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私の日常が平和すぎるのは、周囲の男たち(全員ヤンデレ)が水面下で不可侵条約を結んでいるかららしい  作者: ヒデコ


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第29話:至高の看病リレー

午後四時少し前。


冬の曇り空から寒々しい風が吹き抜ける中、赤坂から港区の閑静な住宅街へと滑り込んできた黒塗りのハイヤーは、デザイナーズマンションのエントランス前へ寸分の狂いもなく静かに停車した。


「槇原様、ご自宅に到着いたしました。足元にお気をつけてお降りください」


白手袋の運転手が音もなくドアを開け、深々と頭を下げる。


「あ、ありがとうございました……」


紬は手元のバッグをぎゅっと抱きしめ、熱っぽさで頼りない足取りで車を降りた。


普段なら自宅の最寄り駅から十分ほど歩く道のりだが、ハイヤーの移動中、信号はまるで彼女を歓迎するかのように一つ残らず青に変わり、揺れひとつ感じさせない極上のドライビングによって、わずか十五分でエントランスまで送り届けられていた。


オートロックのガラス扉に鍵をかざすと、カチャリと解錠音が鳴る。


エレベーターホールへ進むと、普段なら上層階に止まっているはずのエレベーターが、なぜか一階でドアを開けたまま待機していた。紬が乗り込んだ瞬間、行き先ボタンを押すまでもなく「四階」のランプが点灯し、静かに上昇を始める。


「……今日のエレベーター、すごく気が利いてるな……」


熱でボーッとした頭でそんな呑気なことを考えながら、紬は四階の廊下を歩き、自室である402号室のドアを開けた。


そして――玄関の上がり框(かまち)に足を踏み入れた瞬間、紬はパチパチと目を瞬かせた。


「……え?」


暖かかった。


冬の一人暮らしの部屋特有の、あの底冷えするようなツンとした冷気が、どこにも存在しなかったのだ。


玄関からリビングへ足を踏み入れると、部屋全体がまるで春の陽だまりのような、心地よいぬくもりに満たされていた。


エアコンの送風音はかすかな囁きのように静かで、表示パネルを見れば、室温は二十四度ジャスト。


テレビの横に置かれた加湿空気清浄機が、微細なミストをふわりと吹き上げ、室内の湿度を正確に六十パーセントに保っている。乾燥でチクチクと痛んでいた喉が、空気を吸い込むだけでしっとりと潤っていくのが分かった。


さらに――


スルスルスル……。


紬がリビングに入った瞬間、窓辺の電動遮光カーテンが、まるで意思を持っているかのように静かに左右から中央へと滑り、外の冷たい冬の景色を遮断した。室内のシーリングライトは自動的に一段階照度を落とし、心を落ち着かせる柔らかな橙色の間接照明へと切り替わる。


「あれ……? 私、朝出かけるとき、エアコン消し忘れたっけ……? カーテンも閉めたっけ……?」


紬は熱で火照った額に手を当て、小首をかしげた。


「でも……すごくあったかい……。空気が優しくて、息がしやすいな……」


紬はコートを脱いでハンガーに掛け、部屋着のスウェットに着替えると、吸い寄せられるように寝室のベッドへと倒れ込んだ。


羽毛布団に潜り込むと、シーツの奥からじんわりと優しい温もりが伝わってくる。電気毛布が、あらかじめ最も心地よい「微弱保温」に設定されていたかのように。


――彼女は知らなかった。


この部屋の全スマート家電、エアコンの基板、電動カーテンのモーター、さらには分電盤に至るまで、すべての制御権限が、成瀬郁の組んだ【急性発熱環境最適化スクリプト】によって、遠隔でミリ単位の統制下に置かれていたことなど。


