第55話:紬の怒りと涙
地上二百メートルのプレジデンシャル・スイートに、重たく、張り詰めた静寂が降り積もっていた。
壁一面の特大マルチモニターには、槇原紬の出勤ルート、バイタルデータ、通信ログ、そして過去五年間にわたる「害虫排除実績」が、青白い光を放ちながら冷酷に浮かび上がっている。
その光の真下。
磨き抜かれた最高級大理石の床の上に、四人の男たちが平伏していた。
東証プライム上場の総帥・鷹見征司は、泥に汚れた高級スーツのまま額を床に擦り付けんばかりに屈服し、
社内エンジニアの成瀬郁は、パーカーのフードを目深に被ったまま両手で顔を覆い、しゃくり上げて涙を零し、
幼馴染の精神科医・保科貴文は、白衣の裾を床に散らし、自らの無力と罪深さに打ちひしがれて両膝を折り、
隣人の元SP・梶原敦志は、包帯から血を滲ませた左手首を強く握りしめたまま、直立不動の軍人が処刑を待つかのように深く頭を垂れていた。
「……槇原。私を軽蔑してくれて構わない」
「紬さん……嫌いにならないで……」
「僕が全部悪かったんだ……」
「……命だけは、お前を守るために使わせてくれ」
四つの剥き出しの懇願。
そこに漂っていたのは、権力者の傲慢でも、犯罪者の居直りでもなかった。
自分たちが心血を注ぎ、全知全能のリソースを投入して築き上げてきた『世界で一番安全な無菌室』が音を立てて崩壊した今、ただ一人の少女に拒絶されること――その絶対的な恐怖だけに怯え、震え、魂の底から許しを乞う、哀れな信徒たちの姿だった。
背後に控える関茉莉花と日下部莉緒は、腕を組んだまま息を呑み、
佐伯千冬は胸元に抱えた手帳を爪が白くなるほど強く握りしめ、
バーカウンターの奥の九重圭は、冷めきったカモミールティーのトレイを前に、痛む胃袋を抱えて目を伏せていた。
すべての視線が、部屋の中央に立ち尽くす一人の少女へと注がれていた。
「…………」
槇原紬は、動かなかった。
足元に転がった、泥に汚れた社員証ケース。
薄い紙袋に入った文庫本。
彼女の華奢な肩は、先ほどまでの激しい過呼吸の余波で小刻みに震えていた。両手は自らの胸元をぎゅっと掻きむしるように握りしめられ、淡いキャメル色のウールコートの生地を強く引き絞っている。
一分。
二分。
針の一本が落ちても雷鳴のように響きそうな静寂の中、壁掛け時計の秒針だけが、無慈悲にチク、タク、と時を刻み続けていた。
紬の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
頬を伝い、顎を濡らし、大理石の床へと透明な染みを作っていく。
男たちは、その涙の一滴一滴が床に落ちる音すら聞き取っているかのようだった。そのたびに鷹見の背筋がビクッと跳ね、成瀬の呼吸が詰まり、保科の指先が痙攣し、梶原の奥歯がギリリと軋んだ。
彼らは信じ込んでいた。
今、この瞬間、自分たちは彼女の口から下される『死刑宣告』を待っているのだと。
警察に通報される。
汚物を見るような目で見下ろされる。
二度と顔を見せるなと、冷酷な言葉で永久に追放される。
それこそが、彼女の純粋な信頼を踏みにじり、裏で街ごと彼女を囲い込んできた自分たちにふさわしい断罪なのだと――。
やがて。
カツン、と。
紬の履くパンプスのヒールが、大理石の床を一歩、踏みしめた。
「…………っ!」
成瀬がびくっと肩を竦め、鷹見の首筋が強張る。
紬は、ゆっくりと、けれど一切の躊躇のない確固たる足取りで、前へと歩み出した。
カツ、カツ、カツ。
規則正しい足音が、静まり返ったスイートルームに響き渡る。
紬は、床に散らばった三島の犯罪記録を踏むこともなく、怯えて顔を伏せる成瀬の脇を通り過ぎ、絶望に沈む保科の前を通り抜け、
