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狂犬チワワと浮遊する存在のラビリンス  作者: 伊藤宏


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狂犬チワワ -005 心が痛いってこと

 律愛学園前駅に着いて高校まで十分ちょっとの道を文斗と一緒に歩いた。

 さすがにもう首根っこは掴まれてないけど、あたし達ふたりが並んで歩いてるとやっぱり目立つ。

 ま、当然だよね。正真正銘の問題児と、見た目最凶のコンビだもん。だからって別に因縁つけて歩いてるわけじゃない。登校してるだけなんだけどやっぱ目立つ。



 うちの学校の昇降口はちょっと(すさ)んでる。

 一時は土足オッケーの学校にしようって生徒会で盛り上がってたのに、上履きを隠すなんていう古典的ないたずらをやるおバカのお陰で、逆に、全員分の靴箱に鍵が付いた。

 面倒くさいうえに鍵を忘れちゃった子には上履きがないってことになる。だから要領のいいヤツは教室に予備を置いとくんだけど上にはもっと要領のいいヤツがいる。

 上履きを新しく買い換えた下級生を狙って「交換してよ、一日だけ」って履き古しのボロっちいやつを手に甘い声ですり寄る。

 戻す気なんて最初っからないから要するに新品の喝上げだ。悪いのんなるとサイズ違いで五足くらい集めてて、忘れた子に一日五千円で貸し付ける。

 ほんとは忘れたって先生に申告すれば来客用のやつを貸してくれるんだけど先輩の申し出を断るなんて、許されないからね。


 春先の今は二年生でも上履きを新しくする子が多いから、今日もワルそうな連中が隅っこに固まってカモを見定めてる。ほんと、どうしようもないヤツらだ。



「あ、あたし鍵忘れた。履く靴ないから帰る」

 とっさに嘘を()き、回れ右して背中を見せたところで文斗に首根っこを掴まれた。

「やめろってそれ、あたし猫じゃないんだからさ」


「じゃあ帰るなんて言わない。職員室に来客用の運動靴あるから行くよ」

 文斗は嫌がるあたしを、なんか楽しんでるみたいだ。


「やだ行かない。職員室嫌い」


「ガキみてえなこと言うな。いいからたまには顔見せて先生喜ばしてみろよ」


「あたし居ない方が学校平和なんだから先生喜ばないって」

 なんて言い合いしながらどたばたしていたら辺りが静かになっていた。


「おい」


「わかってる」


 小声で囁き合って辺りを窺うと昇降口に入ってきたのは風紀委員の豊村とその取り巻き連中だった。


「あ、亜矢ちゃん、珍しいね」

 ちゃんは止めろ、ちゃんは。

 あたしの顔がこわばったのに文斗は気付いて、一歩前に出てあたしを背後に隠してくれた。


 あたしは去年の春、この豊村に告白した。「好きです、付き合ってください」っていう昭和的ど直球なことばを、LINEとか人伝(ひとづて)とかじゃなくて、(ちょく)で。

 わかってる。

 だからね、わかってんだよほんとは。あたしがやったことって、カフェのお姉さんに告白してたオタク男子とおんなしだ。だからほんとのこと言えば文斗のことだって笑えない。



 豊村和磨……。

 生まれて初めて好きになった男子なんだ。あのころは一日中、あいつのことばっか考えてた。

 頭から離れなかった。

 考えてるだけで幸せで、胸がキュンキュンして苦しいのにまた考えて……、一日中その繰り返し。で、もう息するのも苦しくなって、思い切って告白したんだ。

 あの日、あたしの目んなかには星が何百万個って煌めいてたと思う。


 だってスターだったんだよ豊村って。バスケ部でかっこよくて頭もよくて、あたしもそのころは普通にかわいくしてたからけっこうお似合いだと思った。

 そのころはダブる前だったから豊村の方が一学年下で、見た目も芸能人のジュニアグループの子みたいだったからなんとなく弟みたいに扱えそうだったし、実際弟ってのに憧れてたしさ。


 でも。

 振られた。

 ていうかあたしから見えてた豊村和磨はぜんぶ嘘だった。ほんとなのはバスケが巧いってことくらい。

 裏では本もののワルで、そっちが本当の豊村だった。

 喝上げも窃盗も万引きも、悪いことは全部ほかの連中にやらせて、それをまとめるのだって、いかにもワルそうな下倉君。豊村はその上前を撥ねるだけ。

 チームとかギャングとか、そういうのに接点がなかったあたしは知らなかったけど、今、学校の三分の一くらいがなんらかの形で豊村の影響下にあるらしい。これじゃ学校の雰囲気が悪くなるのも当然だ。


 でも周りが見えなくなってたあたしの目は、そんくらいのことじゃ覚めなかった。何ならあたしの手で更正させてあげよう、くらいに思っちゃってた。バカだったよ。


 二回目に告白したときに豊村に言われたんだ。

「僕のカノジョになりたかったら見た目もかっこよく決めてさ、喧嘩のひとつくらいできるようになってよ。そういう強い女の子が好きなんだ、僕は」

 てね。


 バカなあたしは、このふざけたことばを真に受けて、その日からワルそうな感じにイメチェンした。さすがにそんときは中身はそのまんまだったけど見た目だけはいっぱしにワルっぽく決めた。

 豊村は驚きと喜びをもってあたしを受け入れた。


「亜矢ちゃん本気だったんだ。うれしいよ、じゃあ四番目のカノジョにしてあげる」

 そう言ってあたしを抱き寄せて胸を掴んできた。


 あたしがどんなにバカでも、こんだけされたら目が覚める。

 泣きながら「バカにしないで」と痕がつくほどの勢いで横っ面をひっぱたいて、初めての恋にさよならした。


 悲しかったよ。

 てか口惜(くや)しかった。

 自分がバカすぎて、恥ずかしくて。なのに、まだちょっと “好き” を引きずってる自分もいて……。それが辛くて。


 心の真んなかにおっきな穴が開いた。

 穴の傷は生乾きのまま、いつまでも疼いた。で、そのまま固まるのかと思ったらひびが入っちゃって、今でも、たまに割れて血が流れる。

 心が痛いって失恋ソングにあるけど、そんなの『けッ!』て鼻で笑ってた。でもこれってほんとのことなんだって、心って、傷つくとほんとに痛いんだって初めて知った。まぁあたしの場合、失恋プラス自己嫌悪ってのもあるんだけどね、うん。


 で、よし、こうなったらヤケだ! カッコだけじゃなくてほんとに悪い子になっちゃおうって決めたんだ。なんか人生捨てたくなったっていうか、生き方変えたくなったっていうか、ちょうどこのころ家んなかぐちゃぐちゃになり始めてたってのもあったし。


 この決心と大変身に、当時付き合ってた友達は全員離れてった。だってあたしはプリンセスキャラだったんだもん。

 いやキャラっていうか……、実際、神瀬(こうのせ)家の血筋だからね。そりゃあみんな引くよ、ギャップあり過ぎだっつうの。

 でも最近じゃあもう、これに慣れちゃって思考言語までヤンキー調っての? ギャルっぽくなってる。人間変われば変わるもんだ。

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