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幼馴染の美少女とイケメンの親友に嘘告された俺。それを知った二人の妹たちがブチギレた  作者: 白金豪


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第10話 退出

「謙也さんに酷いことして! 最低なんだよ!!」


 美優ちゃんの声が教室に響き渡る。


 クラスメイトたちが男女関係なくびくっと肩を震わせる。


 俺まで息を飲んでいた。


 美優ちゃんは美幸を睨んでいる。


 下ろした右手が、ぎゅっと握られていた。


「好きでもないのに好きだって言って! 本気にしたら二人で笑って!」


「……美優」


「何? 違うって言うの?」


 美幸は頬に手を当てたまま口を開こうとした。


 けれど、すぐには声が出てこなかった。


 さっきまで、あんなに大きな声で妹を呼んでいたのに。


「謙也さんがどんな気持ちだったか、少しでも考えた?」


「それは……」


「考えてないよね。考えてたら、あんなことできないもんね!」


 教室のどこかで椅子が小さく鳴った。


 美優ちゃんの肩が上下している。


「昨日、謙也さんが……」


 そこまで言って、美優ちゃんの言葉が途切れた。


 俺の方に一瞬だけ目を向ける。


 視線が合うと唇をきつく結んだ。


 その先は言わなかった。


 屋上で絶望していたことも。


 立ち上がれなくなっていたことも。


 言わずに、また美幸へ顔を戻した。


「……よく今日も普通の顔でいられるね」


「美優、ここでそんな話……」


「ここじゃなかったら聞くの?」


 美幸が周りに助けを求めるように視線を向ける。


 目が合った女子が気まずそうに視線を逸らす。


 美幸の顔が明らかに強張る。


「美優の言う通りだよな! お前も同罪だけどな!!」


 今度は海ちゃんの声だった。


 振り向くと、まだ拓海の胸ぐらを掴んでいた。


 拓海の制服は胸元でぐしゃっと寄っている。


 壁についた背中も、そのままだった。


 海ちゃんが顔を近づける。


 拓海の顎が少し上がった。


「答えろよ」


「……そんな、深い意味は」


「じゃあ浅い気持ちで人を傷つけてんだ?」


 拓海が黙る。


「お前、謙也君と長く一緒にいたじゃん」


 海ちゃんの声が、少しだけ低くなった。


「うちより、ずっと長くさ」


「……海」


「それで、何であんなことできんの?」


 拓海の口が動く。


 でも言葉にはならなかった。


 俺は肩にかけたカバンの紐を握り直した。


 指先が冷たい。


 二人が怒ってくれている。


 俺のために。


 昨日、何も言えなかった俺の代わりに。


 それは分かる。


 分かるから胸が詰まった。


 嬉しくないわけじゃなかった。


 でも美優ちゃんの握った手が見えた。


 海ちゃんの力の入った手も。


 このまま見ているだけでいいのか。


 二人が、もっと嫌な顔をすることになったら。


 俺は足を動かした。


 さっき教室の前では、あんなに動かなかった足が、今度は咄嗟に前へ出た。


「ちょ、ちょっと美優ちゃん、落ち着いて」


 すぐ傍まで行って声をかける。


 美優ちゃんが振り返った。


「謙也さん……」


 目が合った途端、眉の間に寄っていた皺が少し緩んだ。


「でも……」


「うん」


「謙也さんに、あんなこと……」


「分かってるよ」


 うまい言葉が見つからなかった。


 もういい、と言うのは違う。


 昨日のことを許したわけじゃない。


 美幸と目を合わせるのだって、まだ怖かった。


 だから俺は美優ちゃんだけを見た。


「怒ってくれて、ありがとう」


 美優ちゃんの目が少し見開かれる。


「でも、ちょっとだけ落ち着こうか」


「……はい」


 俺は美優ちゃんの傍を離れて今度は海ちゃんの方へ向かう。


 拓海の顔が見えた。


 目が合う。


 胸の奥が、ひゅっと縮んだ。


「謙也……」


 名前を呼ばれただけで昨日の笑い声が頭に浮かんだ。


 俺でいいの、と聞いた俺を真似していた声。


 大袈裟だって言った声。


 足が止まりかけた。


 それでも海ちゃんのところまで歩いた。


「海ちゃんも。ねっ」


 海ちゃんが俺を見る。


 兄を睨んでいた茶色の瞳が、わずかに揺れた。


「……謙也君が言うなら」


 掴んでいた指が一本ずつ緩む。


 拓海の胸元から手が離れた。


 拓海はすぐに襟を引っ張って直し、壁へ肩を預けたまま息をついた。