そして――
黒檀のラウンドテーブルの正面、床に額を近づけて平伏している鷹見征司の、すぐ目の前でピタリと立ち止まった。
◇
見下ろす紬と、床に伏したままの鷹見。
鷹見の視界の端に、泥水で汚れた紬のストッキングと、小さなパンプスの爪先が映り込んだ。
息が詰まる。
心臓が破裂しそうだ。
鷹見は両手を床についたまま、ゆっくりと、まるでギロチンの刃を見上げる死刑囚のような覚悟をもって、顔を持ち上げた。
「……槇、原……」
掠れた、震える声。
見上げた先。
そこに立っていた槇原紬の顔は、涙で濡れそぼっていた。
しかし――その瞳の奥に宿っていたのは、先ほど路地裏で見せたような、怯えや絶望の色ではなかった。
それは、夜空を焦がす炎のような、激しく、澄み渡り、そしてどこまでも真っ直ぐな――本物の「怒り」だった。
「…………」
紬は無言のまま、すっと右腕を振り上げた。
華奢な、小さな手。日頃はパソコンのキーボードを真面目に叩き、原稿用紙に丁寧な赤ペンを入れている、温かな手。
その手が、空を切り裂き――
――パァァァァァンッッッッ!!!!
澄み渡るような、破裂音が部屋中に炸裂した。
「「「「…………ッッッッ!?」」」」
乾いた、鋭利な衝撃音。
紬の小さな手のひらが、東証プライム上場の総帥・鷹見征司の左頬を、一切の手加減なしに、力任せに張り飛ばした音だった。
バチン、と鷹見の端正な顔が右横へと弾かれ、乱れた前髪が激しく揺れた。
殴られた左頬が、瞬時に鮮烈な朱色へと染まり上がる。
「え……?」
成瀬の喉から、間の抜けた悲鳴が漏れた。
保科が目を見開いて息を呑み、梶原が彫像のように固まる。
背後で見守っていた関茉莉花と日下部莉緒ですら、顎が外れんばかりに目を丸くしていた。
鷹見征司。政財界のトップに君臨し、内閣総理大臣ですら丁重に頭を下げる若き大財閥の総帥が、一介の女性編集者に、真正面から平手打ちを食らったのだ。
しかし――
打たれた鷹見本人は、痛みに呻くことすら忘れていた。
弾かれた顔をゆっくりと正面へと戻し、赤く腫れ上がった頬を押さえることもせず、ただ呆然と、信じられないものを見るように紬を見上げていた。
紬の右手が、激痛でジンジンと赤く熱を帯びて震えている。
だが、紬はその痛みに眉ひとつ動かさなかった。
紬は肩を激しく上下させ、溢れ出る涙を手の甲で乱暴に拭うと、平伏する四人の男たちを見下ろし――
スイートルームの強化ガラスをビリビリと震わせるほどの声量で、魂の底から絶叫した。
「――馬鹿ッッッッ!!!!」
◇
怒号。
それは、怒り狂った猛獣の咆哮よりも鋭く、そして雷鳴よりも重く、男たちの鼓膜を叩き割った。
「みんな、揃いも揃って……大馬鹿者ですッッッッ!!!!」
紬の両目から、大粒の涙が滝のようにボロボロと零れ落ちる。
顔を真っ赤にして、唇を震わせ、胸元のコートをぎゅっと握りしめながら、紬は泣き叫んでいた。
「監視されてたことも、勝手にカメラで見られてたことも、怒ってます! 裏で勝手に手回しされて、守られてたことも、信じられないくらい腹が立ってます! 気持ち悪いし、怖いし、許せません!!」
紬の声が裏返り、激しい感情の奔流となって降り注ぐ。
「でもね……でもねッ!! 私が今、一番腹が立ってるのは……そんなことじゃないッッ!!」
「え……?」
床に手をついたままの成瀬が、涙を浮かべた目でぽかんと紬を見上げた。
保科が息を呑み、鷹見が瞬きをする。
紬は足を踏み鳴らし、大理石をバンッと蹴りつけた。
「なんで……ッ!! なんでそんなに一人で全部抱え込んで、ビクビクして、そんな情けない、苦しそうな顔で私の顔色を伺ってるんですかァァァァッッ!!!!」
ドォォォォォォンッッッッ!!!!
