の痛みというものを忘れて久しいのですが」
オズワルドは、骨の指で外套の内側から小さな布袋を取り出した。
「戦場の軍医から教わった薬草です。煎じて飲むと、よく効くそうです。私には飲む口がありませんので、どうぞ」
私は、布袋を受け取った。千二百人の骨の大隊長から、胃薬をもらう日が来るとは思わなかった。顔には出していないはずなのだが。
◇
三日後、百二十の骨が、グラウの町に到着した。
町は、静まり返った。
通りの窓という窓が閉まり、子どもたちは母親のスカートの陰に隠れ、犬が遠くで吠え続けた。列を組んで坂を登る骨の行進は、たしかに、昼間に見ても心臓に悪い光景だった。
鉱山の入口に、ブルーノが立ちはだかった。後ろには、鉱夫たちが腕を組んで並んでいる。
「冗談じゃねえ」
ブルーノは、オズワルドを睨みつけた。
「坑道に死人を入れるな。鉱夫の掟だ。坑道は、死人を呼ぶ。骨を中に入れたら、今度は生きてる鉱夫が引きずり込まれる」
後ろの鉱夫たちが、そうだ、と声を揃えた。
「それに、だ。骨の連中に水替えをさせたら、次は掘るのも骨の連中か? 疲れねえ、飯も食わねえ、給金も安い。俺たちの仕事は、どうなる」
私は、一歩前に出た。
「ブルーノさん。スケルトンの皆さんに頼むのは、水替えだけです。水が抜けたら、銀を掘るのは、皆さんです。その契約書も、ここに用意してあります」
「紙切れ一枚で、信じろってのか」
「職安は、仕事を奪うための場所ではありません」
ブルーノは、私と、契約書と、骨の列を、長いあいだ見比べていた。
「……水際までだ」
やがて、彼は吐き捨てるように言った。
「骨の連中が入っていいのは、主坑道より下、水際までだ。主坑道から上には、一歩も上がるな。俺たちの坑道に、骨の足跡はつけさせねえ」
オズワルドは、黙って一礼した。
「承知しました、鉱夫頭殿。水際は、我々の持ち場といたします」
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