 海ちゃんは、そんな兄を一度だけ見た。


「勘違いすんなよ」


 低い声だった。


「許したわけじゃないから」


 拓海は返事をしなかった。


 海ちゃんが俺へ向き直る。


 さっきまで制服を掴んでいた手を、そっと体の横へ下ろした。


「……ごめんね、謙也君」


「え?」


「びっくりしたよね」


 海ちゃんの眉が不安そうに下がった。


 その顔を見たら何だか俺まで困ってしまった。


 怒っていたのは俺のためなのに。


 最後に俺に謝るなんて。


「びっくりは、したけど」


「うん……」


「ちゃんと離してくれて、ありがとう」


 海ちゃんは一瞬、黙った。


 それから小さくうなずいてくれた。


 背中の方で足音がして美優ちゃんが隣へ来た。


 二人が俺を見る。


 教室に入る前も、こうして左右にいてくれた。


 まだ、ほんの少ししか時間は経っていないはずなのに。


 やけに長かった気がする。


「美優ちゃんも海ちゃんも、一旦、出ようか」


「はい」


「うん。行こ」


 クラスのやつらが、まだこっちを見ていた。


 目が合うと逸らすやつもいる。


 なにか言いたそうに口を開くやつもいる。


 でも誰も声を掛けてこなかった。


 教室の扉まで三人で歩く。


 今度は手を繋いでいない。


 そのまま俺は二人と一緒に教室を後にした。



☆☆☆



 屋上の扉を開けると、やや冷たい風が頬に当たった。


 誰もいない。


 フェンスの向こうに広がる空も足元の床も昨日と同じだった。


 思わず扉を押さえる手に力が入る。


 あそこで美幸に好きだと言われた。


 そのあと、俺は――。


「謙也さん?」


 後ろから呼ばれて振り返った。


 美優ちゃんが心配そうに俺を見ている。


 その隣には同じような海ちゃんもいた。


「ここで大丈夫ですか?」


「……うん」


 一人だったら、入れなかったかもしれない。


 でも今は背中の方から二人の足音が聞こえる。


 俺は扉から手を離した。


 重たい音を立てて閉まる。


「二人とも、一旦座って」


 ベンチを指さす。


 美優ちゃんと海ちゃんが揃って見た。


「はい……」


「うん……」


 二人は素直に腰を下ろした。


 美優ちゃんが膝の上に両手を置く。


 海ちゃんも足を揃える。


 教室にいたときとは、まるで違った。


 あんなに怒っていた二人が今は俺を見上げている。


「…………」


「…………」


 俺も何を言えばいいのか分からなくなった。


 落ち着いて欲しくて、ここまで来てもらった。


 でも、いざ静かになると困る。


 先生みたいに二人の前に立っているのも変だよな。


「……怒ってますか?」


 美優ちゃんが小さく尋ねた。


「え?」


「私たちに」


 海ちゃんも、ちらっと俺の顔を見る。


 俺は慌てて首を横に振った。


「怒ってないよ」


「でも、止めさせちゃったし」


 海ちゃんが自分の手を見下ろす。


「謙也君、教室に入るだけでも大変だったのに」


「……びっくりはしたけど」


 それは本当だった。


 海ちゃんが拓海を壁に押しつけたときも。


 美優ちゃんが美幸の頬を叩いたときも。


 何が起きたのか、すぐには分からなかった。


「二人が怒ってくれたのは、嬉しかったよ」


 二人の顔が上がった。


「俺、昨日はなにも言えなかったから」


 普通に教えてくれればよかった。


 それだけ言うのにも声が震えた。


 言いたいことは、もっとあったはずなのに。


「でも、二人が誰かを叩いたりするところとかは……あんまり見たくないかな」


 美優ちゃんが右手を左手で包んだ。


 海ちゃんも、ゆっくりとうなずく。


「……はい」


「うん。ごめんね」


「いや、だから、謝ってほしいわけじゃなくて」


 言ってから俺は頭をかいた。


 さっきから、こればかりだ。


 もっと上手く言えないのかよ。


「とにかく、少し休もう。俺もまだ頭が追いついてないから」


 それっきり会話が止まった。


 風が吹く。


 フェンスの向こうから車の走る音がかすかに届く。


 美優ちゃんの白い髪が肩を滑った。


 海ちゃんが風に流された金髪を指で押さえる。


 誰も帰ろうと言わない。


 教室、どうなってるんだろう。


 美幸と拓海は、なにを話しているんだろう。


 また俺のことを――。


「私、決めました!」


「うちも!」


「うわっ」


 二人がほとんど同時に立ち上がった。


 俺は思わず背筋を伸ばす。


 美優ちゃんも海ちゃんも、まっすぐ俺を見ていた。


 なにを?