男たちの脳天に、見えない鉄槌が直撃した。
紬の怒りの矛先。
それは――自分たちが犯したストーカーまがいの犯罪行為や、裏工作そのものに向けられたものではなかった。
「な……に……?」鷹見の唇が震える。
「見れば分かりますよ!!」
紬は涙声のまま、指先を一人ひとりに突きつけた。
「副社長!! 会社ではあんなに偉そうにして、隙のない完璧なエリートの顔をしてるくせに……裏でそんなにビクビク怯えて、ネクタイピンを指に突き刺してまで我慢して……何やってるんですか!? 何が『路傍の石でいい』ですか! 何が『視界の片隅でいい』ですか! 大企業のトップが、そんな情けない顔で床に這いつくばって……恥ずかしくないんですか!?」
「ま、槇原……」
「成瀬くんもそうです!!」
紬は成瀬の鼻先を指差した。
「いつも『紬さぁん』って可愛く笑って、頼りになる後輩のフリをしてたくせに……裏で二十四時間モニターに張り付いて、目を真っ赤にして、不眠症になって、心拍数が危険域になるまで自分を追い詰めて……! 何が『僕の脳内メモリをフォーマットして』ですか! そんなに一人で抱え込んで泣いてるくらいなら、最初から『好きです』って言いに来なさいよ、このヘタレのハッカーが!!」
「ふぇっ……!?」
成瀬の顔が、涙で濡れたまま、カッと信じられない速度で茹でダコのように真っ赤に沸騰した。
「タカちゃんもそう!!」
紬は保科の白衣を激しく睨みつけた。
「幼馴染だからって、何が『安全な兄貴分』ですか! 十年間も私のカルテを隠し持って、胃薬飲んで、精神安定剤をボリボリ噛み砕いて……そんなに苦しい思いをしてまで、なんで一人で全部背負い込んでるのよ! 幼馴染なら、家族みたいに大切な人なら……『お前が心配でたまらないんだ』って、なんで正面から怒ってくれなかったのよ、この大馬鹿医者!!」
「紬……ちゃん……」
保科の眼鏡の奥から、ポロポロと涙が溢れ出した。
そして――紬は、最後に梶原敦志の前へと詰め寄った。
大柄な梶原の胸板の前に立ち、紬は梶原の痛々しい左手首――包帯から血が滲み出ているその手首を、自らの両手で、乱暴に、けれど壊れ物を包むようにぎゅっと掴み取った。
「梶原さんッ!!」
「…………っ」
「エレベーターの時、私を励ましながら……自分の手首を噛んで血を流してたんでしょ!? 痛い思いをして、血だらけになって……そこまでして、なんで私の前で『何でもない』みたいな顔をしてるんですか!? 何が『俺はただの狂人だ』ですか! 何が『命だけは使わせてくれ』ですか! 自分の体を粗末にして、ボロボロになって……そんな人が隣にいて、私が嬉しいとでも思うんですかッッ!!」
梶原の喉仏が、激しく上下した。
鋼鉄の肉体を誇る元SPの男が、紬に手を握られたまま、顔をくしゃりと歪めて言葉を失っていた。
◇
スイートルームの空気は、完全に沸騰していた。
四人の男たちは、床に膝をついたまま、雷に打たれたように呆然と紬を見つめていた。
自分たちが恐れていたもの。
それは、警察への通報であり、社会的な破滅であり、そして何より「冷酷な軽蔑と拒絶」だった。
だが――目の前の少女が、顔を真っ赤にして、涙をボロボロと零しながら怒鳴り散らしていた理由は、まったく別の次元にあったのだ。