◇


同時刻、六本木『ザ・クラウンタワー東京』最上階プレジデンシャル・スイート。


部屋の中央に置かれた巨大モニターの前に、四つの影が陣取っていた。


室内の空気は、国家間の停戦協定が破棄される直前のような、ギリギリの緊張感で張り詰めていた。


「……帰宅を確認した」


成瀬郁が、モニターの画面を睨みつけながら言った。


「室温二十四度、湿度六十パーセント、照度十五ルクス。ベッドルームの空気清浄度、微粒子ゼロ。……環境構築は完璧だよ」


「ならば、次のフェーズだ!」


立ち上がり、ネクタイを乱暴に緩めたのは鷹見征司だった。


その切れ長の瞳には、焦燥と狂気が渦巻いている。


「彼女は今、一人きりで高熱と戦っているのだぞ! 氷枕を取り替え、濡れタオルで額を冷やし、誰かが側について手を握ってやらねばならん! 千冬、今すぐ私の車を回せ! 私が直接、彼女の部屋へ向かい、枕元で看病する!!」


鷹見が一歩踏み出した瞬間――


バチィッ!!


青白いスパークとともに、梶原敦志が腰から抜いた百二十万ボルトのスタンガンが、鷹見の喉元数センチの位置で火花を散らした。


「……動くな」


梶原の地底から響くような重低音が、部屋の空気を凍りつかせた。


「一歩でも扉へ近づけば、頸動脈に放電する」


「貴様……梶原! 何の真似だ!」


「【不可侵条約・第3条】:対象(紬)の許可なく、私的空間へ侵入することを固く禁ずる」


梶原は能面のような無表情のまま、冷酷に告げた。


「合鍵を使おうが、ピッキングしようが、密室への無断立ち入りは明白な条約違反だ。……お前が部屋に入って枕元に立てば、目を覚ました彼女はどう思う? 熱で弱っているところに、突然会社の副社長が部屋の中に立っていたら、恐怖でショック死する」


「ぐっ……ッ!」


鷹見が胸を押さえ、苦痛に顔を歪めた。痛烈な正論。弱った紬に恐怖を与えることなど、死んでもできない。


「梶原さんの言う通りですよ、鷹見さん」


保科貴文が、白衣のポケットに手を突っ込み、冷ややかな視線を向けた。


「直接の接触は、彼女の精神衛生を著しく破壊します。……今回の看病ミッションにおける絶対ルールは、【完全非接触型・神々の遠隔看病】です。彼女に余計な気遣いや恐怖を一切抱かせず、あたかも『天からの恵み』であるかのように、必要な医療資源と栄養を完璧に供給する。……異論はありませんね?」


「……うむ」鷹見は奥歯を噛み締め、悔しげに頷いた。


「よし、それなら各自、担当の兵站(ロジスティクス)を展開するよ!」


成瀬がキーボードを叩き、四分割の作戦タスクを表示させた。


「条約を遵守しつつ、紬さんを絶対に今夜中に全快させる! 作戦開始!!」


◇


まず動いたのは、条約議長・鷹見征司だった。


副社長室へ直通の内線を繋いだ鷹見は、手元のデスクに並べられた契約書類のリストを睨みつけた。


「千冬。新春特集のタイアップに参加しているクライアント全社――大手商業施設、高級コスメメーカー、インテリア家具メーカーの代表電話へ、今すぐ私の直筆親書を電送しろ」


『……副社長。親書の内容はいかがいたしますか?』


受話器の向こうから、千冬の冷静な声が返ってくる。


「『諸般の事情――すなわち、我が社の最優秀編集者に対する過度な労働負荷を是正するための全社的衛生判断に基づき、本特集の最終入稿締め切りを【三日間延長】する。これに伴うスケジュールの遅延、追加費用はすべて我が鷹見グループが全額負担する』……だ」


『……承知いたしました。しかし副社長、先方の宣伝部長クラスから「印刷所の輪転機を押さえているため、一日の遅れも許されない」と反発が出た場合はどうなさいますか?』


「反発だと?」


鷹見の瞳が、絶対零度の冷徹さを帯びた。


「反発する企業があれば、その企業のメインバンクの頭取へ連絡し、来期の融資枠の引き締めを通達させろ。さらに、我がグループが保有する当該企業の株式を市場で一斉売却し、敵対的買収の準備に入ると伝えろ。『文句があるなら、今後の取引関係を永遠に再考する』と添えておけ」


