狂犬チワワ -011 天と地の理不尽
ふたりして学校を出て、律愛学園前駅に向かった。
これからどうしようかって下向いて考えてたら文斗が顔を覗き込んできた。
「ほんとに家に帰んのか」
「……なわけないじゃん」
て言ってはみたものの家に帰りたくないってこと以外思いつかん。とりあえず逆方向の電車に乗ろうって思ってたけど、逆だと定期が使えないからお金がかかる。
そう遠くへは行けないな、てなことを考えてた。
どうしようか。
ほんとに思いつかなかったんで、
「そんな遠くなくて気分が上がるとこがいい」
て文斗を見上げておねだり顔をしてみた。
「え、ウソだろ! 俺に連れてけってか?」
「だって保護者なんでしょ」
文斗は「ったく都合のいいとこばっか」って呟いて、少し考えて
「じゃ、とりあえずハマ線に乗るか」
て言った。
こっちはもともとノーアイディアなんで異存はない。
「どっち行きにする?」
て訊いてきたんで、あたしは人差し指を天に向けて
「北!」
て大っきな声で宣言した。
意味は別にないんだけどさ、北ってなんかかっこいいじゃん。なくない?
☆
山手線とか中央線なんかは昼間でもいろんな仕事の人でけっこう混んでる。でも八王子と東神奈川なんていうローカルな街を行ったり来たりしてる横浜線は生活路線だからね、朝だって混むのはせいぜい八時半くらいまで。ピークアウトしちゃうと一気に空く。だから十時を過ぎたらもう、空席だらけでほんと田舎っつうか、南武線といい勝負、はは。
……南武線ゴメン。
にしても昼間にこの線を使う人たちっていったい何してんだろね。
服装なんて家にいるくらい気ぃ抜いてるし、ほんとは出かけなくたっていいんじゃね? て突っ込みたくなる人ばっかだ。
なぁんて車内を眺めて失礼な人間ウォッチングしてたら車窓を流れる風景がすっかり長閑んなってた。
いいなぁこういう感じ……。
気持ちは上がんないけど、なんか落ち着く。
終点まで乗ってまた折り返す、なんてものもいいかも。でも文斗がぶぅたれそるに決まってるか。
ふと視界の端っこで何かが引っ掛かった、ような気がした。
改めて車内を見渡す。
あいつだ……。
車両の後ろら辺のドア脇に立ってぼんやりと外を眺めてる女。
いつからいたんだろ。
違和感の理由は制服だ。
濃いグリーンのスカートにセーラーカラーの白いブラウス、胸元で結ばれた臙脂色の細いリボン。
この制服って。
お嬢様学校で有名な横浜清徳女子大付属高校……、ハマ女じゃん。
いつからいたんだろ。
それにしもなぁ……。
たしかハマ女の最寄り駅って、横浜? じゃないか。でもそっち方面だ。あそこの生徒がこんな時間にここら辺を北上してるってどゆこと? しかもスマホ見るでもなく本読むでも英単語を暗記する風でもなくただぼんやりと外の景色を眺めてるって……。
まぁウチらも一緒、なんだけどさ。
なんかさっき、ふいに誰かを捜すみたいに見回してたような気が……。
そうだ、そんときだ、気付いたのは。
改めて見るとスカートの腿の辺りに微かな土汚れがある。しかもこの輪郭……、足型じゃん。
この子、訳ありだ。
標的にされてる女だ。
理由はなんだろ。
妬み、目立ちすぎ……。
ああ、なんとなくそうかも。気取ってる感じ、あるもん。上品だし。お高く留まってる感じ、する。
その割になんだろ、悲壮感がない? むしろ逆。
芯の強そうな目だし口元だってそう、信念は曲げませんって神に誓ったみたいに不遜だ。性格はたぶん、多数派工作が嫌いで理不尽な攻撃にはひとりでも立ち向かっちゃう……、そういう意志? よく他人から『意外に頑固』って言われるタイプ。
でもな、そういう、正義感に酔ってるヤツが対象んなるんだ。自業自得だよ。
だいたいさ、頭いい子の攻撃ってステルス化されてる。そこにきて教師は見えない振りすんのがお約束だから高校生活なんて地雷が埋まった原野だ。調子ん乗ってると痛い目みる。女子高なんてよけいそうだろうな、て思う。
他の乗客もチラチラ見始めた。
うん、ハマ女の制服って目立つもんね。有名だし。
でもあたしと文斗はどう見えてんだろ、乗客から。ウチらだって制服だ。
律愛学園高校だって三年前まではちょっと上級な進学校だった。でも今はどうだろ。まだ底辺までは落ちてないと思うけど。
でも今乗客から見えてんのはあたしと文斗だ。ウチらの佇まいから見えんのは荒んだ生活だ、ぜったい。
例えばさ、ところ構わず体育座りしたり制服のままプロレスごっこやったり、週に二回は誰かのん家に泊まって週に一回はコンビニの駐車場で缶チューハイ片手に夜を明かす、みたいな? そんな日常。
それが男子ならまだしも女子も一緒に昼間っからって『はぁ~嘆かわしい』ってそう思ってんだろうな、特にあそこのおばちゃん達。
んなこと考えてたらハマ女とうちらのイメージの違いがなんか、すっげえ理不尽に思えてきた。
同じ高校生なのになんで。
天と地。
月とスッポン。
別にこの女に恨みはないよ。でもなんかウザ。ついそう感じちゃうとこが最近のあたしの闇なんだよねー。だって格差ってやっぱ、下にされたらムカつくじゃん。
これが公道だったら別にやり過ごせる。うん、すれ違えばいいんだからさ。でも車両んなかじゃムリ。論理的思考より野生の感覚でしょ。
「なぁ文斗」
ん? て振り向いた文斗に、あたしは顎でハマ女の制服を指し示した。したらちょっと慌てた表情で睨んできた。
けどだいじょぶだって、いくらあたしだって見ず知らずの女をいきなり殴るないてしないよ、バカじゃんそんなことしたら。それぐらい知ってる。
たださ、ちょっと興味ある……。
いいよね。
そんなワルいことはしないからさ。




