第36話:銀髪の副社長
十二月中旬の月曜日、午前十一時半。
週明けの赤坂のオフィスビル街は、冬晴れの澄んだ青空の下、師走特有の慌ただしさを孕んで動いていた。
『Lumiere』編集部のある十階フロアの奥、ステンレスのシンクと大型冷蔵庫が置かれた給湯室には、午前中の校正作業を終えた女性社員たちが集まり、ひと息つくための湯気を立てていた。
「ふあー……っ! やっぱり午前中の赤入れって、肩がバキバキになりますね」
槇原紬は、お気に入りの北欧風マグカップに注いだカモミールティーを両手で包み込み、ふうと温かな息を吹きかけた。
先週の金曜日に発熱して早退したものの、週末を挟んで驚異的な全快を遂げた紬の肌は、今日もつやつやと潤っている。淡いラベンダー色のカーディガンに身を包み、背筋をピンと伸ばして微笑む姿は、フロアの誰もが認める癒やしの光景だった。
「紬ちゃん、本当に風邪治ってよかったね〜。一時はどうなるかと思ったよ」
隣でルイボスティーのティーバッグを揺らしていた同期の女性編集者が、優しく笑いかける。
「はい! ご心配をおかけして本当にすみませんでした。でも、週末にしっかり休んだおかげで、もう元気百倍です! ……それに」
紬はマグカップの縁に口元を隠すようにして、頬をほんのりと上気させた。その大きな瞳が、まるで夜空の星を閉じ込めたかのようにキラキラと輝き出す。
「それにね、ベッドの中で大人しく寝ている間に、録画してあった深夜アニメをまとめて観ちゃったんです!」
「あ、先週から話してたやつ? 『聖銀の騎士団』だっけ?」
「そうです! もうね、本当にすごかったんです……!」
紬は手元のカップをそっとカウンターに置くと、胸の前で両手をぎゅっと握りしめて身を乗り出した。その仕草は、日頃の真面目な編集者の顔からは想像もつかないほど、熱烈な少女の熱気にあふれていた。
「特に、第7話のギルバート卿……! 帝国軍の騎士団長なんですけど、あの冷徹で人を寄せ付けない瞳と、月光を浴びてサラサラとなびくプラチナシルバーの長い髪が、もう言葉を失うくらい美しくて……! 普段はあんなに無表情で近寄りがたいのに、ヒロインがピンチになった瞬間だけ、誰よりも早く駆けつけて命がけで守ってくれるんですよ!?」
「へえ〜、いわゆるクーデレ騎士様ね。銀髪のキャラって、昔からオタク女子の急所だもんね」
「急所どころか、心臓を撃ち抜かれちゃいました!」
紬は自分の両頬を手のひらで押さえ、蕩けるような溜息を漏らした。
「今まで髪の色なんて黒が一番落ち着くって思ってたんですけど……あの透き通るような白銀の髪を見たら、なんだか世界の見え方が変わっちゃって。冷たそうに見えるのに誰よりも優しい銀髪の男性って、本当に神秘的で……すっごく素敵ですよね〜」
ポッと赤くなった顔で、うっとりと宙を見つめる紬。
それは、退屈な日常に突如として現れた「二次元の偶像」に対する、どこにでもある純真無垢なオタク的賛美に過ぎなかった。
――しかし。
給湯室の引き戸のわずかな隙間。
フロアの巡回という名目で、偶然そこを通りかかった一人の長身の男がいた。
東証プライム上場・鷹見ホールディングス代表取締役副社長――鷹見征司。
仕立ての良いスリーピーススーツに身を包み、大理石のような端正な顔立ちをしていたその男は、紬の放った最後の一節を鼓膜が認識した瞬間――
ピシリ。
全身の全毛細血管が凍結したかのように、その場に完全静止した。
(……銀髪の……男性って……神秘的で……すっごく素敵……?)
ゴオオオオオオオオオオッッ!!
