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008

 コリンとジャックは自らに認識阻害の魔法をかけて、薄暗い路地裏を歩いていた。

 路地裏では、怪しい占いや様々な毒を扱っている店が立ち並んでいる。

 路地裏に居る人間たちも柄の悪い者たちばかりだ。


「やっぱり人間は弱いなぁ……。あの武器なんて指先を少し近づけただけで壊れちゃうよ。」


 コリンは、すれ違う人間を観察し、測っていた。


「コリンクン、ボクタチハ、ニンゲンヲケシサルタメニ、ココニキタノデハナイヨ。」


 ジャックは音の外れた声でコリンに向かって言う。

 だが、そんなジャックもコリンと同様、すれ違う人間のことは石ころのようにしか見ていなかった。


 後ろから真っ黒な布を羽織った人物が歩いてきた。

 コリンとジャックに気づいているような素振りは一切無い。


 その人物は周囲には目もくれずに真っ直ぐ歩いている。

 俯いているのか、顔を見ることは出来ない。何処かやつれているように見えた。


 俯いていた人物が、二人の足元で止まった。

 

「……連れて行くなら連れて行ってくれ……。誰だかは知らないが、きっと……居るはずなのだから……。」


 周囲から見れば、気味の悪い独り言を言う変な人物にしか見えない。

 だが、コリンとジャックにはその言っている意味が分かった。


 この、真っ黒な布を羽織り、どこかやつれたように見える人物こそが自分たちが探していたハデスなのだと……。


 気づいてからは早かった。

 ジャックは手にしていたカンテラを揺らす。

 すると、カンテラから黒っぽい煙が立ち昇った。


 その煙も、周囲から見れば何も無いようにしか見えない。

 見えるのは、不気味な独り言を言っている人物だけだ。


 カンテラから立ち昇った黒い煙は、ハデスを包み込む。

 その瞬間、ハデスは路地裏から姿を消した。


 だが、それは周囲から見た事実であって、正確にはカンテラの中に広がるハロウィンの監獄という世界に連れて行かれただけだ。

 


 ◇◆◇



 ハデスは薄暗い路地裏を歩いている。

 遥か昔神だった者が、今こうやって路地裏を歩いている姿は、滑稽としか言いようがない。


 真っ黒な布を羽織り、俯いて歩く姿は、とても神だった者とは思えないだろう。

 事実、周囲の柄の悪い者たちは獲物を狙うような目でハデスを見ていた。


 ハデスは今すぐにでも襲いかかってきそうな周囲の者たちに見向きすることはなかった。

 だれに攻撃されようが、空腹になろうが、怪我をしようが、痛むこともないし、死ぬこともないことを知っているからだ。


 ハデスは知っている。

 自身に呪いがかけられていて、簡単に死ぬことは出来ないことを。


 既に、呪いがかけられてから何十億年も経てば、その効果に気づくのは当たり前だろう。

 神としての力を奪われた今の彼に出来ることと言ったら、ただ復讐や死を願うだけ。


 ハデスに、愛する人が居ない世界で幸せに生きるという選択肢などなかった。

 冷え切った指先で真っ黒な布を握りしめ、二度と戻らない温もりを願い、呪う。それだけが、彼に残された唯一の生存証明だった。


 死を願えば願うほど、愛する人の最後を思い出す。

 ハデスにはとても耐えられるような事ではなかった。

 

 永遠を生きる神として、死から少し遠ざかったような暮らしをしていたのだ。

 自らが冥界の王だったとしても、死を経験したことはない。

 

 ハデスが王座を奪われ、神としての力を失った理由は大いに単純だった。

 神戦争という名の革命で負けたからだ。


 今までの神たちの殆どがその座を追われ、力を剥奪された。

 ハデスは神たちの中でも、一際残酷な罪を受けた。


 それは、愛する人には会えず、死ぬことは出来ない。たった一人、孤独を味わうという罪だった。

 ハデスは、何故これほどの革命が起こってしまったのかを思い出そうとした。

 だが、記憶は朧げで思い出すことは出来ない。


 いつの日か、何も食べなくなり、その身体と精神は共にやつれていった。

 だが、そんな生にも今日、終わりが見えた。


 姿形は見えないのに、懐かしい雰囲気を感じたから。

 気づいたら口が動いていた。


「……連れて行くなら連れて行ってくれ……。誰だかは知らないが、きっと……居るはずなのだから……。」


 「連れて行ってくれ」といった直後、視界が黒い煙に覆われた。

 煙から久しぶりに感じる闇の冷たさに、ハデスは安堵しながら意識を失った。


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