第11話 休み時間
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
教室にチャイムが鳴り響く。
「じゃあ今日はここまで。続きは次の時間にやるぞ」
先生が教科書を閉じる。
日直による号令に合わせて一同が立ち上がって頭を下げる。
先生は出席簿を抱えて教室を出ていく。
その姿が見えなくなった途端あちこちで声が広がる。
「最後の問題、分かった?」
「いや、全然」
「次なんだっけ?」
椅子を引く音。
友達の席へ向かう足音。
さっきまで黒板に向いていた顔が、いろんな方向へ動き始める。
一時間目が終わった。
俺は机の上のノートを見る。
とりあえず板書は写せてる。
何も書いていないまま授業が終わるよりかは、いいだろう。
「……次なんだっけ」
小さく呟いて時間割を確かめる。
数学か。
使っていた教科書を閉じてノートと重ねて机の中へしまった。
代わりに数学の教科書を出す。
ノートも。
筆箱は、このままでいい。
そこまで準備して手が止まった。
周りは相変わらず騒がしい。
誰かの笑い声がすると、どうしても気になってしまう。
俺のことじゃない。
今のは、さっきの問題の話だ。
そう分かっていても、つい耳が向く。
美幸と拓海の方は見なかった。
教室へ戻ってからも自分の席に着いて前だけを向いていた。
今のところ二人とも話しかけてこない。
このまま次の授業が始まってくれれば。
そんなことを考えて時計へ目を向けた。
まだ休み時間は始まったばかりだった。
『私、休み時間も謙也さんのところに行きます』
美優ちゃんの声が浮かぶ。
海ちゃんも来るって言っていた。
でも二人とも授業が終わったところだろう。
教科書を片づけたり次の準備をしたり。
こっちに来るまで少しくらいは――。
ガラッ!
教室の後ろの戸が勢いよく開いた。
思わず振り返る。
「謙也さん!」
「謙也君!」
白い髪と金色の髪が、ほぼ同時に見えた。
美優ちゃんと海ちゃんだった。
二人は俺を見つけると真っ直ぐこちらに向かう。
早い。
まだチャイムが鳴ってから、そんなに経ってないぞ。
通路にいた男子が一歩横へよけた。
「すみません通ります!」
「ありがと!」
二人はその横を抜けて駆け足で俺の席までやってきた。
俺が挨拶をするより先に美優ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫?」
海ちゃんも隣から身を乗り出した。
近い。
しかも二人とも真剣だ。
何か変わったところがないか、確かめているみたいだった。
「う、うん。大丈夫だったよ」
俺は二人を交互に見ながら答える。
「授業も普通に受けられたし」
「……何か言われてませんか?」
「言われてないよ」
「変なことされたりも?」
「されてない大丈夫」
「よかったです」
「よかった〜……」
海ちゃんが胸元に手を当てて長く息を吐く。
美優ちゃんも肩の力を抜く。
そんなに心配してくれていたのか。
「二人とも早かったね」
「授業が終わったので」
「それは確かにそうだけど」
「先生が出たら、すぐ来たよね」
「うん」
美優ちゃんと海ちゃんが当たり前みたいにうなずき合う。
俺はもう一度、時計を見た。
ほんとに、すぐ来てくれたんだな。
「次の授業の準備は?」
「してません」
「うちも」
「え、ええ!?」
「大丈夫ですよ。すぐできますから」
美優ちゃんが少しだけ胸を張った。
俺は机の上に出した数学の教科書へ目を落とす。
準備をして時計を見て。
俺がやったのは、それだけだ。
なのに、もう二人がいる。
「二人とも、ありがとね」
口にすると美優ちゃんと海ちゃんが俺を見る。
「本当に来てくれて」
「……」
「……」
二人はなぜか顔を見合わせた。
何か変なことを言っただろうか。
俺が戸惑っていると美優ちゃんが先にこちらへ向き直る。
「当然ですよ〜」
「お礼なんていいからさ〜」
海ちゃんも続いた。
二人の目が細くなる。
にこーっと見ているこっちまでつられそうな笑顔だった。
美優ちゃんなんて俺の机に両手をついて前のめりになっている。
白い髪が肩からさらりと落ちた。
水色の瞳が、すぐ目の前にある。
「来るって約束したじゃないですか」
「うん。そうだけど」
「だったら、来ますよ〜」
迷いのない声だった。
海ちゃんは美優ちゃんの隣で両手を後ろに組んでいる。
「もしかして来ないと思ってた?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、待ってた?」
「……まあ」
「まあ?」
海ちゃんが笑ったまま聞き返す。
美優ちゃんまで、じっと俺を見ていた。
二人とも何でそこで待つんだよ。
「……待ってたよ」
言った途端、美優ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
海ちゃんも組んでいた手を一度ほどく。
「そっか!」
「じゃあ急いで来てよかったです」
そんなに嬉しそうにしないでほしい。
こっちが恥ずかしくなる。
俺は視線を下げた。
数学の教科書が見える。
表紙を見ているだけなのに、なぜか文字が全然頭に入ってこなかった。
「謙也さん、次は数学ですか?」
「え? あ、うん」
「私たちは英語です」
「そうなんだ」
「うち次に当てられそうなんだよね」
海ちゃんがちょっとだけ困った顔をした。
「前の時間うちの一個前で終わってたから」
「予習した?」
「あまりしてない。だから自信ない」
「ああ……それはしんどいね」
思わずうなずいた。
俺にも覚えがある。
「謙也君もそういうのある?」
「あるよ。自信ないから名前を呼ばれると焦る」
「そう! それ!」
海ちゃんが嬉しそうに身を乗り出した。
美優ちゃんが隣で小さく笑う。
俺もいつの間にか笑っていた。
そんなときに誰かが俺の席の横で足を止めた。
「ね、ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。いいかな?」




