第14話 知らなかったんですか〜?
「体育で大中君すごかったね〜」
クラスメイトの女子に声を掛けられる。二人組だった。
五時間目が終わったあとの休み時間。
制服に着替えた俺は後ろの戸から教室に入った。そのまま自分の席に向かう途中だった。
「あ、ありがとう」
「南川君が投げられたとき何が起きたのか分からなかったよ」
「私も。気づいたら畳に南川君が倒れてるんだもん」
女子たちが顔を見合わせて笑う。
道場で拍手をされたときのことが、また頭に浮かぶ。
思い出すと、まだ顔が熱くなった。
「柔道の経験とかあるの?」
「ええっと……」
「私も聞きたい。あれ背負い投げだよね?」
返事に詰まったところへ別の女子まで寄ってくる。
「そうだったと思うけど」
「技の名前もちゃんと知ってるんだ」
「いや、さっき先生も言ってたし……」
「でも、あんなにきれいにできないって」
近い。
一人に答えようとすると、もう一人と目が合う。
そっちを見たら今度は横から質問が飛んでくる。
「小さいころから習ってたの?」
「部活とか入ってたっけ?」
「大会にも出たりしてた?」
「ちょ、ちょっと待って」
俺は戸惑いを隠せない。
誰から答えればいいんだ。
というか、なんでこんなに集まってるんだ。
最初は二人だったはずなのに、いつの間にか四人になっている。
教室の後ろって、こんなに狭かったっけ。
「ごめん。一気に聞きすぎた?」
「いや大丈夫。大丈夫なんだけど……」
全然大丈夫じゃない。
今まで女子にこんなに囲まれた経験なんてない。
プリントが足りないとか、掃除の当番を代わって欲しいとか。
そういう話なら、まだ返事のしようがある。
でも凄かったと言われたあとに何を言えばいいのか分からない。
もう一度ありがとうって言うべきか?
さっき言ったばかりなのに?
「大中君、顔赤いよ」
「体育のあとだから」
「もう着替えたのに?」
「まだ、ちょっと熱くて」
適当な言い訳しか出て来ない。
「でもさ南川君に向かって来られて怖くなかった?」
「それは……」
怖くなかったわけじゃない。
ただ向かってくる拓海に体が勝手に反応していた。
「はいはい、通りますよ〜」
「ごめんね〜、ちょっと通して〜」
それをどう話せばいいのか頭を悩ませていると、後ろの扉の方から聞き慣れた声がした。
白い髪が見えた。
続いて、その隣に金色の髪。
美優ちゃんと海ちゃんだ。
「謙也さん、こっちにいたんですね」
美優ちゃんは女子たちの間を覗いて俺を見つけると、にこっと笑う。
「席にいないから心配したよ」
海ちゃんも片手を振る。
「あ、うん。さっき戻ってきたばかりだから」
「なるほど〜」
美優ちゃんが女子たちをちらっと見た。
それから俺へ視線を戻す。
「ずいぶん楽しそうですね?」
「え?」
「うちも混ぜてもらおうかな〜」
海ちゃんが、すっと俺の左側へ入ってくる。
美優ちゃんも素早く右側に立つ。
女子たちと少しだけ距離ができたおかげで俺にゆとりができる。
「二人とも、もう来たんだ」
「来ますよ。休み時間ですから」
「約束したじゃん」
そう言われると何も返せない。
「で、何の話してたの?」
海ちゃんが尋ねる。
その直後。
「そうだ。二人は大中君が柔道強いって知ってたの?」
女子の一人が興味津々な口調で聞く。
美優ちゃんと海ちゃんの動きが止まった。
それに、どうして二人とも目を合わせるんだ?
