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004

 ローワンは黒い二本の剣が描かれているのを見て、険しい顔をした。

 黒い二本の剣は、まるで生きているかのようにどろりと濁った魔力を放っている。


「……情報が変わった。危険だ。アザルト、今回は手を引け。」


 アザルトの瞳が、僅かに揺れた。

 数十億年の付き合いでの中で、ローワンがこれほど明確に警告を口にしたことはない。


「それは何を意味するの?それほどまでに危険?」


「危険だな。今回の件は本当に手を引け。何十億年も前のことが関係している。」


 ローワンが牌に描かれた剣を指でなぞると、店内の空間が一瞬だけ歪んだ。


「これは呪いだ。……全ての情報を司ると言っている僕が読み取れないんだ。僕らよりも前からいる悪魔や神じゃないと知らないことだということ。僕らが手を出してはいけない。」


 ローワンは卓の上の『一萬』の牌を弾き、カランッと音を立てて『一萬』の牌は裏を向く。

 裏には一冊の本が描かれていた。


「僕達よりも前からいる悪魔や神は、――と――、――とラファエル様しかいないよ。ここまで言うのだったら僕は手を出さない。その変わり、報告はしないといけないから……なんて言えば伝わる?」


 アザルトは考える素振りを見せてから、ローワンの方を向いて言った。

 先程までの冷徹さは消え、その瞳は先を視ていた。


「――止まっていた歯車が動き出した、と言えば伝わるはずだ。」


 ローワンがそう言うと、アザルトは指を鳴らして消えた。

 悪魔や神がよく使う転移魔法だ。

 静かになった店内で、ローワンは本が描かれた牌を見て言った。


「長らく止まっていた魔界の歯車が動き出した……。これから、様々なことがおこる。面倒なことも。」


 

 ◇◆◇


 

 魔帝国では、魔族が笑って暮らしている。

 月は柔らかいシャンパンゴールド(黄金色)に変わり、淡い水色だった街灯やランタン、提灯などは黄色や薄いオレンジ色に変化して街全体が菜の花霞のように温かく照らされている。


 これを黄金の刻(おうごんのとき)と呼び、魔族は各々自由に過ごす。

 学校に行く者もいれば、買い物に行く者だっている。

 

 もしもここにこの国を知らない者が紛れ込めば、あまりの眩しさに気後れしてしまうことだろう。

 露店でりんごを品定めする主婦も、ガラスのような細工菓子を売る老人も、無邪気に走り回る子供たちも、一様に目を奪われるほど容姿端麗なのだから。

 整いすぎた相貌を崩して笑い合う魔族たちの日常こそが、魔帝国最大の贅沢なのかもしれない。


「母様!母様!あの飴、ガラスみたいに綺麗!黄金の刻の色をしてるよ!」


 角の生えた少女が母親の裾を引きながら、光り輝く細工菓子を指さしている。


「本当ね。今日の黄金の刻はいつにも増して輝いているわ。」


 母親が屈み込み、細い指先で少女の髪を整える。その横顔は、道行く者が思わず足を止めるほど美しく、慈愛に満ちていた。


 角の生えた少女は透き通るガラスのような飴細工を買ってもらうと、母親と一緒に手を繋いで歩いて行く。


 少女の掲げた飴が、空の月と同じ色を反射してキラキラと輝いていた。

 魔族たちの笑い声、甘い菓子の香り、そして柔らかで温かい光。

 黄金の刻は今日もただただ、優しく街を包みこんでいる。

 

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