『……かしこまりました。脅迫まがいの納期延長通達、五分で完了させます』


千冬の静かなため息とともに通話が切れた。


これにより、紬が最も気に病んでいた「締め切りの重圧」という精神的ストレスの元凶は、財閥の絶対的な権力によって、地上から完全に粉砕されたのである。


◇


続いて作動したのは、保科貴文による【医療兵站プロトコル】だった。


南青山のクリニックの調剤室。


保科は白衣の腕をまくり、クリーンベンチの無菌ガラスケースの中で、自ら精密電子天秤を操作していた。


「紬ちゃんの現在の体重、推定四十八キログラム。過去の既往歴、薬物アレルギーなし。胃腸粘膜の刺激耐性は標準よりやや繊細……」


保科はミリグラム単位で薬剤を調合していった。


胃に負担をかける一般的なロキソプロフェン等は一切使わない。最高純度のアセトアミノフェンを主成分に、胃粘膜保護剤のテプレノン、生薬由来の抗炎症エキス、そして睡眠の質を深めるための微量のグリシンと酸棗仁湯(さんそうにんとう)の抽出エキスを、黄金比でカプセルに充填する。


「解熱鎮痛カプセル、調合完了。……次は水分補給ですね」


保科は冷蔵保管庫から、特殊なアルミパウチを取り出した。


点滴用の高純度電解質輸液の組成をベースに、経口摂取用に極限まで浸透圧を調整した、クリニック特製の医療用オーガニック補水液。吸収速度は通常のスポーツドリンクの三倍。失われた水分とミネラルを、胃腸に負担をかけずに瞬時に細胞へと送り届ける奇跡の水分補給液だ。


さらに、保科は引き出しから、肌に優しい超低刺激性の医療用ハイドロゲル冷却シートを二箱取り出し、それらを純白の銀色保冷バッグへと詰めた。


外側には、パソコンのフォントで印刷された、丁寧なメッセージカードを添える。


『港区保健福祉センター・冬季健康推進キャンペーン配布物:

