狂犬チワワ -009 もはや芸
あたしは生活指導室に連れてかれて担任の喜田川先生から事情を訊かれた。
文斗は別室で、面接係は三組の担任、壬生先生だ。
「じゃあお前は自分の机がいたずらされたと思って暴れたっていうんだな」
「はい、頭きたんで机蹴っ飛ばして、したら何とかいう男子に当たって」
「佐々木か」
「ああ、そうです、その佐々木ってトロいのが避けそこなって痛えとか言ってんのは聞こえたんですけど」
「あのなぁ、トロいっていうかお前、蹴っとばしただけじゃないだろ」
「あの、んと、机を、その、持ち上げてぶん投げて」
はぁ~、と盛大にため息を吐いた喜田川先生は、
「お前、自分が置かれてる状況わかってんのか? 留年生で問題起こしたら一発除籍だっておかしくないんだぞ。学校が許したって、うちは私立なんだから父兄からクレームが入ったら無視できないんだから」
ウザ。
進学校気取ってんじゃねえよ。ここ二年ですっかり荒れちゃってるじゃんか。その原因である豊村のグループをなんとかすんのが学校の責任だろ。
……ていう正論をぶちかませる状況じゃないんで、あたしは下向いてテーブルの縁を指でなぞりながらおとなしく説教を聞いてた。
女子を殴ったことは伏せた。
言えるわけない。
文斗も言わないはずだ。
二組の連中も。真夏があれだけ周到に証拠を隠したってことは箝口令も敷いてる。あれってもしかしたら、あたしを退学にさせないって意味があるかも。身近においてねちねち攻撃しようって魂胆。
「神瀬は成績いいんだから、あとは出席と素行だけ。簡単なことだろう。あとお前、男女交際なんてしてる場合じゃないぞ」
男女交際って、ええ? これって死語じゃないの? ああでも、そんなこと考えてる場合じゃないか。
「しかもよりにもよって橘」
見た目から危ないヤツに見えるのは確かだけどそこは先生なんだからちゃんと見てくれないと。てかあたしが言っとこう。
「文斗はマジのヤバイことは絶対にやんないんで、それだけは大丈夫です。顔は前科十犯くらいですけど」
喜田川先生がニヤって笑った。
顔で笑いが取れるって文斗、もはや芸だぞ。
「橘はほんとに手ぇ出してないんだな。佐々木からも訊くから嘘言ってもバレるぞ」
出すわけがない。文斗はアマチュアでもインターハイレベルのボクサーなんで拳が凶器認定されてる。ストリートじゃ使えないって自分でも言ってた。
「ほんとです。文斗はあたしが暴れるといけないんで教室まで一緒にきてくれただけで……、それなんで、あたしを止めるためにきてた文斗が自分から手なんて、出すわけがありません」
「残念ながら止められなかったけどな」
「すいません」
「しかしどうしてお前はそうカッカしちまうんだよ。内申書見たけど二年までは優等生だったじゃないか。クラス委員もやってたし、合唱コンクールはリーダーやったんだってな。成績は学年で十番以下に落ちたことないし、英語は英検二級だ。二年で合格してんのお前だけだぞ。
留年になったのは出席日数と、あと期末試験と、そのまた追試まで放棄するっていう暴挙。これじゃ留年したいって言ってるようなもんだな」
「すいません。追試の日、忘れてたんで」
「ほんとかよ」
喜田川先生は三年になってからの担任だから優等生だったときの内申が信じられないんだろう。自分だって、なんだか遠い昔のような気がすんだから、ほんと、聞いてても自分のことじゃないみたいだもん。
「神瀬、おまえ心療内科を受診してみる気ないか。アンガーマネジメントって意外に効果あるらしいぞ」
「大丈夫です。わかってやってることなんで」
本当のことだ。
最初は、豊村に告白した自分のバカさ加減に愛想が尽きたからだ。でも真似ごとでもなんでも、始めちゃったら敵ができる。
……そうなったら止めるわけにいかない。
戦争と一緒だ。
始めるのは簡単。でも止めるのが難しい。こっちが勝手に降りたらいやがらせ攻撃に勢いがつくし、SNSにあることないこと晒されて裏では身体的な攻撃もされる。よその学校じゃ日常らしいけど、うちの学校もついに標準化されつつある。
半グレっぽいイキった感じってさ、始めてすぐはちょっと気持ちいいんだ。でもこれ、麻薬だね。続けると人間廃業のリスクがあって止めるには覚悟と、それと苦痛が伴うってとこ、そっくりだよ。
「まあ、新学期から登校をちゃんと続けてるところは評価できるんだが、どうなんだ、やっぱり去年まで下級生だった生徒と一緒に勉強するのは辛いか」
「まあ……、楽しくは、ないです」
向こうが受け入れてくれないんで、て言おうとしたら不覚にも涙が出そうんなった。
でも泣けない。
恥ずかしいんじゃない。
喜多川先生に見られたらぜったいホームルームのテーマにされる……、したら敗北宣言じゃん。もっと立場が悪くなる。
あたしは頑張って涙を押し戻した。てか何で涙なんて出るんだろ、こんなときにさぁ。
「ああ、あの、先生」
「なんだ」
「保健室行っていいすか」
「なんだ、机蹴って足でも痛めたか」
先生、そのジョークおもしろくないんですけど。
「気分悪いっつうか、今みんなの顔見たら何言っちゃうかわかんないんで」
「……まあ、そう、だろうな。じゃあ、今日は保健室で自習にするか。でもお前の場合三年の勉強はもう終わってんだよなぁ……。ま、いいか。ひと眠りして落ち着くのも」
「すいません」
「そこは謝るとこじゃないぞ」
「すいません」
喜田川先生は「ふっ」て笑ったあと、PHSで保健室に内線を掛け、「申し訳ないんですが、今から問題児をひとり隔離してほしいんですけど」って保険の先生に連絡を入れた。
喜田川先生はしばらく「いやぁすいません」「そういうわけじゃ」「とんでもない」と謝罪と言い訳を繰り返してたからたぶん『保健室は留置所じゃない』とか『悪いのは具合じゃなくて都合なんでしょ?』なんて言われてんだろうな。
保険の成瀬茉莉先生って口は悪いけどあたしみたいな訳あり生徒にも寄り添ってくれるんで好きなんだ。
よし、いったん保健室に避難して、今日は疾病扱いで帰宅させてもらおう。したら明日休むっつっても理由いらないし。
文斗はどうなっただろ……。
お咎めなしであってほしい。