鷹見の脳内で、超新星爆発に匹敵する衝撃波が吹き荒れた。
プラチナシルバー。白銀の髪。冷たい瞳。
そして――「すっごく素敵」。
彼女の唇から紡ぎ出されたその五文字が、鷹見の理性の防波堤を、基礎杭ごと木っ端微塵に粉砕した。
(私の髪は……黒だ)
鷹見は震える右手で、自らの額にかかる前髪に触れた。
代々受け継がれてきた、日本人特有の濡れ羽色の美しい漆黒。政財界の重鎮たちから「若き総帥にふさわしい、知的で重厚な黒髪」と賞賛されてきた、自慢の髪色。
だが――今この瞬間、その黒髪は、彼にとって「愛する女性の理想から最も遠い敗北の象徴」へと成り果てたのだ。
(黒では駄目なのだ……。黒髪の男など、彼女の瞳には一ミリたりとも映らない……! 彼女が求めているのは、あの月光を浴びたプラチナシルバーの絹糸……! ならば――)
鷹見の瞳から、スッと人間性のハイライトが消え去った。
踵を返した鷹見の足取りには、もはや一瞬の迷いも躊躇も存在しなかった。
◇
正午。本社ビル三十階・副社長室。
ガタアンッ、と重厚なマホガニーの扉が勢いよく開かれ、専属秘書の佐伯千冬が分厚いファイルを抱えて駆け込んできた。
「副社長! 午後からの全社経営戦略会議の最終アジェンダをお持ちいたしまし――」
千冬の言葉は、室内に漂う異様な光景と殺気を前にして、ピタリと途切れた。
執務机の奥。
鷹見征司は、すでにスーツの上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくり上げ、デスクの上に広げられた巨大なカタログと成分表を、穴が開くほど凝視していた。
机の上に並んでいたのは、経営資料ではなかった。
都内の有名サロンリスト。
過酸化水素水の濃度別脱色効果チャート。
ケアブリーチ剤のケラチン結合保持率の比較グラフ。
そして――『聖銀の騎士団』のギルバート卿の高解像度カラー印刷ポスター。
「……副社長」
千冬のこめかみが、ツツッと引きつった。
「その机の上の資料は……一体、何でございますか」
「千冬」
鷹見は顔を上げた。その瞳は、国家予算を動かす時よりも遥かに澄み渡り、遥かに狂気に満ちていた。
「午後の役員会議、ならびに明日のスケジュールをすべてキャンセルしろ」
「……は?」
「表参道にある、セレブ御用達の最高級ヘアサロン『レトワール』のサロン棟を、今すぐ丸ごと貸し切りで押さえろ。オーナー指名、アシスタントは全員トップスタイリストで揃えさせろ」
鷹見はスッと立ち上がり、鏡のように磨かれた窓ガラスに自らの姿を映した。
そして、前髪を指先でかき上げながら、冷徹無比に言い放ったのだ。
「私のこの髪を……今すぐ、プラチナシルバーに染め上げる」
「…………」
千冬の手から、重役会議の資料がハラハラと床へこぼれ落ちていった。
静寂。
千冬は深呼吸を三回繰り返し、胸のポケットから胃薬を取り出して水なしで飲み下すと、氷のような眼差しで主君を見据えた。
「……副社長。冗談は、そのネクタイピンの曲がり具合だけにしていただきたく存じます」
「冗談ではない」
鷹見は引き出しからブラックカードを取り出し、コートを羽織った。
「紬が給湯室で言ったのだ。『銀髪の男性って、神秘的で本当に素敵』とな。……彼女の理想がそこにあるというのに、指をくわえて黒髪のまま佇んでいることなど、男として、何より条約議長として断じて許されん」