発熱時の初期対応セット(医療用解熱薬・電解質飲料・冷却シート)。無理をせず、水分をしっかり摂って温かくしてお休みください』


「よし……完璧な偽装ですね」


保科はクリニックの裏口に待機させていた、専属の緊急冷蔵バイク便のドライバーにバッグを手渡した。


「四階の402号室の前へ。音を立てずに置き配し、インターホンを一度だけ鳴らして即座に離脱しなさい」


「了解いたしました、院長!」


白煙を上げてバイクが走り去るのを見送り、保科は満足げに眼鏡の位置を直した。


◇


そして――看病リレーのアンカーを務めたのは、隣人の元SP・梶原敦志だった。


午後四時十五分、銀座八丁目の裏路地。


看板も出していない、完全一見(いちげん)お断りのミシュラン三ツ星日本料理店『玄心(げんしん)』の厨房。


厨房の真ん中に、黒いタクティカルジャケットを着た梶原が、仁王立ちで立っていた。


その前で、白銀色の巨大な包丁を握った総料理長の老人が、額に大粒の脂汗を流しながら、猛烈な勢いで土鍋の火加減を調整していた。


「か、梶原さん……! 急に厨房に乗り込んできて、すっぽんと地鶏の雑炊を作れだなんて……今夜の仕込みが……!」


「四倍払う」


梶原は机の上に、分厚い新札の札束を音もなく置いた。


「今夜の客の予約はすべてキャンセルしろ。損害はすべて補填する。……俺が持ち込んだこの素材を使え」


梶原がカウンターに並べたのは、静岡の清流で育った最高品質の天然すっぽん、秋田県産の放牧比内地鶏の丸鶏、そして新潟の有機無農薬コシヒカリの一等米だった。


「条件は三つだ」


梶原の低く太い声が、料理長の鼓膜を圧迫する。


「第一に、油分は完全に極限まで除去しろ。鶏皮と脂身は一切使わず、純粋なコラーゲンとアミノ酸の出汁のみを抽出しろ。

第二に、米は粒の輪郭をわずかに残しつつ、消化器系への負担がゼロになるまでトロトロに煮込め。

第三に――食塩相当量は、総量四百グラムに対し、正確に二・八グラム。塩分濃度〇・七パーセントを、一ミリグラムたりとも超過するな」


「ぜ、ゼロコンマ七パーセント……!? 塩分計で測りながら作れというのか!?」


「そうだ。……あの人の胃腸は、今熱で弱っている。荒れた粘膜に、わずかでも刺激を与えることは許されない。極上の旨味だけで、細胞を修復させる至高の粥を作れ」


梶原の瞳に宿る、鬼気迫る殺気。


料理長は息を呑み、職人の意地を込めて叫んだ。


「……分かった! 三ツ星の看板にかけて、世界一優しくて滋養に満ちた雑炊を炊き上げてやる!!」


それから三十分後。


琥珀色に澄み渡るすっぽんと比内地鶏のダブルスープに、ふっくらと煮崩れた有機米が溶け合い、仕上げに極上の葛粉で滑らかなとろみをつけた、至高の【特製滋養雑炊】が完成した。


梶原はそれを、宇宙開発規格の超高真空断熱キャニスターへと注ぎ込み、完全密閉した。六時間は沸騰直後の温度をキープできる特注容器だ。


「……感謝する」


梶原はキャニスターを抱え、待機させていたハイヤーへ飛び乗ると、一路、港区のマンションへと急行した。


◇


午後五時十分、港区のマンション・402号室。


「うぅ……頭が、重いな……」


ベッドの中で浅い眠りについていた紬は、喉の渇きと額の熱気に耐えかねて、うっすらと目を開けた。


熱を測ると、三十八度一分まで上がっていた。


体温が上がったことで悪寒は消えたものの、今度は強烈な脱力感と空腹感が襲ってくる。何かお腹に入れなければいけないが、冷蔵庫には作り置きのおかずもなければ、消化の良いレトルト食品もない。


(コンビニ……行かなきゃダメかな……でも、立ち上がるのがしんどいな……)


紬がベッドの上で、重い体を引きずり起こそうとした、まさにその時だった。


ピンポーン。


静かな室内に、澄んだインターホンの電子音が、控えめに一度だけ鳴り響いた。


「……えっ?」


紬は目をパチパチと瞬かせた。


来客の心当たりなど全くない。這うようにしてベッドを抜け出し、壁に手をつきながらリビングを横切って、玄関のモニターを確認した。


しかし――画面には、誰も映っていなかった。


ただ、廊下の床の真ん中に、何か大きな荷物が置かれているのが見えた。


「宅急便……? でも、何も頼んでないのに……」


紬は恐る恐る玄関の鍵を開け、ドアを細く引いた。


冷たい廊下の空気とともに、紬の足元に広がっていた光景を見て、彼女は息を呑んだ。


「……な、何これ……!?」


そこには、まるで高級デパートの特別ギフトセットのような、完璧な「看病パッケージ」が、美しく整然と積み上げられていたのだ。


一つ目は、銀色に輝く保冷バッグ。中を覗くと、キンキンに冷えた電解質補水液のパウチが三本、冷却ジェルシート、そして可愛らしいピルケースに入った解熱カプセルが収められていた。添えられたカードには『区の健康推進キャンペーン・無料配布セット』と印字されている。


そして二つ目は、漆黒の重厚な保温キャニスター。


フタを開けた瞬間、ふわっと立ち上ったのは、全身の細胞が歓喜で震え上がるような、信じられないほど奥深く、芳醇な出汁の香りだった。


「す……すごい……お出汁の、ものすごくいい匂い……!」


中には、熱々の湯気を立てる、黄金色に輝くトロトロの雑炊。


容器の側面には、これまた丁寧な印刷文字でメッセージが貼られていた。


『ご近所トラブル防止・近隣飲食店による余剰食材無償提供サービス:

本日炊き立てのすっぽんと地鶏の特製滋養粥。消化に極めて優れております。温かいうちにお召し上がりください』


「ええっ……!? 区のキャンペーン……? 近隣のお店の無償提供……!?」


紬は目を丸くし、誰もいない左右の廊下を見渡した。


もちろん、隣の401号室のドアは固く閉ざされ、物音ひとつしない。


紬は両手で重たい保温キャニスターと保冷バッグを抱え込み、部屋の中へと運び入れた。


玄関の鍵を閉め、ダイニングテーブルにそれらを並べた紬は、両手を頬に当てて、感涙に瞳を潤ませた。


「嘘でしょう……? 私、お腹が空いて困ってたのに……こんな奇跡みたいなタイミングで、熱冷ましもお水も、こんなに美味しそうなおかゆまで届くなんて……!」


紬はスプーンを手に取り、ふうふうと息を吹きかけながら、黄金色の雑炊を一口口に運んだ。


「んんん……っ!」


口に含んだ瞬間、紬の口から蕩けるような声が漏れた。


優しい。


どこまでも柔らかく、滋味深い旨味が、熱で乾き切った喉を優しく滑り落ちていく。


鶏とすっぽんの濃厚なコラーゲンが、荒れた胃壁を包み込むようにじんわりと染み渡り、塩分が控えめなのに素材の奥深い甘みが舌の上を満たしていく。


「美味しい……っ! こんなに美味しいおかゆ、生まれて初めて食べた……!」


スプーンが止まらない。


食欲がなかったはずなのに、身体が本能的にこの栄養を求めているかのように、あっという間に茶碗一杯の雑炊が紬の胃の中へと吸い込まれていった。


食べ終える頃には、身体の芯からポカポカと温かい汗が滲み出し、胃の重苦しさが綺麗さっぱり消え去っていた。


「はぁ……美味しかった……」


紬は保科が調合した解熱カプセルを電解質補水液で飲み干し、おでこに冷たい冷却シートをペタリと貼った。


驚くほどピッタリと肌に吸い付き、ひんやりとした心地よい冷感が、火照った前頭葉の熱をスーッと吸い取っていく。


「私……本当に、世界一ツイてるなあ……」


ベッドに戻り、ふかふかの羽毛布団に潜り込みながら、紬は手元の空になったキャニスターを見つめて微笑んだ。


「頼んでもいないのに、こんな完璧な看病セットが玄関に届くなんて……。サンタさんでも来てくれたのかな……」


薬が効いてきたのか、心地よい強烈な睡魔が全身を包み込んでいく。


紬は幸せな吐息を一つ漏らし、泥のような深い眠りへと落ちていった。


◇


同時刻、六本木のスイートルーム。


ピロン♪


成瀬のモニターに、緑色の完了サインが点灯した。


【被検体:槇原紬 栄養摂取完了(摂取カロリー:約三百二十キロカロリー)】


【水分補給:四百五十ミリリットル完了】


【解熱薬の服用を確認。血中濃度上昇開始】


【深部体温:三十七度三分へ低下傾向】


【睡眠ステージ:ノンレム睡眠(深睡眠)へ移行】


「……食べた! 薬も飲んで、寝たよ!!」


成瀬が叫んだ瞬間。


部屋の中にいた鷹見、保科、梶原の三人が、同時に深く、長い息を吐き出した。


鷹見はソファーの背もたれに倒れ込み、ネクタイを完全に外して目を閉じた。


「……耐え抜いたな、我々は」


「ええ」保科が精神安定剤をポリポリと噛み砕きながら、安堵の笑みを浮かべる。「直接部屋に入ることなく、彼女の尊厳を守り、完璧な医療介入を達成しました」


「……雑炊は、完食したか」梶原が低く尋ねる。


「一滴も残さず綺麗に空っぽだよ!」成瀬が笑った。


カウンターの奥で、九重圭が震える手で四つのグラスに冷たい炭酸水を注ぎ分けた。


「……皆様、お疲れさまでした。紬さんの夜は、今夜も完全に守られましたよ」


四人の怪物は、それぞれのグラスを掲げ、静かに祝杯を交わした。


外の冬空の下、無菌室のベッドの中で。


槇原紬は、誰にも邪魔されない最高の安らぎに包まれながら、明日の奇跡的な全快へ向けて、穏やかな寝息を立て続けていたのだった。

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