 そう聞く前に二人が顔を見合わせた。


「あ……海も?」


「うん。美優も、なんかある感じ?」


「うん」


 美優ちゃんが海ちゃんへ片手を向ける。


「じゃあ、どうぞ」


「いや美優からでいいよ」


「海が先でいいって」


「うちはあとで大丈夫だから」


 二人の手が、お互いの方へ向く。


 さっきまでの勢いはどこへ行ったんだ。


「……二人とも俺に何かあるんだよね?」


「あ、はい!」


「そうそう!」


「じゃあ美優ちゃんから聞いてもいい?」


 俺が言うと、海ちゃんが大きくうなずいた。


「ほら。謙也君もそう言ってるし」


「……分かった」


 美優ちゃんが俺に視線を向ける。


「私、休み時間も謙也さんのところに行きます」


「……休み時間?」


「はい。謙也さんの教室に」


 俺は美優ちゃんを見た。


 冗談を言っている顔じゃなかった。


「お昼休みもです」


「いや、でも……自分のクラスの友達とか」


「友達とも話せます! 謙也さんにも会いに行きたいんです」


 迷いのない返事だった。


「ずっといるわけにはいかないですけどね」


「わざわざ来てもらうの悪いよ」


 美優ちゃんの眉が少し寄った。


「また、それですか?」


「え?」


「昨日も言いましたよね。私がしたいからって」


 ああ。


 確かに言われた。


 俺が黙ると美優ちゃんが少しだけ身をかがめる。


「それとも私が来たら迷惑ですか?」


「そんなわけないだろ」


 思ったより早く答えていた。


 美優ちゃんが目を丸くする。


 俺は慌てて言葉を足した。


「迷惑じゃない。来てくれたら、嬉しいけど」


「じゃあ、行きます」


「……決まるの早いな」


「謙也さんが嬉しいなら迷う理由はありません」


 そう言って笑った。


 さっきまで握られていた手が今は体の横で緩んでいる。


 その顔を見ていたら俺もそれ以上は断れなかった。


「で、うちも同じ!」


 海ちゃんが隣から顔を出した。


「美優と同じで休み時間に会いに行くから」


「海ちゃんも?」


「うん。お昼もうちを仲間に入れてね」


「もちろん!」


 美優ちゃんが答える。


 俺が何も言わないうちに二人の間で話が進んでいた。


「一緒に行けるときは行こ」


「そうだね。移動教室のときは?」


「そのときは行ける方が行けばよくない?」


「うん。それがいいね」


「ちょ、ちょっと待って」


 二人が俺を見る。


「そんなに俺に合わせなくていいから。休み時間だって短いし、二人にも用事があるだろ」


「用事ならあるよ?」


 海ちゃんが首をかしげた。


「謙也君に会う用事」


「……それは」


「だから、ちゃんと用事を済ませに行くわけ」


 海ちゃんは得意そうに笑った。


 美優ちゃんまで隣でうなずいている。


 ずるいだろ、その言い方。


 そんなふうに言われたら返す言葉がない。


「別に毎回なにかしてくれなくてもいいからね」


 海ちゃんが続けた。


「ちょっと話すだけでもいいし。話したくないときは、隣にいるだけでもいいし」


「眠かったら寝ていても大丈夫ですよ」


 美優ちゃんまで付け足す。


「いや、来てもらって寝るのはどうなの」


「寝顔が見られるので」


「美優ちゃん?」


「あ、いえ。ちゃんと休める方がいいので」


 美優ちゃんが急に分かりやすく視線を逸らす。


 海ちゃんが横を向く。


 その肩が少し揺れていた。


「……今、笑った?」


「笑ってないよ?」


「絶対笑ったでしょ、海」


「気のせい気のせい」


 二人のやり取りを見ていたら俺まで少し笑ってしまった。


 美優ちゃんも海ちゃんも、すぐにこちらを見る。


「な、なに?」


「いえ」


「なんでもないよ」


 二人とも、さっきより嬉しそうだった。


 教室に戻れば美幸と拓海がいる。


 二人が何を言うかは分からない。


 さっきのことだって、どうなるか分からない。


 でも休み時間になったら美優ちゃんが来る。


 海ちゃんも顔を出してくれる。


 昼休みもそう。


「……じゃあ、お願いしてもいいかな」


 俺が言うと美優ちゃんがぱっと笑った。


「はい!」


「もちろん!」


 海ちゃんも笑う。


 その声が揃ったのがおかしくて、また少し頬が緩んだ。


「でも無理はしないでね」


「謙也さんもですよ」


「そうそう。一人で大丈夫なふりするの、なしね」


 二人から言われて、俺は口を閉じた。


 ちょうど、大丈夫だよと言いかけていた。


「……なるべく」


「そこは約束してください」


「美優、今のはちょっと怪しかったね」


「かなり怪しかったです」


「分かった。ちゃんと言うから」


 俺が両手を上げると、ようやく二人は納得してくれた。


 美優ちゃんが元の場所に座る。


 海ちゃんも腰を下ろして俺の方へ少し体を向けた。


「じゃあ決定ね!」

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