「あのですね、副社長!!」
「時間がない。ハイヤーを回せ」
鷹見は千冬の制止を完全に無視し、風のように副社長室を飛び出していった。
バタン! と扉が閉まる。
残された千冬は、床に散らばった会議資料を見下ろし、天を仰いだ。
「……誰か、あの狂人を撃ち殺して……」
千冬はハイヒールを鳴らして駆け出すと、即座に男四人の専用ホットライン回線を開いた。
◇
午後一時十五分。表参道のケヤキ並木から一本入った、閑静な高級住宅街。
全面ガラス張りの前衛的な建築物――国内外のVIPやトップモデルしか足を踏み入れることを許されない、完全予約制ヘアサロン『レトワール』。
その優雅なメインフロアから、一般客の姿は完全に消え去っていた。
鷹見グループの即時決済マネーによって、本日午後の予約客全員に五十万円相当のエステ券が配られ、サロン丸ごと一棟が【緊急貸し切り】と化していたのだ。
フロアの中央、最高級のイタリア製レザーチェアに、鷹見征司は漆黒のカットケープを巻かれて深く腰掛けていた。
その背後には、パリコレのヘアメイクも手掛けるサロンオーナーのカリスマ美容師・神宮寺が、ハサミを持ったままガタガタと全身を震わせて立っていた。
「た、鷹見副社長……本日は突然のご来店、光栄に存じます……。し、しかし……本当に、よろしいのでしょうか……?」
「何がだ」
鏡越しに、鷹見の冷酷な視線が美容師を射抜く。
「鷹見様の現在の御髪は、一分の隙もない完璧なバージンブラック(純黒髪)でございます……。これを、こちらの資料にあるような【白銀】にするとなると……最低でも高濃度のブリーチを三回から四回、連続で重ねる必要がございます」
美容師は額に大粒の脂汗を流しながら訴えかけた。
「頭皮には凄まじい激痛が走り、毛根へのダメージも計り知れません! 一歩間違えれば、頭皮が爛れて火傷のような状態になり、二度と元の健康な毛髪が生えてこなくなるリスクすらございます!!」
「構わん」
鷹見はピクリとも眉を動かさなかった。
「頭皮が焼け爛れようが、毛根が死滅しようが知ったことではない。……我が魂が白銀に染まり、彼女の瞳に私が映るのなら、頭皮の一枚や二枚、喜んで差し出そう。直ちに最高純度の脱色剤を調合しろ。一分の濁りもない、完璧な銀髪に仕立て上げろ」
「ひ、ヒィィッ……!」
狂気。
完全なる狂気だった。
美容師は震える手で、銀色のボウルに強烈な刺激臭を放つ業務用ハイブリーチ剤を注ぎ込み、マドラーで練り上げた。純白のペーストから、ツンとしたアンモニアの化学臭が立ち上る。
美容師は刷毛を持ち上げ、青ざめた顔で鷹見の漆黒の頭頂部へと切っ先を近づけた。
あと数センチ。
刷毛の毛先が、鷹見の黒髪に触れようとした――まさに、その刹那だった。
ドガアアアアアアンッッッッ!!!!
サロンの防音強化ガラスの自動ドアが、蹴破られたかのような凄まじい音を立てて全開になった。
「「「ひいいいいっ!?」」」
アシスタントたちが悲鳴を上げて飛び退く。
エントランスから、大理石の床を猛烈な勢いで滑走してきたのは、スーツのジャケットのボタンを弾けさせ、鬼の形相で疾走してきた佐伯千冬だった。
「――そこまでですッッッッ!!!!」
千冬は脱ぎ捨てた片方のハイヒールを右手に握りしめたまま、セット面へダイブするように割り込むと、美容師の手首をパシィィィンッと電光石火の裏拳で叩き落とした。
ガシャン!
