第39話 その後にて
「謙也さん、どこ行きますか?」
「うちは謙也君の行きたいところでいいから」
右から美優ちゃん。
左から海ちゃん。
俺は二人の顔を順番に見た。
美優ちゃんと海ちゃんが自宅に来てから数時間。
着替えて玄関に戻ったときには二人に上から下まで見られた。
パーカーとチノパン。
鏡の前で何度も確かめたけど、それでも少し不安だった。
『謙也さん、似合ってます!』
『うん。今日もかっこいい〜』
そう言ってもらえて安心したのも少しの間だけ。
今は別のことで落ち着かなかった。
ショッピングモールの中。
俺の右腕には美優ちゃんが抱きついている。
左腕には海ちゃん。
歩くたびに二人の体が俺に触れる。もちろん胸も。
俺の両腕は二人にしっかり抱えられていた。
……この状態で行くところを考えるのか。
「謙也さん?」
「あ、うん。ちゃんと考えてる」
「ゆっくりでいいですよ」
美優ちゃんが笑う。
腕は離れない。
海ちゃんも俺の左腕に絡めた手を少し動かした。
「服でも見る? 謙也君の」
「俺の?」
「うん。さっき、あそこの店見てたじゃん」
「ああ、値段が気になっただけで」
「じゃあ入って確かめよ?」
「それだけで入るのも……」
「私も見たいです。謙也さんに似合いそうなの探したいので」
二人が俺を見る。
そんな顔で言われたら気にならないわけじゃない。
でも試着室から出るたびに二人が待っているのか。
何か想像しただけで照れるんだけど。
俺は少し先に目を向けた。
通路の向こうから歩いてきた男の人と目が合う。
その人の視線が俺から美優ちゃんに、それから海ちゃんに移った。
すれ違ってからも何となく背中が気になる。
俺は振り返らなかった。
気にしすぎかもしれない。
たまたま見ただけかもしれないし。
そう思ったところで今度は近くの店にいた女の人がこちらを見た。
……やっぱり見られてるよな。
白い髪と金色の髪。
二人とも、ただ歩いているだけでも目に留まると思う。
今日は私服だ。
制服で会うときとは、また違う感じがする。
その二人が俺の両腕に。
そりゃ俺だって逆の立場だったら見てしまうかもしれない。
「謙也君、どうしたの?」
海ちゃんに聞かれた。
「いや……」
俺は苦笑いを浮かべる。
「結構、見られるなって」
「そう?」
海ちゃんが周りを見る。
美優ちゃんも少し顔を上げた。
「謙也さん、嫌ですか?」
「あ、いや。二人が隣にいるのはいいんだけど」
そこまで言ってから言い方を考える。
近くにいられることには前より少し慣れた。
でも知らない人に見られながら歩くのは、まだ落ち着かない。
「俺、こういうの目立つからさ」
「こういうの?」
海ちゃんが俺の腕を見る。
「これ?」
「うん」
「そっか」
絡めていた腕が少し緩んだ。
美優ちゃんも俺の顔を見ている。
「離れた方がいいですか?」
その声が少し小さくなった。
俺はすぐに首を横に振る。
「そこまでじゃないよ。ただ、ちょっと落ち着けるところに行きたいなって」
通路の先に案内板が見えた。
飲食店の名前が並んでいる。
そういえば、ずっと歩いていた。
店の前で足を止めたり気になるものを見たり。
二人の話を聞いていると時間が経つのも早かった。
少し座れば周りも気にならなくなるかもしれない。
「一旦、フードコートで落ち着こうか」
俺は案内板を指さそうとして右腕を少し上げた。
「……あ」
「はい?」
「ごめん。あっちの方」
指だけで示すと美優ちゃんがそちらを見る。
「いいですね!」
「それじゃあ行こうよ!」
海ちゃんも明るく言った。
俺たちはフードコートに向かう。
さっきより少しだけ二人の腕の力が緩くなっていた。
それでも隣にいるのは変わらない。
「何か食べる?」
海ちゃんが聞く。
「まだそんなにお腹は空いてないかな。飲み物くらいで」
「私も、まずは飲み物がいいです」
「じゃあ、うちも」
「二人は食べたかったら食べていいんだよ?」
「あとで一緒に食べたいです」
美優ちゃんが答える。
海ちゃんもうなずいた。
「うん。謙也君がお腹空いたらでいいよ」
「……そっか」
俺の都合に合わせてもらってばかりな気がする。
でも二人とも退屈そうにはしていなかった。
海ちゃんが気になった店を見つけると美優ちゃんもそちらを見る。
美優ちゃんが何か話し始めると海ちゃんが笑う。
その間に俺にも話が振られる。
俺が答えると二人が楽しそうにする。
歩いている間ずっとそんな感じだった。
「謙也君」
「ん?」
「今度は、うち達の方見てる」
「あ」
言われて視線を逸らす。
海ちゃんが小さく笑った。
「見てていいのに」
「歩いてるから前も見ないと」
「じゃあ座ったら?」
今度は美優ちゃんが俺を見上げた。
俺は返事をしないままフードコートの入り口を見た。
あった。
席。
先に席を探そう。
土曜日だから混んでいた。
トレーを持って歩いている人も多かった。
俺たちは通路の端に寄って空席を探す。
「あそこ、空いてる」
窓に近い四人掛けの席だった。
向かい合わせに椅子が二つずつ。
俺がそちらを見ていると美優ちゃんと海ちゃんが腕を離してくれた。
両手が自由になる。
俺は先に歩いてテーブルの上を確かめた。
荷物もない。
誰かが使っている様子もなかった。
「ここでいい?」
「はい」
「いいよ〜」
俺は椅子を引いた。
座る。
ようやく少し息が抜けた。
美優ちゃんが俺の隣に来る。
右側の椅子に座った。
海ちゃんは向かいの椅子に手を掛ける。
そこで一度、俺の隣を見た。
「……そこ、取られた」
「先に座っちゃった」
美優ちゃんが笑う。
海ちゃんが俺を見る。
「謙也君、あとで交代ね」
「何を?」
「隣」
「席まで交代制なの?」
「だって、うちも隣がいいし」
普通の顔で言われた。
俺はテーブルに置きかけた手を止める。
落ち着くために来たんだけどな。
美優ちゃんが隣で笑っている。
海ちゃんも向かいから俺を見て笑った。
「でも今はこれでいいや」
「いいの?」
「謙也君の顔、よく見えるから」
俺は顔を下げた。
テーブルを見る。
特に何も置いていない。
逃げる先としては、あまり役に立たなかった。
「……飲み物、取ってこようか」
「一緒に行きます」
美優ちゃんがすぐに言う。
「うちも」
「それだと席が空いちゃうから」
「あ、そっか」
海ちゃんが座り直した。
「それじゃあ待っててね」
「うん! 了解」
海ちゃんは見送るように手を振る。
俺と美優ちゃんはフードコートの給水機に向かった。




