狂犬チワワ -007 最後はきっとパパが……
「教室まで一緒に行くよ」
「いい」
文斗とはクラスが違う。
それよりもひとりになりたかった。どうしてって、いろんな闇が頭んなかでこんがらかってて誰とも話したくない気分だから。
ヤなんだよほんとは学校なんて。
学校ってどうしたって現実だし現実つながりでほかの闇も連れてくるし、クソ親父とか、クソ親父とか、クソ親父とか……。
「だって豊村の野郎へんなこと言ってたぞ」
「いい、だいたいなに仕掛けられてっか分かるから、その代わり」
持ってたスクバを下に落とした。なかにはチョコクッキーくらいしか入ってないからふぁさって軽い音がして形が崩れた。
「殴らして」
頭のなかがもやもやしてる。
教室に入る前に文斗で発散しておかなきゃ自分が壊れちゃいそうだ。そしたらきっと、誰かを殴っちゃう。
「ローブロー禁止な、ぜったいだぞ」
同じ手は二度も使わない。
あたしは文斗の腹の辺りをじっと見つめたまま顔の真ん中を狙っていきなりストレートを放った。
文斗はひょいっと軽くパンチを躱す。
「やるねえ亜矢、でも俺にいきなりストレートは」
無理だよ、ていう前にボディーに一発。ばすっと音がしていい手応え。しゃべってるうちなら腹筋は緩んでると思ったのにさすがはボクサー、防御態勢はばっちりか。
あ、文斗のヤツ、ウインクしてやがる。
ちきしょう!
あたしは続けざまに腹を殴った。
五発、六発。
浮気なんてするわけないよ。
あのクソ親父が、そんなことするわけないじゃん。
八発、九発。
そんなに辛かったら会社辞めろよ。
苦しいくせにへらへら笑うな!
十発、十一発。鼻の奥がつんとなった。
バカやろう!
人生うまくいかないことだってあんだよ!
十二発、十三発。
なんかあるんならあたしに言えよ!
ひとりで落ち込んでんじゃねえよ!
いつの間にかひいひい泣いていた。
殴るたんびに涙が横に流れた。
十九発。
二十発、二十一発……。
ほとんど空振りに近い猫パンチになったところで文斗に抱き止められた。
心の苦しさも肺の息苦しさも腕の痛みも、文斗の胸に全部吸い込まれてく。普段の倍くらいに速くなった呼吸が少しずつ整ってく。文斗の胸には神懸かり的な鎮静力があるらしい。
眠ってしまいそうな安心感に包まれて、立ったまま夢を見た。
あたしはどっかの駅のホームにいた。で、誰かと喧嘩してる……、てか違うな、そんなんじゃない。そんなレベルじゃなくってあたしは半殺しにされてる。誰かに羽交い絞めにされて誰かにお腹を蹴られてる。何度も、何度も。もうへろへろで息をするのも苦しい。
でもきっと。
最後はきっと、パパが助けてくれる。
ああでもだめだ、クソ親父にはもうそんなパワーなんてないんだった。無理だ。あたしはきっと、こうやって大勢の誰かに蹴られて死ぬんだ……。
ふうっと意識が途切れそうになってカクンってなった。
「亜矢!」
「あ、ごめん」
「お前いま寝てなかったか」
「寝てない。寝るわけないじゃん、バッカじゃないの」
そう反論して文斗の胸から離れたら黒のロゴTからつうっと鼻水が糸を引いた。
「あ、お前これ、今日降ろしたばっかなんだぞ!」
「ごめん」
こういうときは笑ってごまかすしかない。
レースで縁取られた白いハンカチなんていうお嬢様アイテムはもう全部捨てたから制服のポケットにはスマホ屋さんの広告ティッシュしか入ってない。そっから一枚引き出してごしごしやったら余計に広がった。
「いい、もういいから」
「水で濡らしたら消えるかもしんない」
「頼む、頼むからもうそのままにしてくれ」
文斗が必死に頼むのでそのままで勘弁してあげた。
「教室、一緒に行くよ」
「いいよ、だいたいわかってっから」
「なに」
「一昨日は机に遺影が置いてあった」
「悪質じゃんか、それ」
「かわいいもんだろ」
「どうすんだそれ、今日もあったら」
「どうするもこうするも、ご丁寧に黒い額縁に入ってんだからガラス窓に向かって思いっきし」
「やっぱ一緒に行く」
「いいって」
「いいから一緒に行かせろ」
仕方がないから教室までペア登校を許すことした。
なんだかんだで暫定彼氏だしな。
……でも。
文斗を家に連れて行ったらママはきっと腰抜かすだろうな。何しろ頬はこけてるし眼は鋭いし筋肉は無駄に発達してるしで、とてもじゃないけど健全な高校生にはみえない。私服の趣味もかなりヤバいから、見た目はまんま闇金融の取り立てか反社の鉄砲玉だ。
それでもやっぱ、あたしの精神的バランスは文斗で保たれてる。それと身の安全も。それは認めないわけにはいかない。
教室に着いたあたしは、前扉の前に立って大きく息を吸い込んだ。で、ふぅ~って大きく息を吐いて覚悟を決め、全力で前扉を開けた。
バンッていう攻撃的な音が教室に反響して、ついこないだまで下級生だった、まだ名前も覚えてない子達が一斉にあたしを見た。




