第33話 イチャイチャ
「ねぇねぇ、謙也く〜ん。うちのベッドの上に座って」
海ちゃんが指さした先を見る。
ベッド。
海ちゃんのベッド。
その上に座るのか。
俺が?
「……そこ?」
「うん。そこ」
海ちゃんは何でもないことみたいにうなずく。
俺はベッドと海ちゃんを交互に見る。
いや座るだけだ。
別に何かするわけじゃない。
分かってるけど。
女の子のベッドって、そんな気軽に座っていいものなのか。
「謙也君?」
「あ、いや……俺が座ってもいいの?」
「うちが座ってって言ったんだけど」
「それは、そうなんだけど」
海ちゃんが首をかしげる。
俺の方がおかしいみたいになっている。
でも、ここは海ちゃんが毎日寝ている場所なわけで。
そう考えると、どうにも足が動かなかった。
「もしかして意識してる?」
「え?」
「うちのベッドだから?」
にっと笑われた。
分かってて聞いたな。
「……少しは」
小さく答えると海ちゃんが口元を押さえた。
肩まで揺れている。
「そっかそっか〜」
「何だよ」
「ううん。嬉しいなって」
そんな返しをされたら、もう何も言えない。
断るのも、何だか違う気がするし。
本人がいいって言ってるんだから。
「う、うん。じゃあ、お邪魔します」
「もう部屋には入ってるよ?」
「ベッドにだよ」
海ちゃんが笑う。
その横で美優ちゃんまで楽しそうに俺を見ている。
何だか二人に見守られながらベッドの端へ腰を下ろす。
ふわっと体が沈んだ。
「……お」
「どう?」
「柔らかい」
思っていたより、ずっとふかふかだった。
座り直そうと手をつくと、そこも少し沈む。
何となく落ち着かない。
ベッドが気持ちよくないとか、そういうことじゃなくて。
むしろ逆だ。
こんなにくつろいでいいのかって気になってしまう。
「謙也さん、隣に失礼しますね」
「うん――」
返事をしている途中で右側が沈んだ。
美優ちゃんだった。
白い髪を手でよけながら俺のすぐ隣に座る。
すぐ隣。
そう本当にすぐ隣だ。
もっと空いているのに。
「じゃあ、うちは左で」
今度は左側が沈んだ。
海ちゃんも座った。
これで俺は真ん中。
左右に女の子。
俺は両手を膝に置いた。
背筋まで勝手に伸びてしまう。
「謙也君、面接じゃないんだから」
「分かってるよ」
「じゃあ、もうちょっと楽にして?」
「これでも楽にしてるつもりなんだけど」
「本当ですか?」
美優ちゃんが横から顔を覗き込んでくる。
近い。
ちょっと顔を向けただけで目が合った。
「肩、上がってますよ」
「……そう?」
「はい」
言われて、ゆっくり息を吐く。
肩を下げた。
その直後だった。
「謙也く〜ん」
左から甘い声。
「謙也さ〜ん」
右からも似たような声。
嫌な予感というのとは少し違う。
でも何か来る。
そう思って身構えるより早く二人が距離を詰めてきた。
海ちゃんの肩が俺の左肩に触れる。
美優ちゃんの肩も右側に。
それだけじゃなかった。
左腕に海ちゃんの腕が絡む。
右腕には美優ちゃんの腕。
「え、え!?」
左を見る。
海ちゃんが笑っていた。
右を見る。
美優ちゃんも笑っていた。
また左を見る。
「そんなに見つめられると照れるんだけど」
「見つめてるんじゃなくて!」
「じゃあ何?」
「確認してるの!」
「何をですか?」
今度は美優ちゃんに聞かれる。
俺は右へ顔を向けた。
何をって。
今、何が起きているのかをだよ。
どうしてベッドに座った途端、両腕がこうなるんだ。
「二人とも、その……近くない?」
「うん。近づいたからね」
