第16話 甘い声
「謙也さ〜ん」
「謙也く〜ん」
右から、左から。
やけに甘い声で名前を呼ばれる。
学校からの帰り道。
俺は美優ちゃんと海ちゃんに挟まれながら住宅街を歩いていた。
空はまだ青い。
道の向こうでは買い物袋を持った人が犬を散歩させている。
いつもの帰り道だ。
なのに俺だけ全然いつもどおりじゃない。
「謙也さん、聞こえてます〜?」
「聞こえてるよ」
「うちのは?」
「海ちゃんのも聞こえてる」
「よかった〜」
海ちゃんが笑いながら俺の左腕を抱え直す。
右腕には美優ちゃん。
二人とも、それぞれ俺の腕に両手を回している。
昇降口で靴を履き替えるときは一度離してくれた。
だから、そのまま普通に帰るんだと思った。
思ったんだけど。
外へ出た途端、右と左から同時に腕を取られた。
そして今に至る。
「……一つ聞いていいかな」
「はい」
「いいよ」
二人が揃って俺に視線を集める。
近い。
返事をするたびに顔までこっちに向けなくていいんだよ?
「いつまでこの状態?」
俺は動かせる範囲で両腕を少し持ち上げた。
美優ちゃんが自分の手元を見る。
それから、にこっと笑った。
「分かりません」
「今日はずっとかも」
海ちゃんまで楽しそうな口調になる。
「ずっと?」
「うん」
「帰るまで、とかじゃなくて?」
「まだ考えてなかったです」
美優ちゃんがさらっと言った。
そんな大事なところを決めずに抱きついてきたのか。
「歩きにくいですか?」
「いや歩けるけど」
「じゃあ大丈夫ですね」
「そういう問題なのかな……」
何も解決していない気がする。
でも美優ちゃんは納得した顔で前を向いた。
海ちゃんも小さくうなずいている。
俺だけが取り残される。
「あのさ、二人とも」
「はい?」
「なに?」
「周りの人、見てるんだけど」
さっきすれ違った同じ学校の男子なんて、一度通り過ぎてから振り返っていた。
気持ちは分かる。
俺だって他人がこんなふうに歩いていたら見ると思う。
「そうですね〜」
「見てるね〜」
「気にならないの?」
美優ちゃんが少し考えるように目を上へ向ける。
「謙也さんは気になります?」
「そりゃ、まあ」
「じゃあ私を見ていてください」
「え?」
「周りが気にならなくなるかもしれません」
水色の瞳が、まっすぐ俺を見る。
その顔があまりにも真剣で、一瞬、そういうものかと思いかけた。
いや違うだろ。
「前が見えなくなるから」
「あ、それは困りますね」
「美優、謙也君が転んじゃうよ」
海ちゃんが横から笑った。
「海だって、さっきからずっと謙也さんを見てるじゃん」
「うちはちゃんと前も見てるし」
「私も見てます」
二人が俺の前で顔を見合わせる。
その間にいる俺は、いったいどこを見ればいいんだ。
「あ」
俺の家だ。
さっきまで学校の近くを歩いていた気がするのに、もう着いたのか。
「着きましたね」
「ほんとだ」
二人も足を止める。
さすがに、ここまでだよな。
家に着いたんだし。
お礼を言って、また明日って。
そう思って口を開こうとしたところ。
「今日、謙也さんの家にお邪魔しますね!」
「うちも〜」
美優ちゃんと海ちゃんが一歩前に踏み出す。
「……え?」
今、何て?




