第29話 二人の末路
ピンポ〜ン。
インターホンが鳴った。
「は〜い」
リビングから返事をする。
隣に置いていた学生カバンを持ってソファから立ち上がる。
時計を見る。
昨日と、だいたい同じ時間。
たぶん二人だろう。
そう思ったら玄関へ向かう足が少し速くなる。
別に急がなくても待っていてくれる。
分かってるけど待たせたくなかった。
靴に両足を入れる。
かかとを直してから扉を開ける。
「あ、謙也さん、おはようございます」
「謙也君、おはよう〜」
扉の向こうに白い髪と金色の髪。
美優ちゃんと海ちゃんが並んでいた。
二人とも、俺を見るなり笑顔になる。
朝からそんなに嬉しそうな顔をされたら、こっちまで口元が緩む。
「おはよう」
ちゃんと二人の顔を見て言えた。
……よし。
挨拶一つで何を安心してるんだって話だけど。
「今日も早いですね」
美優ちゃんが俺のカバンを見た。
「準備して待ってたから」
「うちたちのこと?」
「そりゃ、そうだよ」
答えたら、海ちゃんが美優ちゃんを見た。
美優ちゃんも海ちゃんを見る。
何だ。
何で二人で笑うんだ。
「待っててくれたんだって」
「聞こえてますよ。ちゃんと」
「本人の前でもう一度確認しなくていいから」
「だって嬉しいじゃん」
海ちゃんが、にっと笑った。
美優ちゃんまでうなずく。
そんなに喜ぶようなことを言ったつもりはないんだけど。
俺はカバンを持ち直して外に出た。
扉を閉め、鍵をかける。
その横で美優ちゃんが少し身を乗り出した。
「そうだ。聞いてください!」
「うん?」
「昨日、姉の方はパパとママに怒られて、きつく絞られてました」
鍵をしまう手が止まる。
「美幸が?」
「はい。ママが帰ってきて、すぐ二階に連れていかれたんです」
昨日、お母さんが電話していたところを思い出す。
俺たちが帰るまで美幸はずっと玄関に立っていた。
何か言いたそうにしていたけど、結局、俺には何も言わなかった。
「そのあとパパも帰ってきて。何があったのか聞かれたのでママが話をしてるって教えました」
「それで、お父さんも?」
「はい。そのまま二階に上がっていきました」
美優ちゃんがうなずく。
「私がご飯を食べ終わっても、まだ話してましたよ」
「そんなに……」
「それだけのことをしたんですから」
美優ちゃんの声が少しだけ硬くなった。
俺は返事をしかけて口を閉じる。
美幸のお父さんとお母さんのことは知っている。
小さいころ、遊びに行けばお菓子を出してくれた。
二人とも優しかった。
その二人に揃って怒られたのか。
美幸、泣いただろうな。
そこまで考えたところで海ちゃんも口を開いた。
「クズ兄の方も部屋に閉じこもって出てこなくなったよ」
今度は拓海か。
「昨日、帰ってきてからずっと。今朝も顔見てない」
「学校は?」
「さあ。うちが出るときは、まだ部屋にいたっぽいけど」
海ちゃんは肩をすくめた。
「……そうか」
それしか出てこなかった。
美幸も拓海も、今日は学校に来るんだろうか。
来たとして、どんな顔をするんだろう。
少し、かわいそうだと思った。
家でも落ち着けないのは、しんどいだろうなって。
でも俺が声を掛けに行こうとは思わなかった。
連絡して、大丈夫かって聞こうとも。
カバンの持ち手を握り直す。
あの日、屋上に置いていかれたとき。
俺は二人が戻ってきてくれたら、なんて思っていた。
今のは言いすぎたって。
悪かったって。
そう言ってくれないかと思って閉まった扉を見ていた。
結局、開いた扉の向こうにいたのは、美優ちゃんだった。
「謙也さん?」
顔を上げる。
美優ちゃんが俺を覗き込んでいた。
「すみません。朝から、こんな話をして」
「いや、大丈夫だよ」
海ちゃんも、さっきまでの笑みを引っ込めていた。
二人にそんな顔をさせたいわけじゃない。
「教えてくれてありがとう」
そう言うと、美優ちゃんが少しだけ眉を下げた。
「……はい」
「行こうか。遅れたら困るし」
「まだ全然間に合うよ?」
海ちゃんがスマートフォンの時間を見る。
「それでも早めに着いた方が安心だから」
「そっか。じゃあ、行こ」
海ちゃんが俺の左側に並んだ。
美優ちゃんは右側。
二人とも、ごく普通の顔でそこに来る。
俺も少しだけ、慣れてきた。
少しだけだけど。
朝の道を、三人で歩く。
学校に着けば、また気になることはあると思う。
でも今は美優ちゃんと海ちゃんとの時間を楽しみたかった。