海ちゃんが、さらに少し寄ってくる。
美優ちゃんも俺の腕を抱え直した。
服越しに二人の温もりが伝わってくる。
まずい。
これは、ちょっと。
どこを見ればいいんだ。
「せっかくうちの部屋に来たんだから。イチャイチャしようよ〜」
「私もしたいです」
「ちょっと二人とも落ち着こ」
「落ち着いてるよ」
「興奮はしてますが」
「美優ちゃん!?」
さらっと何を言ったんだ。
俺が顔を向けると美優ちゃんは少しだけ頬を赤くした。
そこで照れるなら言う前に止まってほしかった。
「だって謙也さんの隣ですから」
「それ説明になってないから」
「今は、こうできます」
美優ちゃんはスルーして俺の腕に頬を寄せた。
俺は口を閉じた。
いや閉じるしかなかった。
返す言葉がどこかへ行ってしまった。
「美優、ずるい」
「海もすればいいじゃん」
「するけど」
「するんだ……」
海ちゃんまで俺の肩に頭を寄せてきた。
金色の髪が腕にかかる。
反対側では白い髪が揺れている。
俺の両手だけが膝の上で行き場をなくしていた。
これって、まじで。
何か家の中のソファで押し倒されたときと似ているような。
あのときも距離が近くて。
何を言っても、うまく伝わらなくて。
気がついたら、俺だけ顔を熱くしていた。
今回はベッドだ。
余計に落ち着けるわけがない。
「……先に言っておくけど」
「うん?」
「押さないでね」
海ちゃんが目を丸くした。
美優ちゃんも俺を見上げる。
それから二人で目を合わせた。
「押してほしかったの?」
「違うよ!」
「謙也さん、そんなこと考えてたんですか?」
「前のことを思い出しただけ!」
慌てて言うと二人が同時に笑った。
完全に遊ばれている。
分かってる。
分かってるのに、こっちは毎回びっくりするんだ。
「大丈夫だよ。今日は、こうしてたいだけ」
海ちゃんが、俺の腕に絡めた手を少し緩めた。
「嫌だったら言ってね」
その声は、さっきより少し静かだった。
美優ちゃんも顔を上げる。
「……嫌ですか?」
二人に見られる。
俺はすぐには答えられなかった。
嫌かどうかって聞かれたら。
それは。
「嫌じゃ、ないけど」
言った瞬間、二人の顔が明るくなった。
しまった。
いや、しまったって何だ。
嘘をつくことでもないだろ。
「じゃあ、このままで」
「待って。もう少しだけ慣れる時間がほしい」
「このまま慣れればいいじゃん」
「海ちゃん、それ難しくない?」
「うちたち、逃げないよ?」
そういう意味じゃないんだけど。
美優ちゃんが小さく笑った。
俺の腕に頬を寄せたまま。
「ゆっくりでいいです。私も、まだ離れたくないので」
また、そういうことを。
俺は前を向いた。
二人の顔を見ていたら、まともに話せる気がしなかった。
机の上に並んだ三つのコップが目に入る。
飲み物。
そうだ。
何か飲めば、少しは落ち着くかもしれない。
「……お茶、飲もうかな」
「取ってあげよっか?」
海ちゃんが聞いた。
「いや自分で取れるよ」
立ち上がろうとする。
右腕が、くいっと引かれた。
美優ちゃんを見る。
「あ、ごめんなさい」
慌てて腕を緩めてくれた。
でも、その顔が少し残念そうで。
俺は腰を浮かせかけたまま止まった。
海ちゃんまで俺を見ている。
「……やっぱり、あとでいいや」
「いいの?」
「今、そんなに喉渇いてないし」
座り直す。
二人が、そっと腕を絡め直した。
さっきより少しだけ、ゆっくりと。
俺も今度は声を上げなかった。
「謙也君」
「何?」
「顔、赤いよ」
「言わなくていいから」
「可愛いです」
「美優ちゃんも」