自分たちが監視していたことへの怒り。
自分たちが裏で手を回していたことへの悔しさ。
それ以上に――
【自分たちが一人で苦しみを抱え込み、自分を傷つけ、怯え、苦しそうな顔で彼女の顔色を伺っていたこと】。
その歪んだ、自己犠牲めいた惨めな姿に対して、彼女は魂の底から激怒していたのだ。
「私はね……ッ!!」
紬は両手で顔を覆い、しゃくり上げながら叫んだ。
「私は、お人形じゃないッッ!!」
その叫びが、部屋の隅々まで突き刺さる。
「誰かが苦しんで、血を流して、ビクビク怯えながら作った『無菌室』の中で……何も知らずにヘラヘラ笑ってたなんて……そんなの、ちっとも嬉しくない!! 世界一惨めで、世界一恥ずかしいわよ!!」
紬の胸の奥から、これまで押し殺してきたすべての悔しさが溢れ出る。
「私は! 自分の足で立って、仕事で失敗して怒られて、泣いて、努力して、自分で美味しいご飯を食べて笑いたいの一人前の人間なの! 誰かのコレクションのペットみたいに、ガラスケースの中で飼い殺されるために生きてるんじゃない!!」
紬は涙を拭うこともせず、四人の男たちを一刀両断にした。
「みんな、最低です! ハイスペックで、頭が良くて、お金持ちのくせに……やってることは、世界で一番度胸のない臆病者ばっかり!! 全員、大馬鹿者です!!」
言い切った瞬間。
紬の呼吸が、激しく乱れた。
胸を上下させ、肩を震わせ、涙でぐしゃぐしゃになった顔。
男たちは、言葉を失っていた。
怒られた。
世界を牛耳る四人の怪物が、一人の少女に、完璧なまでに叱り飛ばされていた。
しかし――その怒声の中に込められていたのは、冷たい拒絶などでは断じてなかった。
自分たちを「恐ろしい怪物」として恐れるのではなく、
自分たちを「社会的に抹殺すべき犯罪者」として切り捨てるのでもなく、
ただの、不器用で、愚かで、情けない「一人の人間」として真正面からぶつかってくる、圧倒的な生命の熱量。
「……あ」
成瀬の瞳から、光が溢れ出していた。
鷹見の赤く腫れた頬に、熱いものが込み上げてくる。
保科は自らの胸元を押さえ、震える息を吸い込んだ。
梶原は、紬に握られたままの左手を、愛おしそうに見つめていた。
彼女は、逃げなかったのだ。
自分たちの醜い狂気を目の当たりにしながらも、彼女は目を逸らさず、自分の手で頬を張り飛ばし、自分の声で怒りをぶつけてくれたのだ。
その尊さに、男たちの胸は張り裂けんばかりだった。
――しかし。
紬の感情のキャパシティは、すでに限界を突破していた。
「……もう、知らないッッ!!」
紬は叫ぶと、梶原の手を乱暴に振りほどいた。
「紬ちゃん!?」保科が叫ぶ。
「槇原!!」鷹見が手を伸ばす。
「みんななんか、大っ嫌い!! 顔も見たくない!!」
紬は踵を返すと、大理石の床を力任せに蹴り出した。
タッ、タッ、タッ、タッ――!!
パジャマのように乱れたコートの裾を翻し、紬はプレジデンシャル・スイートの巨大な両開きドアへと向かって猛ダッシュで駆け出していった。
「紬さんッ!!」
成瀬が立ち上がり、追いかけようと一歩踏み出した。
鷹見が、保科が、梶原が、弾かれたように床から飛び起き、扉へと殺到しようとした――まさに、その瞬間だった。
ガシィィィィィンッッッッ!!!!