美容師の手から離れたボウルが床に落ち、純白のブリーチ剤が白い大理石の床に派手にぶちまけられる。
「な……千冬!?」
鏡の前でケープを巻かれた鷹見が、驚愕に目を見開いた。
「何の真似だ! 私の施術を妨害する気か!!」
「真似ではありません!!」
千冬は肩を激しく上下させ、乱れた前髪を乱暴に払いのけながら、鷹見の座るチェアの前に両手を広げて仁王立ちした。完全なる人間バリケード。
「会社と、株主と、そして何よりあなた自身の社会的生命を守るための、正当防衛でございます!!」
「邪魔をするな! 彼女が銀髪を望んでいるのだ! 私は今すぐギルバート卿にならねばならんのだ!!」
「正気に戻りなさい、この馬鹿副社長ォォォォッッ!!」
千冬の渾身の怒号が、スタイリッシュなサロンのガラスをビリビリと震わせた。
普段はポーカーフェイスを崩さない鉄の秘書が、喉を裂かんばかりに叫んでいる。その瞳には、本物の殺意と、極限まで削れ切った胃壁の怨嗟が宿っていた。
「副社長!! 来週の水曜日、何があるかまさかお忘れになったわけではありませんよね!?」
「来週の水曜日……?」
鷹見が一瞬、虚を突かれたように瞬きをした。
「東証プライム市場・鷹見ホールディングスグループ全体の、第48期定時株主総会でございます!!」
千冬は持っていたバインダーで、鷹見の目の前の鏡をバンッと叩いた。
「国内外の超巨大機関投資家、物言う株主、そして経済メディアの記者たちが一堂に会するあの大講堂で! グループ総帥である29歳の若き副社長が、突如として深夜アニメの銀髪騎士に感化され、頭髪をプラチナシルバーに脱色して登壇してみなさい!!」
千冬は息継ぎもせずにまくし立てた。
「翌朝の経済新聞の一面を何が飾るか分かりますか!? 『鷹見ホールディングス副社長、心身喪失の疑い』『経営陣のガバナンス崩壊』『突如のヴィジュアル系転向か』!! 寄り付きから全銘柄が売り気配、ストップ安の連続で、我がグループの時価総額はたったの一日で【六千億円】吹き飛びます!!」
「六千億など……!」
鷹見は怯むことなく、冷酷に言い放った。
「我が個人の資産とグループの内部留保を充てれば、十分に補填できる範囲だ。六千億円で彼女の好意が買えるなら、投資対効果としては極めて安価だ!!」
「安くありません!! 何が投資対効果ですか、脳みそが腐敗しているのですか!?」
千冬は頭を抱え、天を仰ぎ、そして――スッと冷酷な笑みを口元に浮かべた。
論理が通じない狂人には、唯一の「アキレス腱」を突くしかない。
千冬はスッと姿勢を正すと、メガネを中指で押し上げ、氷のように冷たい声でトドメの言葉を紡ぎ落とした。
「……副社長。では、お伺いいたしますが」
「何だ」
「もしあなたが、明日、その頭髪をプラチナシルバーに染め上げてオフィスへ出社したといたしましょう」
「うむ。彼女は私の姿を見て、息を呑み、頬を赤らめて見惚れるはずだ」
「いいえ」
千冬は冷然と首を横に振った。
「槇原紬様は、こう仰いますよ」
千冬は声音を切り替え、紬のあの生真面目で、お人好しで、心配性な喋り方を完璧にトレースして演じてみせた。
『あ、あの……鷹見副社長……? お髪が……真っ白……? えっ、どうされたんですか!? もしかして、私たちが伊豆旅行で贅沢しすぎたせいで、会社に巨額の損失が出て……そのストレスで一晩で白髪になっちゃったんですか……!? それとも、何か悪い新興宗教にでも騙されてグレちゃったんですか……!?』
「…………ッ!?」
鷹見の呼吸が、喉の奥で詰まった。
「さらに、紬様はこう続けます」千冬は容赦なく畳み掛ける。
『副社長……いつもあんなにスーツをピシッと着こなして、尊敬できる立派な上司だったのに……急に二次元のアニメキャラみたいな銀髪にして出社されるなんて……なんだか、すごく怖いです……。近寄りがたいです……。私、副社長のことが……ちょっと、生理的に無理になっちゃったかもしれません……』
ドォォォォォォォォンッッッッ!!!!