左右から笑い声がする。
俺は膝の上の手を開いて、また軽く握った。
まだ落ち着かない。
心臓も、ずっと忙しい。
でも二人が嬉しそうにしていると、離れてほしいとは言えなかった。
言えないというか。
俺も、もう少しだけならって思ってしまう。
「……ちょっとだけだからね」
小さく言うと、海ちゃんが肩に頬を寄せた。
「うん。ちょっとだけ」
「はい。ちょっとだけです」
美優ちゃんも、俺の腕を抱えたままうなずく。
どちらも離す気配はない。
……この二人のちょっとって、どれくらいなんだろう。
☆☆☆
(南川拓海視点)
「顔を赤くした謙也君かわいい〜」
「普段見えない良さです」
「か、からかわないでよ!」
聞こえてきた。
まただ。
布団を被っているのに。
謙也達の声が耳に入ってくる。
さっきまで耳を塞いでたのに。またする羽目になりそうだ。自分の部屋なのに。
「……くそ」
布団の中で呟いた。
熱い。
息をするたび、顔の周りに熱がこもる。
それでも布団から頭を出す気にはなれなかった。
出したら、もっとはっきり聞こえてしまう。
謙也の声も。
海達の声も。
「や、やめろ……これ以上やめてくれ〜……」
再び両手で耳を塞ぎ直した。
さっきより強く。
手のひらを押しつけて隙間ができないようにする。
これなら。
これなら流石に。
くぐもった笑い声がした。
「……っ」
肩が跳ねる。
言葉までは分からなかった。
でも笑っている。
まだ楽しそうに。
何がそんなに面白いんだよ。
俺は膝を抱えるように体を丸める。
耳から手を離せないせいで変な格好になった。
誰も見ていない。
それなのに、さっきの謙也の顔が浮かぶ。
ドアの向こうに立っていた、あの顔。
笑いもしないで俺を見ていた。
憐れむような目。
何だよ。
あのときは気まずそうにしてたくせに。
海の部屋に入ったら、もうそれかよ。
「……楽しそうにしやがって」
声に出したら余計に腹が立った。
謙也が赤くなってるって言っていた。
何で?
何をされて、そんな顔になってるんだ。
近くに座ってるのか。
海と、美幸の妹が。
あいつの両隣に。
教室でもそうだった。
俺が顔を向けた先で、二人はいつも謙也の傍にいた。
今も、そうなのか。
いや、ここは学校じゃない。
海の部屋だ。
先生も他のクラスメイトのやつらもいない。
だったら、もっと。
「……やめろって」
誰に言ったのか自分でも分からなかった。
考えたくない。
見たわけじゃないんだぞ。
ただ喋ってるだけかもしれないだろ。
それなのに海が謙也の腕にくっついているところが浮かぶ。
反対側からは、美幸の妹が。
あいつは困った顔をして。
でも離れようとはしない。
やめろ。
勝手に想像するな。
俺は布団の中で首を振った。
髪が額に張りつく。
気持ち悪い。
耳も痛くなってきた。
ほんの少しだけ手の力を緩める。
「謙也君」
海の声。
俺を呼ぶときとは全然違った。
あんな声、俺には出さねえくせに。
すぐに手を押しつけ直した。
遅かった。
聞こえた声が頭から消えない。
あいつの名前を、嬉しそうに呼んでいた。
何度も。
何度も何度も。
「分かったよ……聞こえてるよ……」
謙也がいることくらい。
お前らが楽しくやってることくらい。
もう十分、分かってる。
だから、もういいだろ。
俺は枕を引き寄せようとして、片手を耳から離した。
その瞬間、またイチャイチャが聞こえる。
聞きたくない。
もう一言だって。
俺は目を閉じた。
「……何でだよ」
喉の奥が詰まった。
「もう勘弁してくれ〜……」




