狂犬チワワ -004 あぁあ、今日も学校かあ!
三番ホームの先頭まで歩いたところで文斗に追い付かれた。
あたしはスクバからクリームパンを取り出して、んで袋を破いて文斗の目の前でぱふぱふって甘い風を送った。
「お前なあ」
減量中だって言ってた。最後の1キロが苦しいって。
人間はエネルギーが不足すると本能的に甘いものを欲するらしい。なら、これはきっときついはず。
あたしはぱくっとクリームパンをかじり、できるだけおいしそうな顔をしてもぐもぐと口を動かした。さすがに口を開けて食べるまではしないけど文斗が立ってんのは風下だ。甘い匂いはきっと流れてる。
文斗のでっかい喉仏がぐりんと動いた。よし効いてる。ざまあ見ろ、朝から説教なんかすっからだよ。
顔を見ぃ見ぃ時間かけて一個全部食べるあいだ、文斗はクリームパンを見つめたままひと言もしゃべらなかった。
ホームのスピーカーから列車が近付いたことを知らせる電子音声が流れた。
文斗はまだ黙ったままだ。
こりゃあさすがに怒ったかな。
でもいいや。こうなったらついでだ。
「ねえ文斗、あたしって今、おいしいかな」
あたしを覗き込んでる目が「何言ってんだこいつ」って言ってんのはわかるんだけど眉間にしわ寄せてるし上目遣いだし……、正直ちょっと、怖いぞ。
でも別に怯む必要はないんだ。こいつはいつでも解約できる暫定彼氏なんだし。
主導権はこっちにあるってこと、思い知らせなきゃ。
あたしは勇気を出して、文斗の顎を摘まんで顔をこっちに引き寄せた。文斗は驚いて身を引こうとしたけど逃がさない。素早く首の後ろに手を回してぐっと引き寄せて、強引に唇を合わせた。
で、ついでに文斗の上唇の裏側を甘い舌でぺろっと舐める。
どうよ悪女のキラーキスの味は……てこれ、アザトチャンネルでやってた究極の誘いのテクニック。まぁ、なんも許す気はないけどね。
肩越しに、勤め人のおじさんがびっくりして目を剥いたのが見えた。
でも平気だ。
文斗はどうか知らないけどあたしはもう体裁なんて気にしない。常識も、上品な所作も恥じらいも、カワイイを追求する学校生活もぜ~んぶ!
……あれ?
文斗のようすが変だ。
抱きしめてきたぞ。
最初は逃げてたくせに腹を決めたのか本格的に始めやがった。朝っぱらから公衆の面前で何を考えてるこの変態! てかあたしが仕掛けたんだっけ。でもまさか乗ってくるなんて思わないじゃん。
あれ、何だこいつ! 舌入れてきた。おいこら、そんなディープなやつを許した覚えは、え、これって何? あたしどう応えればいいわけ。分かんないんですけどー。
でもあれ? この舌の動きって、ちょっと変くないか?
まさか。
気のせいかもだけど。
もしかしてこいつ! 舌で甘いとこ探してる?
ふざけんなよテメー、と思いつつ、どうしていいか分からなくてじたばたしてたら、なんかお腹の上ら辺に堅いものが当たっているような気が……。このグリグリしてんのって……、もしかして。
一瞬で覚めたあたしは反射的に文斗を突き飛ばした。ていってもさすがにボクシングで鍛えてる筋肉カマキリは簡単には崩れない。でもこんくらいの隙間ができれば充分だ。
あたしは腰を屈めてしゃがみ込むと、下から文斗の股間を狙って渾身のアッパーを叩き込んだ。
うッと呻いて文斗が背中を丸めた。そして右手を上げて、
「ローブロー、ローブロー」
と呻きながらあたしの動きを止めた。
「知るかよ、油断すっからだろ」
文斗は三回続けて変なジャンプして、それから膝に手を突いて呼吸を整えてから言った。
「亜矢、反則だってそれ。使い物なんなかったたら一生面倒見ろよな」
「こんくらいで潰れる、タマかぁ」
笑いを取るつもりだったのにウケなかったのでちょっと傷ついた。
「だってさぁ、いつでも殴っていいっつったじゃんか」
「……け、言ったけど反則はなしだって。ああもぉ、いってえなあ、朝っぱらから」
文斗はそのあともスクワットみたいな屈伸を何度かすると、急にまじめな顔をして、
「気が済んだら学校行くぞ」
て言った。
意味分からんし返事をしたつもりもないんだが、あたしは子猫みたいに首根っこを掴まれて乗車待ちの列に連れて行かれた。
「あぁあ、今日も学校かあ!」
わざと声に出して人生最大の厄日みたいな顔を作ってはみたものの、そんなに悪い気はしなかった。てか汗かいた首に食い込んでる文斗の指がなんか、痛気持ちいい。
ホームに列車が滑り込んできた。
あたしは乗車するまでずっと首根っこを掴まれていた。で、ドアが閉まったところでようやく解放された。
ったく態度でかいな。あたしがダブるまでは後輩だったくせに。