鷹見征司の脳天に、見えない雷霆が直撃した。
「せ……生理的に……無理……!?」
鷹見の顔から、すべての血の気がサーッと引いていく。
視界が白黒に反転し、手足の指先から急速に体温が奪われていく。
「こ、怖い……? 彼女が……私を、見て……怯え……距離を取り……『生理的に無理』と……!?」
「ええ、当然です」
千冬は冷酷に腕を組んだ。
「紬様は、絵に描いたような生真面目で凡庸を愛する天然ポジティブですよ? 二次元のギルバート卿は画面の中だからこそ『神秘的で素敵』なのであって、現実の上司が突然コスプレ同然の銀髪で現れたら、ただの痛々しい不審者です! ときめくどころか、ドン引きして恐怖のあまり退職届を提出するのが関の山でございます!!」
「退……職……届……!?」
ガタガタガタガタッ!
鷹見の全身が、小刻みに痙攣し始めた。
退職届。
彼女が我が社の無菌室から去る。
彼女が自分の視界から永遠に消え去る。
彼女に軽蔑され、汚物を見るような目で見下ろされる――。
「嫌だ……」
鷹見は両手で顔を覆い、セット面の鏡の前で、崩れ落ちるように頭を抱えた。
「嫌だ……! それだけは……それだけは絶対に耐えられん……! 彼女に怯えられるなど……我が命が終わるよりも恐ろしい……ッ!!」
「お分かりいただけましたか」
千冬は深く息を吐き、床に転がっていたハイヒールを履き直した。
「神宮寺オーナー」
「は、はいっ!」
「副社長の髪は染めません。……最高級のオーガニックトリートメントで頭皮を優しくマッサージし、毛先をコンマ五ミリだけ整えて、直ちに終了してください」
「か、かしこまりましたぁぁぁっ!!」
サロンのスタッフたちが一斉に動き出す。
ケープを巻かれたまま、椅子の上で魂を抜かれたように小さくなっている若き大財閥の総帥。
その背後で、千冬は手帳を取り出し、『ブリーチ計画・阻止完了(株価六千億円防衛)』と几帳面にメモを書き込んだ。
こうして、前代未聞の【銀髪副社長爆誕の危機】は、敏腕秘書の命がけの心理バリケードによって、辛うじて未遂に終わったのである。
◇
午後五時半、夕暮れの赤坂。『Lumiere』編集部のフロア。
パチパチパチ、とキーボードを叩く音が響く中、自席のパソコン画面を見つめていた紬は、深いため息をついて肩を落とした。
「はぁ……やっぱりダメだったかぁ……」
「どうしたの紬、そんなに落ち込んで」
隣の席からオフィスチェアを滑らせてきた関茉莉花が、コーヒー片手に覗き込んできた。
「茉莉花先輩……これ見てください」
紬が指差した画面には、アニメ『聖銀の騎士団』公式ファン感謝イベントのチケット抽選ページが表示されていた。
画面中央には、無情な赤文字で『大変申し訳ございません。厳正なる抽選の結果、お客様のお席をご用意することができませんでした』のメッセージ。
「ギルバート卿役の声優・神宮寺レンヤさんが登壇するプレミアムイベントなんですけど……倍率百倍超えって言われてて。やっぱり外れちゃいました……。生であの『我が剣は汝を守るためにある』を聞きたかったのになあ……」
紬はしょんぼりと眉を下げ、机に顎をちょこんと乗せた。
その愛らしい、けれど心底がっかりした横顔。
――しかし。
オフィスの天井の防犯カメラ、そして紬のパソコンの画面キャプチャを、リアルタイムで監視していた地下の深淵。
地下三階のラボラトリーで、成瀬郁が、妖しく、獰猛に唇を吊り上げた。
「……ふふっ、あはははは!」
成瀬は椅子の背もたれを蹴り、くるりと回転した。
「鷹見さんの銀髪コスプレ作戦が大爆死したところで……いよいよ、僕の出番が回ってきたね!」
成瀬の指先が、目にも留まらぬ速度でキーボードの上を走り始める。
「待っててね、紬さん……。僕が、あなたに世界一奇跡的な【神席】を届けてあげるからね……!!」
青白いモニターの光を浴びながら、天才ハッカーの悪魔的な笑顔が、暗闇の中で輝いていた。