二人が揃って一歩前に出る。
「もしかして知らなかったんですか〜!」
美優ちゃんが両手を口元へ持っていった。
指まで大きく開いている。
水色の瞳を丸くしているけど、驚き方が少し大袈裟だった。
「まじ〜!」
海ちゃんも片手を口へ添える。
声が、やけに楽しそうだった。
絶対そこまで驚いてないだろ。
「え、なに。その反応」
「二人とも知ってたんだ?」
女子たちも、それが分かったらしい。
「もちろんです!」
美優ちゃんが即答する。
「美優ちゃん、別にそんな……」
「謙也さんは柔道だけじゃなくて空手もできて超強いんですよ!」
「えっ、空手も?」
「そうなんだ!」
女子たちの視線が一斉に俺に集まる。
ちょっと待って。
話が大きくなってる。
「昔、少しやってただけだよ」
「少しであんな投げ方できるの?」
「体が覚えてたっていうか……」
「じゃあ、やっぱり経験者じゃん」
うっ。
そこを言われると弱い。
先生にも素直に昔やっていたと言えばよかった。
変に期待されたくなくて、とっさに否定してしまったけど。
「うちがナンパとか、しつこい男に困ってたときも、何回も助けてくれたもんね〜」
海ちゃんが上目遣いで俺に笑いかける。
「え、助けたって?」
俺が聞き返すと、海ちゃんが目を丸くした。
「覚えてないの? 帰ろうとしてるのに、ずっとついてこられたことがあって」
「ああ……」
駅の近くで海ちゃんを見つけて目があった時か。
最初は知り合いと話しているのかと思ったけど海ちゃんがすぐに俺の後ろに回ったから流石に放っておけなかった。
「謙也君がすぐ助けてくれたんだよ〜」
「たまたま近くにいただけだって」
「近くにいても助けてくれない人だってごまんといるじゃん」
海ちゃんが俺を見上げる。
「うちは、すっごく助かったの!」
「……そっか」
「うん」
そんな顔で言われたら、それ以上は何も言えなかった。
「私の時もです」
今度は美優ちゃんだった。
「断ってるのに話をやめてくれない人がいて。謙也さんが来てくれなかったら、どうしようかと思いましたよ」
「でも、あれもたまたまで……」
「たまたまなんて関係ありません! 助けてくれたからいいんです!!」
美優ちゃんが真剣な眼差しを俺に向ける。
「謙也さんって、そういうところありますよね」
「そういうところ?」
「自分がしてくれたこと、すぐ大したことないって言うところです」
「あ、それ。うちも思ってた」
海ちゃんがうなずいた。
「「ねぇ〜」」
二人が俺の前で満面の笑みで顔を見合わせる。
声まで揃っていた。
「じゃあ大中君って二人のこと前から助けてたんだ」
女子の一人が言った。
「うん!」
「はい!」
また揃う。
「何かいいね。そういうの」
「困ったときに助けてくれる人って頼りになるよね」
「しかも、あれだけ強かったら安心じゃない?」
さっきとは違う目で見られている気がした。
柔道の技を聞かれたときより、もっと落ち着かない。
近くにいた女子が少し身を乗り出す。
「大中君って普段はあんまり自分のこと話さない感じだよね」
「聞かれることも、そんなになかったから」
「もっと話してくれればいいのに」
「いや話すほどのことじゃ……」
言いかけたところで左右から視線を感じた。
美優ちゃんと海ちゃんが俺を見ている。
あ。
「……ないと思ってたんだけど」
「思ってたんですね?」
美優ちゃんに聞き返される。
「うちからすると話したいこといっぱいあるけどね」
「海ちゃん、それはもういいから」
「まだあるの?」
女子が食いついた。
やめてくれ。
そこで興味を持たないでくれ。
「ありますよ〜」
美優ちゃんが嬉しそうに答える。
「み、美優ちゃんまで」
「だって本当のことですから」
美優ちゃんは俺から女子たちへ向き直った。
「なんたって私の自慢の謙也さんですから」
美優ちゃんが、なぜか自分のことみたいに胸を張る。
「もちろん、うちもね」
海ちゃんまで隣で胸を張った。
女子たちが二人を見て、それから俺を見る。
「……そっかぁ」
女子たちの妙に納得したような笑顔はなんだ。
それに俺のことを話しているのに、どうして美優ちゃんも海ちゃんもそんなに得意げなんだよ。
「本人がここにいるんだけど……」
「知ってますよ?」
「だから言ってるんじゃん」
ただ顔が熱い。
どうしようもなく熱い。
勘弁してくれ。
道場で拍手されたときよりも今の方がよっぽど恥ずかしかった。