「――そこまでよ、あんたたちッッ!!」
スイートルームの扉の前に、二枚の鉄壁の盾が立ちはだかった。
関茉莉花と、日下部莉緒だった。
茉莉花は腕を広げて男たちの行く手を完全に遮り、莉緒は冷徹な眼差しで、ハイヒールの爪先を床に突き立てて仁王立ちした。
「ど、退いてください関先輩!!」成瀬が叫ぶ。「紬さんが……紬さんが行っちゃう!!」
「退くわけないでしょ、この唐変木共が!!」
茉莉花の一喝が、男たちの足をピタリと止めた。
「あんたたち、今の紬の言葉を耳の穴かっぽじって聞いてなかったの!? あの子がどれだけの思いであんたたちを怒鳴りつけたか、分からないわけ!?」
「茉莉花さんの言う通りよ」
莉緒が冷ややかに腕を組み、四人の怪物を一瞥した。
「あの子はね、今、感情のオーバーヒートを起こしてるのよ。あんたたち男の顔なんて、今すぐ見たくもないに決まってるでしょ。……これ以上追いかけたら、今度こそ本当に永久に縁を切られるわよ」
「ぐ……っ」
鷹見が、苦悶の表情で立ち止まった。
その背後で、佐伯千冬が静かに歩み出て、コートを羽織りながら手帳を閉じた。
「副社長。そして皆様」
千冬の冷徹な声が響く。
「紬様のケアは、私たち女性陣が引き受けます。……あなた方は、その冷え切った大理石の床の上で、自らの浅ましさと臆病さを、朝までじっくりと反省なさってください」
千冬は一礼すると、茉莉花と莉緒とともに、紬が走り去った扉の向こうへと消えていった。
バタンッッ!!
重厚なマホガニーの扉が、凄まじい音を立てて閉ざされた。
◇
プレジデンシャル・スイートに、再び静寂が訪れた。
しかし――その静寂は、先ほどまでの絶望の闇とは、根本から異なっていた。
壁面のマルチモニターには、依然として紬のデータが青白く明滅している。
部屋の中央。
取り残された四人の男たちは、立ち尽くしたまま、誰一人として言葉を発することができなかった。
鷹見征司は、赤く腫れ上がった自らの左頬に、そっと指先を触れた。
ジンジンと熱い。
痛い。
皮膚の奥まで、彼女の手のひらの温もりと、衝撃の感触が、焼きごてのようにくっきりと刻み込まれていた。
「……殴られたな」
鷹見の唇から、掠れた呟きが漏れた。
「……うん」
成瀬が、涙を袖で拭いながら、小さく鼻をすすった。
「……痛かったね」
「ええ……」
保科が、震える手で眼鏡をかけ直し、自嘲するように笑った。
「完膚なきまでに……叱られましたね」
「…………」
梶原敦志は、無言のまま、紬に握りしめられていた自らの左手首を見つめていた。
包帯に滲んだ血の跡。
そこに残されていたのは、彼女が両手で包み込んでくれた時の、あの小さく、温かな圧力の感触だった。
拒絶されなかった。
軽蔑され、冷たく見捨てられることもなかった。
彼女は、怒ってくれたのだ。
自分たちの醜い狂気をすべて受け止め、正面から平手打ちを食らわせ、「一人で抱え込むな」「情けない顔をするな」と、涙を流して怒鳴りつけてくれたのだ。
カウンターの奥で、九重圭が特大のウイスキーボトルを置き、深々と息を吐き出した。
「……皆様。言ったでしょう」
九重は、胃薬のシートを指先で弾きながら、小さく笑った。
「あの方は、皆様が考えているような、脆くて壊れやすいお人形などではありませんよ。……世界で一番強くて、世界で一番優しい、太陽のような女性です」
四人の男たちの胸の奥で、消えかけていた炎が、全く新しい熱量を持ってボッと音を立てて再点火した。
無菌室は死んだ。
水面下の欺瞞に満ちた不可侵条約は、今夜、完全に灰燼に帰した。
しかし――
彼女が残していった激しい怒りと涙の熱量は、男たちの魂の檻を打ち破り、新たな世界の夜明けを告げていたのだった。




