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幼馴染の美少女とイケメンの親友に嘘告された俺。それを知った二人の妹たちがブチギレた  作者: 白金豪


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第4話 無視

(北條美優視点)


 謙也さんと別れてから何度目か分からないため息を吐いた。


 本当はもっと謙也さんのそばにいたかった。


 あんなことがあった直後に一人にしたくなかった。


 今ごろ、なにをしているんだろう。


 ちゃんと部屋まで行けたかな。


 制服を着替える気力はあるかな。


 一人になった途端、またあの二人に言われたことを思い出していないかな。


 考え始めると戻りたくなった。


 振り返る。


 もう謙也さんの家は見えない。


「…………」


 今からでも戻って、もう少し一緒にいませんかって言えばいい。


 頭では、そう思う。


 でも。


『今日はありがとう。助かったよ』


 あの声を思い出して私はカバンの持ち手を握り直した。


 家の前まで送ったあとは一緒にいる理由なんて思いつかなかった。


 お邪魔してもいいですか。


 その一言が、どうしても言えなかった。


 謙也さんなら嫌でも断らないかもしれない。


 疲れていても私に気を遣って部屋を片づけたり、飲み物を出そうとしたりするかもしれない。


 それで休めなくなったら、なんのためについていったのか分からなくなる。


 だから明日の約束だけした。


 七時四十五分。


 忘れるわけがない。


 今まで学校へ行くためにこんなに明日を気にしたことなんてなかった。


 早く朝になってほしい。


 でも、それまで謙也さんは一人で大丈夫かな。


 スマートフォンを取り出す。


 謙也さんとのトーク画面を開いた。


『今日はゆっくり休んでくださいね』


 そこまで入力して指が止まる。


 これだと返事をしなきゃって思うかな。


 謙也さん、きっとありがとうって返してくれる。


 さっきあんなに何度も言ってくれたのに。


 私は文章の下に、もう一行つけ足した。


『返信は大丈夫です。明日、迎えに行きます』


 読み返す。


 変じゃない。


 たぶん。


 送信する直前になって、また迷った。


 別れたばかりなのに、しつこくないかな。


「……なにやってるんだろ、私」


 心配だから送る。


 それだけでいいじゃん。


 自分にそう言い聞かせて送信を押した。


 すぐに画面を閉じる。


 カバンにスマートフォンを戻して前を向いた。


 見慣れた家が、すぐそこにあった。


 私の家だ。


「…………」


 玄関の扉に手をかける。


 できるだけ音を立てないように開けて入る。


 扉を閉めるときも最後まで手を添える。


 かちゃり、と小さな音がした。


 このまま部屋へ行こうかと思った。


 けれど帰ってきたのに、なにも言わないのも変だ。


 パパやママがいたら心配するかもしれない。


「ただいま」


 いつもより少し声が小さくなった。


 ローファーを脱ぐ。


 片方を脱いで、もう片方。


 振り返ってつま先を玄関の扉の方へ向け、きちんと揃えた。


 その隣に見覚えのあるローファーがあった。


 片方だけ斜めになっている。


 いつもなら自分の分を揃えるついでに直していた。


 だけど今日は触らない。


 私の分だけを揃え終えて立ち上がる。


 カバンを肩にかけ直して、そのまま階段へ向かった。


 一段ずつ上がる。


 階段を上がりきる少し前、カチャッと音がした。


 顔を上げる。


 部屋の扉が開いた。


「美優、おかえりなさい!」


 狙ったようなタイミング。


 私が上がってくる音を聞いて出てきたんだろう。


 もう制服は脱いでいて部屋着に着替えていた。


 こちらに笑いかけてくる。


 お姉ちゃんと呼びたくもない。


 ただの雑巾だ。


 謙也さんの気持ちを踏みにじった雑巾。


「…………」


 私は最後の一段を上がった。


 怒りを顔に出さないようにする。


 眉を寄せない。


 唇を噛まない。


 カバンの持ち手だって強く握り直さない。


 さっきまで普通に歩いていたんだから、そのまま歩けばいい。


「今日、遅かったね」


 雑巾の声が飛んでくる。


「なにかあったの?」


 足を止めそうになった。


 なにかあったの?


 よくそんなこと聞けるね。


 あったよ。


 あんたがやったことだよ。


 謙也さんがどんな顔をしていたか、教えてあげようか。


 どれだけ声を震わせていたか。


 どれだけ自分を責めていたか。


 頭の中には言葉がいくらでも浮かんできた。


 でも一つも口には出さなかった。


「…………」


 私の部屋は雑巾の向こう側にある。


 そこまで歩けばいい。


 たった数歩。


 その間だけ、なにも聞こえないふりをすればいい。


「美優?」


 雑巾が私の顔を覗こうとする。


 私は自分の部屋の扉を見ていた。


 目を合わせたら、なにか言ってしまいそうだった。


 どうしてあんなことをしたの。


 楽しかった?


 謙也さんを泣かせて、満足した?


 聞きたいことはある。


 でも今は、どんな声や言葉で返されても耐えられる気がしなかった。


 冗談だよ。


 そんなに怒らなくてもいいじゃん。


 もし、あの軽い調子で言われたら。


 想像しただけで喉の奥が熱くなった。


 私はその横を通り過ぎた。


 肩が触れないように少しだけ距離を取る。


 いつもと同じ廊下。


 いつもと同じ部屋着。


 いつもと同じ声。


 それが、こんなに嫌になるなんて思わなかった。


「……え?」


 背中の方で短い声がした。


 今までなら返事をしていた。


 ただいまって。


 でも今日はしない。


「ちょっと、美優。聞こえてる?」


「…………」


 聞こえている。


 一言ずつ嫌になるくらい。


 私はカバンを持っていない方の手で、自分の部屋のドアノブを掴んだ。


 冷たい。


 その感触に少しだけ意識を向ける。


 力いっぱい回さなくていい。


 乱暴に開けなくていい。


 普通に自分の部屋に入ればいい。


「どうしたの?」


 さっきより声が近かった。


 それでも振り返らなかった。


 どうしたの、じゃない。


 自分が謙也さんになにをしたか考えればいい。


 でも、それも言わない。


 私は扉を開いた。


 見慣れたベッドと机が見える。


 ようやく自分の部屋だ。


 中へ入り、体の向きを変える。


 廊下のあいつと目が合わないように、ドアノブへ視線を落とした。


「美優、ねえ——」


 最後まで聞かなかった。


 扉を引く。


 強く叩きつけたりはしない。


 そんなことをして怒っている理由を今すぐ聞き出されるのも嫌だった。


 隙間が少しずつ狭くなる。


 向こう側に見えていた部屋着が消える。


 かちゃり。


 扉が閉まった。


 私はドアノブから手を離した。


 ただいまの一言も。


 遅くなった理由も。


 なにも渡さなかった。


「……美優?」


 扉の向こうから、まだ声がする。


 私は答えず、カバンを机の横へ置いた。


 そのままベッドの端に座る。


 指先が少し震えていた。


 怒鳴らなかった。


 睨まなかった。


 雑巾の前では、なにも表に出さなかった。


 でも決して許したわけじゃない。


 話せばいつもどおりに戻れると思っているなら、それだけは違う。


 私はカバンからスマートフォンを取り出す。


 謙也さんに送ったメッセージが画面に映る。


 まだ既読はついていない。


「……謙也さん」

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