第3話-1 紹介実績ゼロの千二百人
職安の求職者台帳には、私が「赤い棚」と呼んでいる一角がある。
紹介実績ゼロの求職者の票が、まとめて綴じてある棚だ。ロッカ村の件でリディアの票を見つけたのも、ここだった。
その赤い棚の、一番下の段。一番厚いファイル。
【元魔王軍 骸骨歩兵隊 登録者 千二百十四名】
【紹介実績 零件】
「スケルトンの皆さん、ですよね」
リーネが、ファイルの厚みに目を丸くした。
「魔王軍の歩兵の、三分の一がスケルトンでした。戦がなくなって、全員が職を失った。そして、どこも雇いません」
「どうしてですか? 疲れないし、力もあるし、文句も言わないって聞きますけど」
「怖いからです」
私は、ファイルの一枚目をめくった。紹介先の欄に、断りの理由が並んでいる。
『客が逃げる』『縁起が悪い』『子どもが泣く』『夜中に見ると心臓に悪い』。
「先週、パン屋の夜間の粉挽きに一名紹介しました。勤務初日、早朝に出勤してきた奥さんが悲鳴を上げて、粉袋を三つ破りました。翌日、丁重にお断りの手紙が来ました」
「……粉袋」
「千二百人。全員、働く意思があります。働く場所がありません」
そのとき、窓口に規則正しい足音が近づいてきた。
「復興支援課のオルト・ミュラーです。依頼に参りました。様式第七号、正副二部です」
【依頼件名】グラウ鉱山 排水設備の停止に伴う坑道水没への対応
【状況】魔導排水ポンプの出力が落ち続け、先週、完全に停止。坑内の水位が一日一メートルずつ上昇中
【求める人材】未定(職安の判断に一任)
【復旧期限】受理日より二十日以内
「グラウ鉱山……西部の銀山ですね」
「はい。この国の銀貨の、四割はあそこの銀です」とオルトは言った。「水位があと二十メートル上がると、主坑道に水が入ります。主坑道の支保材、つまり坑道を支えている木の柱は、水に浸かると数か月で腐ります。そうなれば坑道は崩れ、鉱山は閉山です」
「あと二十メートル。一日一メートル」
「はい。ですので、期限は二十日です」
東部の霧の件は、冬の終わりまで待てる。鉱山は、二十日で沈む。順番は、考えるまでもなかった。
オルトは、もう一枚、紙を差し出した。
「参考資料です。グラウの町の人口は約三千。うち鉱山で働く者が六百。オーガやゴブリンなど、魔族の鉱夫がほとんどです。家族を含めれば、町のほぼ全員が鉱山で食べています」
閉山すれば、六百人の失業。家族を含めて三千人の生活。
私は、手もとの赤いファイルと、オルトの依頼票を、交互に見た。千二百人の仕事がない者たち。六百人の仕事を失いかけている者たち。
どちらも、私の仕事だ。
「リーネさん」
「はい! 現地ですね!」
「……せめて、最後まで言わせてください」
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




