狂犬チワワ -006 まあ地顔はかわいいからさ、自慢じゃないけど
治安悪めな制服な制服の着方を始めたら、ほんものから喧嘩売られるようんなった。
したらやるしかないじゃん。
最初は怖かったけど、喧嘩って先手必勝だって分かってからは、とにかく向こうが因縁つけてきたら即、顔を殴ることにした。女子の喧嘩はふつう顔は殴らないからね。だから大抵はこれで勝負が決まる。
初めて相手女子の顔を殴ったときのことはよく覚えてる。
怖かったよ、あたりまえだけど。
殴るんだ殴るんだ殴るんだ殴るんだ、ぜったいに殴るんだ! て自分に言い聞かして、それでも相手の目はやっぱ怖くて……。
でも怖いのって限界を超えると麻痺してくる。てか因縁つけられた時点でもうあとには引けないんだし。
最後は頭のなかが真っ白んなって、理性の留め金みたいのがカチって外れて、気が付いたら握った拳を相手の鼻めがけて叩き込んでた。したら向こうがびっくりして顔押さえて……。無防備のお腹に前蹴り入れたとこでジ・エンド。勝負がついた。
一回やったら、理性の留め金なんてもうスカスカんなる。
文句がありそうなヤツをみかけたらこっちから出かけてって殴った。攻撃は最大の防御なりって誰の言葉か知らないけど、とにかく連戦連勝だった。
で、誰も目を合わせなくなって、付いたあだ名は狂犬チワワ。チワワってのはさ、まあ地顔がかわいいからね、自慢じゃないけど。
でも張りぼての強さなんていつまでも続かない。留年も決まって立場も弱くなって、もう張りぼて崩壊。なんしろ、ついこないだまで締めてた二年生が急に同級生になったんだもん。
今じゃあたしを怖がんない子の方が多い。
むしろこっちが怖い……、なんて口が裂けても言えないけど。
そんなときに近付いてきたのが橘文斗だ。ヤツはあたしに告ってサンドバッグを志願した。
あいつ、『もう殴るのやめろって、お前ヤバいよ。殴りたかったら俺を殴れ。全部受けてやっから』
そう言って鍛えた腹筋を自慢たらしく叩いて見せた。
『な、俺ならいくらぶん殴っても大丈夫だから、めったやたら人殴ってっと今に半殺しにされっぞ』
正直、かっこつけやがって、て思った。
ても実際、待ち伏せとかされるようになってたし、今はもう、下手に殴ったらどこまで反撃されるかわからない。
それに文斗が口にした半殺しってワードにちょっとビビった。ボコるとかと違ってなんか生々しいじゃん。
いいことも悪いことも、人にしたことはけっきょく自分に返ってくるからね。そんくらい知ってる。
もう毎日怖ぇし、ストレス半端ないからため息ばっかだし。
だからこれからはサンドバッグも活用させてもらおうと思う。せっかくの申し出しさ。どうやらローブローは反則みたいだけど、それ以外だったらいつでもいいって言ってるし。
でもほんというと家んなかで暴れたい気分。
だけどパパは親父飛び越えてクソ親父まで劣化してっから突っかかってもおどおどするだけだし、そもそも家帰ってこないし。
ママは育ちがいいから不良ってのに免疫がない。あんまり心配かけると変な数珠とか水晶玉とか買ってきそうで心配だ。だから家じゃそんなに荒れるわけにいかない。あたしだって考えてるわけよ、一応ね。
でもほんと、家のなかの空気はもう無理、限界。いいかげん自分でも疲れた。
だけど……。
「でも珍しいね亜矢ちゃん、こんな早い時間に登校なんて。どうしたの、いよいよ教頭先生に呼ばれた?」
豊村には言いたいことが山のようにあるのに声が出ない。悔しいけど固まっちゃう。きっとこういうのをトラウマっていうんだ。
でも何でだよ、何であたしってばこんなときなのに顔が熱いんだ。豊村なんて死ぬほど嫌いなのに赤面してたらどうしよう。頭皮には変な汗が浮いてくるし、まだ好きみたいに思われたらヤダ! 絶対に!
目に力を込めて豊村を睨み上げてたら文斗が話を変えてくれた。
「そっちは何してんだよ」
「何してるはひどいな、これこれ」
豊村はこれ見よがしに腕章を付き出した。楷書体の刺繍で風紀委員って書いてある。
「ここってほら、徴発行為が行われてるって噂だから、見回りだよ。まったく悪いのが多くて困るね、これじゃ入ってきたばかりの一年生がビビっちゃう」
遠くから「お早うございます」ていう声が聞こえた。その一年生だ。
「おぉ、お早う」と手を上げて応える豊村はどこからみても頼りがいのある優しい先輩だ。見回りとか言ってるけど、どうせ見回ってんのは手下の働きぶりに決まってる。
「お前が見回りねぇ」
「何だいその言い方、なんか棘があるなぁ、なんか文句あるの」
取り巻き連中が一斉に文斗を睨んだ。
そんなかに目立ってかわいい女子がいた。テニス部で、たしか真夏って子だ。
第一カノジョだけどかわいい順じゃない。豊村への貢ぎの金額順だ。最近じゃ生徒相手のしょぼいかつ上げじゃなくてリーマン相手の狩りに精出してるって噂だ。
「ねえ、ボクシング部って廃部んなるんだってね、どうするのフーミンは」
いきなりのデリケートな話題にフーミンっていうことばがくっ付いたせいで、さすがの文斗もぴくっと反応した。
手しか使わないボクシングはどうやっても空手には叶わない、ていうのが空手の有段者である豊村の持論だ。でもほんとにやり合ったらどっちが強いんだろう、なんてつい不謹慎なことを考えちゃう。
「大きなお世話だ」
「もしその気があるんだったら僕が行ってる道場」
「ない! あってもお前と一緒の道場なんて誰が入るか」
「ひどいなあ親切で誘ってるのに。まあいいや。あ、亜矢ちゃん、教室入っても怒らないでね、みんな悪気はないんだ。退屈してるんだよ、ね、分かってあげてね」
そう言い残して豊村と取り巻きの一団は去っていった。




