狂犬チワワ -012 初めまして
とりあえず近付いてみよう。
まずはそっからだ。
あたしは車両んなかを歩いてハマ女オンナの五、六メートル手前まで近付いた。
そこから女を観察……、ていうかガン見。こういうのをなんていうんだっけ。不躾? よくわかんないけど、とにかく思いっきり失礼な態度。
でも普通さ、こんだけされたらビビるか移動すんだけど、この女、もしかして気付いてないのかな。
イヤホンは……、してないか。
しょうがないんで、あたしは亀みたいに首を突き出して顔を斜めにしてみた。
……無反応。
相変わらず立ったまんま外を眺めてる。
もしかしたらなんか面白いもんでもあるのかな? て思って外を見てみたけど線路と並行してる道に軽トラが走ってて、その向こうはシケた居酒屋とクリーニング店と、廃墟みたな民家が何軒か。
別に目を奪われるようなものはなんもない。
堂々としてんのか、それともバカなのか。わかんないけど近付けば近付くほどハマ女の生徒だ。いわゆるお嬢様って感じ。
どうしたって比べちゃう。
だってあたしときたら女子高生ってブランドの、ダークなイメージを全部盛り込んでる。つまりバカでめっちゃノリノリで危なくて、ちょっとかわいい。そういう。
でも地顔がまぁまぁの子がワルっぽく盛るとだいたいこうなるんだけどね。あ、まぁまぁってのは謙遜だけど。
眺めてても事態は動きそうにないんで、あたしは、ハマ女オンナの正面に移動して吊革を掴んだ。
で、真正面から女を睨みつける。
どうよ!
こうすりゃいっくら鈍感な女でも気が付く。しかもだよ、こっちには斜め後ろに文斗がいる。これでビビんないヤツがいたらちょっと脳みその質を疑うね、あたしは。
でもこの女。
まだ平然と外を眺めてる。
これって、どうゆうこと?
カタンカタンと車内に響いてる走行音が、なんかむなしくなってきた。こっちから仕掛けてんのにここまで無視されたのって始めてだ。
ひと言もないまま時間だけが過ぎた。
どうしよっか。
声かけてみようかな。
そう思ったとき、女があたしを振り向いた。
いきなり目が合った。
交差した視線がジリって音をたてて固まった。
その先は……。
一生の不覚。
あたしの方が目を逸らしちゃった。
ダメでしょ逸らしちゃ、舐められるって。そう思ってもう一回女を睨み付けたんだけどもう遅かった。女はもう、ドアの外を流れる景色に目を戻したあとだ。
優先席であたし達のようすを見てたお爺ちゃんが席を立った。避難? そんな感じ。そそくさと反対側の席に移動した。
安全な場所から見物ですか、はぁ、そうですかお爺ちゃん。
あたしはもう一回女に近付いた。仕切り直しってヤツだ。遅れて文斗も一歩踏み出した。
今度こそ失敗しない。
あたしは吊革から手を離して女が寄りかかってるシートエンドに手を付いた。して顔を三十センチくらいまで寄せて「あんた誰?」て訊いてみた。声はわりと通る方だから聞こえたはずだ。
女は相変わらずビビってない。
それどころか、顔に掛かった前髪をゆっくりと指で梳き上げた。
謂われのない難癖を付けられそうな状況でずいぶんと余裕のあること。なるほどね、ハブられてるっぽいけど大人しくやられるような玉じゃないってことか。
「ねえ、訊いてんだけど」
あたしは念を押したんだけどハマ女オンナに答える気はなさそうだ。にっこり笑って顔を背けやがった。
ここまで舐められたらさすがにちょっと……。
「もしかして舐めてる? ウチのこと」
て言ったら急にこっち向くんで、手が反射的にグーになっちゃった。その拳を文斗がそっと押さえた。
女が答えた。
「舐めては、いませんけど」
「けど何」
「人に名前を尋ねるなら、まずご自分で名乗るのが礼儀かと思いまして」
ハマ女オンナが笑顔になった。
「かっは! 思いまして」
あたしは文斗を振り返って、
「だってよ文斗、名乗るのが礼儀かと思いまして、だってよ、ウケるぅ」
こいつの言葉遣いを何倍にもデフォルメした復唱で上品さをこき下ろしてから、なるたけ冷酷に見える表情を作ってオンナを睨んだ。
したら、あろうことか。
こいつ、あたしの視線を無視して文斗に話しかけやがった。
「文斗さんですか、初めまして」
したら文斗のヤツ、いきなり声を掛けられてびっくりしたのかもだけど「あ、どうも」と握手の手を差し伸べんばかりのにやけ顔になりやがった。
あたしはちょっと苛ついてたのもあんだけど、てめ、なにニヤけてんだよって思って……、気が付いたら文斗の腹を思いっきりパンチしてた。
「おい亜矢、場所考えろや」
「ニヤけてんじゃねえよボケェ!」
まるで漫才コンビみたいな間抜けなやりとりでウチらの名前が乗客にまで知れ渡った。
なんか調子狂うな。




