第2話-3 三方向は見られない
職安に戻った翌朝、待合室の掲示板に一枚の求人票が貼り出された。
【職種】腕木通信・中継所操作員 **募集人数** 三十六名
【業務内容】塔の上で隣の中継所を望遠鏡で監視し、腕木の形を写して次へ送る
【求める適性】高所に強いこと。長時間、集中して待機できること
【歓迎】元見張り兵、元信号兵
昼までに、応募は百を超えた。
魔王軍には、見張り兵が山ほどいた。城壁の上、砦の物見櫓、国境の監視塔。戦がなくなって真っ先に職を失い、それでいて「見張り以外にできることがない」と台帳に書いてきた者たちだ。
「適性検査をします」とリーネが言った。「三キロ先の旗の色が、一時間に何回変わったか数えてもらいます」
リザードマンの元哨兵が全問正解した。ハーピーの元伝令兵は、旗より途中を飛ぶ鳥を数えてしまって落ちた。
夜目の利くワーウルフの元斥候は、日中の検査で眠そうにしていたが、それでも九割を当てた。
三十六名が決まるまで、三日かかった。
そのあいだ、私は毎晩、暗号帳を作った。
腕木の形は、全部で九十二通りを使う。そのうち、数字と文字に三十あまり。残りを、物資の名前、病名、天候、地名、それに「至急」「再送せよ」「受信確認」といった運用の言葉に割り当てる。
薬、毛布、小麦、塩、薪。熱病、凍傷、雪崩、橋の崩落。十二の村の名前。
北部の冬に、送られてくる可能性のある言葉を、すべて。
四日目の朝、リーネが机に突っ伏した私を見て言った。
「ザインさん、寝てないですよね」
「暗号帳はできました。胃薬は二錠に増えました」
◇
十二の烽火台は、北部の大工たちの手で次々に修理され、屋上に腕木が取りつけられていった。
そして、もう一つ。リーネの計画には、中央の中継所があった。
「北部から届いた知らせを、中央の役所に届けるだけじゃ足りないんです。薬は南の薬草園から、小麦は南部の穀倉地帯から、毛布は西の港の倉庫から送ることになります。だから中央に、北と南と西、三本の線が集まる塔が要ります」
候補地は、すぐに決まった。ヴァイスグラートで一番高い建物。北区の時計塔だ。
「……また、お会いしましたな」
時計塔の頂で、ガーゴイルのグロムが、ぎしりと頭を下げた。ひと月前、私が紹介した見張り兼保守係だ。
「鳩よけは、順調ですか」
「鳩は来なくなった。代わりに、鐘の点検しかやることがない」
グロムを中心に、腕のいい操作員を三人。それが中央中継所の布陣だった。
二十二日目。初めての試験送信の日。
北の線、南の線、西の線。三方向の中継所に、それぞれ別の試験文を同時に送らせた。実際の冬には、こういうことが当然起こるからだ。
結果は、惨憺たるものだった。
北を見ていた操作員が、横から南の線の形の変化を告げられて振り向く。その一瞬に、北の腕木が次の形に変わる。見落とす。「再送せよ」を送る。そのあいだに、西が止まって待ちくたびれる。
三時間後、中央に届いた試験文はこうなっていた。
ロスタ村 熱病の羊 十二頭 薬 二十箱 至急
「……羊」
「元の文は『熱病の患者』です」とリーネが青ざめた顔で言った。「患者と羊、形が一か所しか違わないんです」
グロムが、石の頭を深々と下げた。
「面目ない。一方向なら、何時間でも見ていられる。だが、三方向は無理だ。目が二つしかない」
誰のせいでもなかった。人の目は、前しか見えない。
「操作員を三倍に増やしたら?」
「塔の上に、そんなに人は並べません。それに、人が増えるほど、声をかけ合う手間で遅れます」
リーネは、時計塔の手すりに両手をついて、三方向の地平線を順に見た。北。南。西。
「必要なのは、一人なんです。三方向を同時に、何時間でも、見落とさずに見ていられる人」
それから、自分で言って、自分で首を振った。
「……そんな人、いるわけないですよね」
私は、手すりの向こうの北の空を見ていた。
魔王城の正門。その上に、昼も夜も立っていた、巨大な影。城の前後左右、すべての方角を同時に見張り、三百年間、ただの一度も侵入者を見逃さなかった者。
「……います」
「え」
「目が、百ある方なら」
【この作品について】
作中でリーネが紹介する「旧文明の技術」は、実在した技術がもとになっています。魔物たちの性質は、世界各地の神話や伝承から取っています。
ただし、規模や期間、細かな仕組みは、物語に合わせて脚色しています。
「本当にあったの?」と気になったら、ぜひ調べてみてください。
たいてい、本当にあります。




